書店員向け情報 HELP
出版者情報
在庫ステータス
取引情報
パレスチナ/イスラエルを読み解く
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2026年1月30日
- 書店発売日
- 2026年1月22日
- 登録日
- 2024年1月26日
- 最終更新日
- 2026年7月23日
書評掲載情報
| 2026-05-17 | 読売新聞 朝刊 |
| 2026-05-15 |
東京新聞
夕刊 評者: 鈴木啓之 |
| 2026-05-09 |
朝日新聞
朝刊 評者: 酒井啓子(千葉大学特任教授・中東研究者) |
| 2026-03-29 |
産經新聞
朝刊 評者: 三好範英(ジャーナリスト) |
| 2026-03-22 |
河北新報
評者: 鈴木啓之 |
| 2026-03-22 |
京都新聞
評者: 鈴木啓之 |
| 2026-03-22 |
山陽新聞
評者: 鈴木啓之 |
| 2026-03-21 |
信濃毎日新聞
朝刊 評者: 鈴木啓之 |
| MORE | |
| LESS | |
紹介
パレスチナ/イスラエルを構造的・総合的に理解するための決定版!
慶應義塾大学での講義「現代中東論Ⅱ」をもとに、歴史の流れに沿って解説。
とりわけ2023年10月7日のハマースらによる奇襲攻撃から、2年後の停戦に至るまでのイスラエル・ガザ戦争を、長期的文脈の中で詳しく読み解く。
中東各地での在外研究と現地との交流を活かしたコラム、理解を深める映画・文献紹介も充実。図版多数。
目次
序章
未曽有の危機
長期化した紛争を理解するために
地図から消されたパレスチナ、イスラエル
第1章 パレスチナ・イスラエル紛争の基本構造
第1節 120年あまりの浅い紛争の歴史
第2節 キリスト教社会の問題が転嫁され始まったパレスチナ問題
第3節 ユダヤ移民とイギリスの三枚舌外交
第4節 聖地エルサレムとマサダ・コンプレックス
第2章 ホロコーストをめぐるイスラエルの変化
第1節 ヨーロッパのキリスト教社会でのユダヤ教徒差別
第2節 シオニズム思想と運動の始まり
第3節 ユダヤ人迫害の頂点としてのホロコースト
第4節 アウシュヴィッツ収容所の現在
第5節 ホロコーストとシオニズム―評価の変遷
コラム「屋根の上のバイオリン弾き」
第3章 イスラエル建国の経緯と責任論争
第1節 ドレフュス事件の衝撃からバルフォア宣言へ
第2節 入植活動の始まり
第3節 国連パレスチナ分割決議とナクバ
第4節 パレスチナ難民が生まれたのは誰の責任か
コラム「パレスチナ交響楽団」
第4章 アラブ・イスラエル戦争の時代
第1節 英仏の撤退とアラブの連帯
第2節 ナーセルによるPLOの創設
第3節 転機としての第三次中東戦争
第4節 PLOによるゲリラ闘争の時代
コラム「アラブ諸国内での裏切り」
第5章 シオニズムの変容
第1節 建国運動としてのシオニズム
第2節 イスラエルへの「帰還」促進
第3節 ユダヤ人の間でのエスニックな差別
第4節 入植地の建設と宗教シオニズム
第5節 右傾化が進むイスラエル――ネタニヤフ政権の政治基盤
コラム「アラブ系イスラエル人歌手ドゥドゥ・タッサ」
第6章 孤立するパレスチナ
第1節 アブラハム合意の裏切り
第2節 第四次中東戦争とオイル・ショック―「十・七」の五十年前に起きた最後のアラブ戦争
第3節 リクード政権の誕生とエジプト和平―パレスチナ自治をめぐる議論の始まり
第4節 占領の合法化プロセス―エルサレムの首都化
第5節 イスラエルのレバノン侵攻と虐殺
コラム「パレスチナ人作家と文学」
第7章 占領地内部からの抵抗――第一次インティファーダ
第1節 抑圧からの蜂起と弾圧
第2節 崩された「ダビデとゴリアテ」の構図
第3節 ハマースの誕生
第4節 ローカル・イスラームとしてのハマース――政治的立場と憲章の位置付け
