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ソウルからの手紙 澤 正彦(著) - 草風館
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ソウルからの手紙

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発行:草風館
四六判
312ページ
上製
定価 1,800円+税
ISBN
978-4-88323-055-6   COPY
ISBN 13
9784883230556   COPY
ISBN 10h
4-88323-055-4   COPY
ISBN 10
4883230554   COPY
出版者記号
88323   COPY
 
Cコード
C0095
一般 単行本 日本文学、評論、随筆、その他
出版社在庫情報
品切れ・重版未定
初版年月日
1984年6月
書店発売日
登録日
2013年3月5日
最終更新日
2013年3月5日
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紹介

闘い続ける宗教家の姿
 著者は東大法学部をおえてから神学を修め、現に東京で牧会しているプロテスタントの牧師である。東京神学大学大学院在学中に、すでにソウルの延世大学連合神学大学に留学し、戦前朝鮮文学の紹介者として知られた金素雲氏の長女と結婚した著者は、やがて戦後はじめての日本基督教団宣教師として家族同伴33歳の若い身を再びソウルに運ぶ。やみがたい心情につき動かされた著者の活動を経済的に支えようとした後援会全員に、著者はソウルからの報告を送りつづけた。その期間は1937年3月から、79年10月にわたり、著者は最後に大統領出国命令で日本に帰る。朴正煕殺害の数日前のことである。
 本書はこの6年半にわたる通信の前半、75年12月までの手紙をまとめたものであって、著者は日本統治のなまなましい傷跡を見せつけられながら、買春観光、田中首相の日本統治礼賛、そして大統領夫人狙撃事件などに噴出する反日感情を痛みとともに受けとめソウル郊外の教会の協力牧師と韓国神学大学の2コマの講義を中心に、韓国との心の絆を結ぼうと努力する。けれども、この時期はまたそのまま朴正煕維新体制と重なり、著者は「韓国の政治体制が今いかにあれ、日本人としてその中に入っていき、そこにとどまって生きたい」という願いにもかかわらず、政治の激動に揺さぶられ、また鍛えられずにはすまない。
 これは韓国社会におけるキリスト教の、日本人の想像をはるかに越える力量からの必然であり、維新体制に対して確信をもって民主化を要求し、人権を擁護するとき、教会はつねに全面に立っていた。もとより、そこには権力に迎合する聖職者もいる。しかし、すぐれた宗教家が信仰に忠実に投獄・迫害にたえて闘いつづけた姿が、実に生き生きと描かれて、第一級の証言となっている。拘束者家族のための木曜祈祷会の情景は、現代世界において最も力強い信仰の生命力を伝え、義妹の投獄、韓国神学大学への教授追放・学生除籍の強要など悲痛な経験の中から、著者はイエスの福音の政治的意味をまで問い返している。本書は著者の通信全体の約半分にすぎず、まして著者の全斗煥体制への見方は本書からはうかがうべくもない。ただ例えば韓国キリスト教学生・青年組織の訪日反対声明の理解に役立つことだけは、争うべくもないところである。(朝日新聞 1984.9.3)

目次

第1信 韓国に遣わされて
第2信 日韓の深い溝
第3信 平和をつくりだす人
第4信 愛国心と信仰
第5信 共に生きる
第6信 噂と祝福
第7信 間違った歌
第8信 坊主頭になって
第9信 愛の実践
第10信 追われる日までとどまつて
第11信 ミッショナリー(宣教師)になりたい
第12信 矛盾した心
第13信 神の訓練
第14信 まず神の国と神の義を
第15信 罪を憎み、罪を負う
第16信 ヒユーマニティ(人間性)のための闘い

前書きなど

 本書は、日本基督教団の宣教師として戦後初めて韓国に派遣された澤正彦氏が、日本の後援会の人びとに宛てた通信16篇を編んだものである。かつて留学したこともあり、また夫人の実ニがある韓国へ再び渡った澤氏は、つぶさに見聞し体験したことを、ある時には苦渋にみちて記しながらも、感動をこめてこうも書いている。
 「日本人が、型にはめられた中でギクシャク生きるよりは、彼ら〔韓国の人びと〕のょうに噂と祝福で笑いとばして生きる方が人間らしいと思う。私も大分、韓国の人の噂と祝福に感化されて、楽天的になり、ユーモアを解する者になった」
 「日本の人達は〔一時帰国して〕韓国に行く私に大変でしょう、御苦労様という。しかし、いつの間にか、韓国のほうが住み易くなっている自分を発見する」
 ここに見られるような、韓国の人びとに注ぐ曇りなき視線と、「韓国の文化、自然、宗教、すべて韓国的なものへの愛着をもとう」とする澤氏の揺るぎない姿勢は、終始変らないものとして本書に流れている。
 この通信が書かれた1973年3月から75年12月にかけての2年半は、言うまでもなく韓国において、また日韓関係においても「激動の時代」の幕開けとも言える時期であった。すなわち前年の7・4南北共同声明への喜びも束の間、10月の「維新体制」強行、73年8月の金大中氏拉致事件、翌74年4月の民青学連事件、8月の文世光事件、10月の『東亜日報』記者自由言論実践闘争、そして75年5月の大統領緊急措置……。(後略)
 だが、こうした中にあっても澤氏は、こう考える。「告発の矢は現政権〔朴正熙政権〕にぶつけるにせよ、私の場合は、より内に内に、日本(日本人=私)への告発に返ってこない限り嘘だ」と。なぜなら、「韓国の土地は、日本人には決して白紙の土地ではない」からだ。“日本の植民地支配は今も韓国の人びとに感謝されている”と公言して憚らない日本政府の首相や、買春観光に押し寄せる日本人、これらみにくい日本人の中に「自分も含まれている」からだ――と、澤氏は言う。そこに、日本の戦後世代が70年代の体験も通して到達した地平がある。だからこそ本書は、いわゆる同時代ルポを超えて、説得性ももって追ってくるのだろう。
         (季刊三千里 40号 1984.11.01)

著者プロフィール

澤 正彦  (サワ マサヒコ)  (

1939年、大分県生まれ。東京大学法学部卒業.東京神学大学大学院に在学中に韓国延世大学連合神学大学院に留学。帰国後、東京神学大学大学院を卒業。1970年ょり川崎桜本教会で伝道。1973年、ソウルの水踰洞教会(のち松岩教会)へ日本基督教団の戦後最初の派遣牧師として赴く。かたわら韓国神学大学で教える。1977年、アメリカのブリンストン神学校へ留学。1979年、韓国へ戻った直後、出国命令をぅけ帰国。日本基督教団小岩教会、日本基督教団豊島教会牧師を歴任。1989年3月27日昇天。著書に『南北朝鮮キリスト教史論』、訳書に閔庚培『韓国キリスト教史』(共に日本基督教団出版局刊)等がある。

上記内容は本書刊行時のものです。