コラム「映画『プロミス』が描いた対話の難しさ」
第8章 湾岸危機とパレスチナ問題
第1節 闘争から交渉へ
第2節 冷戦終結という国際環境の変化
第3節 サッダーム・フセインとリンケージ論
第4節 和平交渉の始まり
コラム「君はサッダームが好きか?」
第9章 オスロ合意の欠陥
第1節 直接対話への道
第2節 パレスチナ自治政府の誕生
第3節 和平交渉への反対勢力
第4節 オスロ合意はなぜ失敗したのか
コラム「民間外交が導いた和平合意」
第10章 武装化する抵抗運動――第二次インティファーダ
第1節 失われた和平のチャンス
第2節 自爆テロ VS 暗殺攻撃
第3節 衝突再開の背景と帰結
第4節 ロードマップとアラファートの死
コラム「映画『パラダイス・ナウ』―自爆テロと内通者をめぐる闇」
第11章 ハマース政権の成立と制裁
第1節 二度目の大統領選挙
第2節 ハマースの政治参加と選挙での勝利
第3節 オルタナティブとしてのハマース
第4節 二重政府体制からガザの封鎖へ
コラム「パレスチナの若者文化―ガザのラッパー、パルクール」
第12章 封鎖の長期化とガザ攻撃
第1節 ガザ地区からの入植地撤退
第2節 「草刈り」の始まり―四度のガザ攻撃
第3節 進まないパレスチナ統一構想
第4節 パレスチナ国家の国連加盟申請
コラム「二度のガザ訪問―破壊される国際援助」
第13章 トランプ政権の衝撃
第1節 エルサレムへの大使館移転
第2節 「帰還の大行進」―占領七十年目の抗議行動
第3節 コロナ禍のパレスチナ・イスラエル
第4節 「世紀のディール」の凡庸さ
第5節 アブラハム合意という置き土産
コラム「どちらが現実でどちらが理想か 一国家解決案と二国家解決案」
第14章 イスラエル・ガザ戦争への導火線
第1節 くり返される選挙とイスラエル政治の混迷
第2節 エルサレムをめぐる2021年衝突
第3節 ネタニヤフ極右内閣の成立と緊迫
第4節 2023年イスラエル・ガザ戦争の勃発
第15章
第1節 人質解放から戦闘の再編と泥沼化へ
最初の人質解放/ガザ戦闘をめぐる人道性/UNRWAに向けられた疑惑/戦闘の長期化と飢餓の拡大
第2節 拡大する戦線と「抵抗の枢軸」
ヒズブッラーへの壊滅的な打撃/フーシー派の参戦/アサド政権の崩壊と中東地域秩序の変容
第3節 イラン・イスラエル衝突
破られた「暗黙の交戦規定」/二度目のイラン・イスラエル衝突/イラン核開発疑惑と核合意
三度目の衝突での核施設攻撃
第4節 戦争の終結に向けて
排除された指導者たち/トランプ劇場の始まり/「ガザ・リヴィエラ構想」/停戦崩壊と「ガザ人道財団」
国連総会でのパレスチナ国家承認/トランプ20項目提案/ガザの戦後統治をめぐる難問
コラム「アラブ側のシェルター事情」
あとがき
関連年表
10.7以後の動き
前書きなど
序章
未曾有の危機
二〇二三年十月七日に起きたハマースらパレスチナ武装勢力による大規模な奇襲攻撃を受けて、ガザ地区ではイスラエルによる激しい報復攻撃が始まった。開戦から三日後に始まった完全封鎖により、ガザ地区の住民には水や食料、燃料も手に入らない状態となる。その後、支援物資の搬入は再開されたものの、搬入量の制限や不適切な供給体制のため二〇二五年八月には餓死者が一九〇人以上に上る事態となった。市街地を含めたガザ地区全土への攻撃は続き、開戦から六七〇日の間でガザ地区の死者は六万一一五八人に上り、一五万一四四二人が負傷したと記録されている()。実際には破壊された建物の下から遺体を運ぶことができず、病院で確認されていない死者の数はこれをはるかに上回るとされる。
イスラエル側でもこの戦争は未曽有の被害をもたらすこととなった。奇襲攻撃当日だけで一二〇〇人以上が殺され、外国人を含む二五一人が人質となった。そのうち一〇五人は開戦翌月の交渉で解放され、三三人のイスラエル人と五人のタイ人の人質はトランプ政権に入り二〇二五年一~二月の停戦で解放されたが、その後も五〇人以上がガザ地区内に残された()。激しい戦闘のために予備役は追加召集され、ガザ地区の戦場やヨルダン川西岸地区での鎮圧活動に動員されることになった。十月二十七日のガザ地区への地上軍の侵攻以来、イスラエル軍では四五四人の兵士が命を落としている()。さらに二〇二五年六月に起きたイランとの一二日間戦争により、イスラエルでは二八人の民間人が犠牲となった()。
これまでくり返し戦闘が起きてきたイスラエル・パレスチナでも、これは他に例がない事態といえる。ガザ地区をめぐり二年近い長期戦が続くのは初めてであり、これほどまでの規模の死傷者が双方に出たことはなかった。イエメンのフーシ派を含めた紛争の地域的拡大や、イランとイスラエルとの直接戦闘は、これまでの中東諸国の地政学的な位置付けを揺るがす展開といえる。核保有や核兵器開発が指摘される国同士の戦闘は、周辺地域や世界に対しても脅威を及ぼすリスクをはらむ。今回の戦闘は未曽有の危機をこの地域一帯にもたらしているといえる。
長期化した紛争を理解するために
なぜこんな事態となったのか。その理由を紐解き考える上では、イスラエル・パレスチナをめぐる長い紛争への理解が必要である。それはこの戦争が今後どのような方向へ向かうのか、予測する上でも必要な基礎知識となる。
十月七日以降、イスラエル・ガザ戦争については多くの本が刊行されてきた。なかでも今回の事態を受けて、はじめて中東に関心をもたれた方に向けた分かりやすい概説書が多い。訳書を含めて以前刊行されていた本が改めて注目を浴び、絶版となっていた図書の復刻もされている。これら多くの図書と、日々のニュースの報道で一定の知識を身につけられた方も多いだろう。とはいえ、おおまかな流れは理解したものの、一歩踏み込んで知りたいと思っても、何を読めばよいか分からない、そう感じておられる方も多いのではないか。かといって専門書に手を出せば、一気に情報量は増え、専門用語の羅列で理解は困難となる。
本書はそうした概説書と、専門書の中間に位置するものとして書かれた。予備知識がまったくなくても読み進められるよう、紛争の基本的な政治構造や、歴史的な起源から、現在に至るまでの流れを、おおよそ時系列に沿ってまとめてある。それぞれの時期での大事な展開をカバーし、重要なキーワードが一通り学べることに留意したつもりだ。その意味では、大学でのテキストの役割も果たせると自負している()。取り扱う時期としては一九九〇年代のオスロ合意以降の動きを重視し、可能な限り最新の情勢や研究動向まで含めることを心がけた。
また本書は、それぞれの記述において、できる限り明確にエビデンスを提示することに努めた。概説書などでは事実や政治的意見が多く述べられるものの、その根拠が必ずしも明示されない場合も多い。厳しい論調で書かれた内容が、筆者個人の意見なのか、それとも多くの論者により指摘されてきた事実なのか、区別がつかないことも多い。それに対して本書では、記述する内容について出典を明記することを心がけた(その分、刊行予定時期が大幅に遅れてしまったが)。読者のみなさまには、書かれている内容で気になった点について、もっと詳しく知りたいと思われた場合は、注に記載した文献やリンクをぜひ紐解いて頂きたい。参照しやすいように、参考文献はできるだけ日本語のものを多く含めるようにした。ぶ厚い本を読み進めるのは苦手で、むしろ映画など動画を見る方が得意、という方のために、筆者自身も好きな映画の紹介も盛り込んだ。また、中東の人物や地名になじんで頂くために、図表や地図もふんだんに掲載した。
中東では二〇〇〇年代に入り、イラクやシリアなど様々な地域で戦争が起こり、多くの難民が生まれて注目を集めた。「イスラーム国」によるテロはヨーロッパ諸国でも一時期頻発し、世界各地で危機感をあおった。これらの紛争が沈静に向かう中、再び首をもたげてきたのは中東で最も長い紛争のひとつであるパレスチナ・イスラエル紛争である。十月七日の開戦以前にも、トランプ大統領によるエルサレムへの大使館移転や、UAE、バーレーンとイスラエルの国交回復(アブラハム合意)などが注目を集めた。この紛争はなぜここまで長期化するのか、落としどころはないのかを考える上で本書が読者の一助となることを願う。
地図から消されたパレスチナ、イスラエル
パレスチナ・イスラエル紛争を理解する際にひとつの鍵となるのは、紛争当事者間の感情のあり方である。それは「事実」認識にも影響を与え、ときに他者の存在そのものを否定するような極端な攻撃性を生むことがある。地図Aと地図Bが示すのは、それを典型的に示した対比の例だ。
地図Aは筆者が二〇〇〇年代の初頭にエルサレムの書店で購入したもので、Carta社というイスラエルの出版社で発行されている。この地図上では、「パレスチナ」や「パレスチナ自治区」という名前を見つけることができない。地中海からヨルダンまでの間のすべての土地を指して、「イスラエル」と表記されている。その首都はエルサレムと明記されているが、こうした首都の指定は国際的にはまだ多くの国で承認されていない。エルサレムの帰属は紛争の焦点のひとつであり、和平交渉を経て合意で定めなければならないとされているからだ。それにもかかわらず、この地図ではエルサレムがイスラエルの首都と一方的に宣言されている。
同様のことはアラブ側の地図についても言える。地図Bは筆者がヨルダンの首都アンマンでやはり二〇〇〇年代の初頭に購入した地図で、アラビア語で地名が書かれている。注目して頂きたい地域を拡大した地図Cに訳を入れると、縦書きされている文字が「パレスチナ」という表記であり()、先ほどの地図と同様、地中海からヨルダンまでの間のすべての土地が「パレスチナ」として示されているのが分かる。「イスラエル」という地名はこの地図上のどこにも見つからない。つまり国連で承認された国家であったとしても()、アラブの土地を不当に占領して作られたイスラエルはその存在すら認めることはできない、という強い意志がこの地図には表されているといえる。首都とされているのは、地図Aと同様にエルサレムである。
これらの地図から見えてくるのは、イスラエルとパレスチナの対立がそれぞれの共同体の生存権をめぐる争いとみなされ、お互いの存在自体を否定しあうほどの関係となっているということである。政治的言説のレベルでは、「(地中)海から(ヨルダン)川まで」すべての土地をパレスチナだと主張した場合、それはイスラエル国家の存在の否定と捉えられ、過激な「反セム主義」的言説として近年では厳しい批判の対象とされている。イスラエル政府は、ハマースらパレスチナ強硬派がこうして「イスラエル人を海に追い落とそうとしている」と危機感をあおる。だが類似の主張はイスラエル側にもみられることが、地図Aからはうかがわれる。この地図はまた、両者の対立が宗教をめぐるものではなく、双方のコミュニティの存続と、土地をめぐる争いであることを示してもいる。パレスチナとイスラエルの対立はよく言われるような数千年続く宗教争いではなく、こうしてお互いに共同体の存亡を賭した領土争いとして続いてきたのだ。
興味深いのは、こうした国家観や地理認識が、政治家や地図発行元の出版社などの組織レベルだけでなく、一般庶民の間にも浸透しているという点だ。地図Dは、筆者がイスラエルの隣国であるレバノンの大学図書館で見つけたものだ。資料閲覧室の台の上に広げられた大きな地図帳には、学生か誰かがボールペンか何かで黒々と書き込みをした跡がみられた。いつ書き込まれたものかは定かでないが、「イスラエル」と印字された国名を黒く塗りつぶし、代わりに「パレスチナ」と書かれているのが分かる。もとに何が書かれていたか、場所からしか推測できないほど徹底して塗りつぶされていることからは、否定する強い意志が感じられた。それほどの思いを込めて、中東アラブの人々は、イスラエルの建国を恨んでいる、ということになる。レバノンにはパレスチナ難民が多く住んでいるため、難民二世や三世の学生が書き込んだのかもしれない。そこには紛争の相手側の存在そのものを否定しようという強い感情が覗いているように思う。
私たちが学校で歴史を学んできた過程では、地図や年表は客観的な事実を示した中立的なものと捉えられてきたのではないだろうか。しかし紛争地においては必ずしもその常識は当てはまらない。支配下におきたい領域を示すために地図が使われ、また歴史的に認めたくない時代のことは年表の表示から消されることが多々見られる。地図や年表はむしろ、対立点やお互いの主張を映し出すものとして機能することがある。
年表の例として、何年も前にエルサレム旧市街の観光地となっているダビデの塔を訪ねた際は、展示の中でのあまりに恣意的な表記に驚いた記憶がある。ユダヤに関連した歴史に限定して提示されたせいか、エルサレムがイスラーム王朝の統治下にあった時代が年表からすっぽり抜けていたのだ()。そもそも「ダビデの塔」と呼ばれる遺跡と、古代イスラエル王国の王とされるダビデとの関係は学問的にはっきりとは立証されていない。この地に根付くユダヤ民族の歴史を考古学的に裏付けることは、それ自体が政治性を帯びるプロジェクトと位置付けられているのだ。近年では一大観光地となっているエルサレム旧市街の南にある「ダビデの町」もまた、同じ意図をもって発掘が進められてきた()。その紹介では、この地には約三〇〇〇年前からイスラエルの首都として栄え、精神的な中心地であったと説明されている。
同様にパレスチナ自治区では、ヨルダン川西岸地区にあるエリコが人類最古の町のひとつとして観光地となっている。ウマイヤ朝期の遺跡であるヒシャーム宮殿は、見事な床のモザイク文様などが公開され、パレスチナ側の重要な観光資源となっている。展示はイスラエル側ほど先進技術を生かした充実したものではないが、パレスチナとイスラームの双方にとって重要な遺跡と位置付けられている()。
地図上の表記や歴史叙述に向けられたこうした情熱は、それぞれの共同体のこの土地におけるルーツの証明を目的のひとつとしたものと考えられる。歴史の古さを示すのは、双方にとって存在の正統性を示すためのプロパガンダ戦略の一部でもあるのだ。それはまた、紛争の当事者間で歴史の共通認識が成立していないことを示唆する。同様の問題は、日本を含む東アジアにとっても無縁とは言えない。だがパレスチナ・イスラエルの場合は、それがより顕著な形で表れ、現在進行形の領土問題や土地の所有権をめぐる対立にまで発展している。
それではこの紛争は、直接的にはいつまでさかのぼれるのか。現在の紛争構造が形成されたのはいつなのか。まずは第1章で詳しく見ていきたい。またそうして紛争が生じた背景として、第2章ではヨーロッパ社会におけるユダヤ教徒差別の歴史に注目していく。現代のいわゆる「パレスチナ問題」は、ヨーロッパ社会の「ユダヤ問題」が転嫁されて始まったと言えるからだ。中東の紛争の火種を撒いたのはヨーロッパ人であり、委任統治という一時的な役割を担った後に問題の解決は当事者に丸投げされた。対立はアラブとイスラエルの紛争と位置付けられ、四度の戦争が戦われた。そしてアラブ諸国もまたこの問題を投げ出した後、紛争は孤立したパレスチナと、圧倒的な政治力・軍事力をもつイスラエルとの対立へと変化していく。争いが長期化する中で紛争の性格は大きく変化し、現在へと至っているのである。
版元から一言
パレスチナ、イスラエル問題を包括的に理解するための、学術書と一般書の中間に位置する本です。各紙・誌で先生方、学生からも好評いただいております。
上記内容は本書刊行時のものです。

