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「走る原発」エコカー
危ない水素社会
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2015年7月
- 書店発売日
- 2015年7月17日
- 登録日
- 2015年5月21日
- 最終更新日
- 2016年6月23日
紹介
安倍政権が進める燃料電池車の燃料・水素は、高温ガス炉という原子炉で製造される!
電気自動車やプラグインハイブリッド車の普及は、電気の大量利用=原発の促進につながる!
「エコ」の衣をかぶった原子力延命策を冷静かつ論理的に批判する。
目次
はじめに
対 談 誰のための燃料電池車・電気自動車なのか
小出裕章・上岡直見
第1章 燃料電池車・電気自動車と原子力の深い関係
「究極のエコカー」の正体は?
日本全体のエネルギーフロー
多岐にわたるエコカー
エコカーの燃費とCO2排出量
エコカーも環境を汚染する
エコカーへの多額の補助金
水素スタンドが足りない
単なるデモンストレーション
電気自動車は「走る原発」
夜間電力が余るから電気自動車?
「寒い」電気自動車
スマートグリッドは「スマート」か
実在しないシステム
ワイヤレス充電と電磁波公害
実は普通の自動車も「走る原発」
省エネ効果が不明なエコカー
第2章 「夢の水素社会」は本当か?
水素利用の歴史
原子力と表裏一体の「水素社会」
「MIRAI」の「燃費」をチェックしてみた
水素は「いくら」か
燃料電池車は補助金で走る
水素の作り方
水素の輸送と精製
「CO2フリー水素」のまやかし
無尽蔵神話
再生可能エネルギーで作ればいい?
「大きな水素」社会と「小さな水素」社会
第3章 原子力延命策としての高温ガス炉
復活した高温ガス炉
高温ガス炉は「青い鳥」か
高温ガス炉の構成
燃料と炉心の構造
80基以上が必要になる
「今度は大丈夫」と言えるのか
数多くの問題点
使用済み燃料の処理のために推進
使用済み燃料の貯蔵場所がなくなる
第4章 原発は地域に貢献していない
自動車こそ「国富」の流出
エネルギー支出の減少が経済にはプラスになる
原子力施設立地による所得・雇用効果はあるのか
原発受け入れ市町村とお断り市町村の比較
電力供給地の偏在と立地自治体の経済
「自給」の意義
結びに代えて 安倍政権の真の危険性
前書きなど
はじめに
2015年1月15日に首相官邸で燃料電池車(トヨタ「MIRAI」※)の試乗式が開催され、安倍晋三首相は自ら試乗するとともに、さまざまな規制を見直して水素のセルフスタンドを実現するなどの普及策に言及した。また、第189回国会(15年2月)の総理施政方針演説では、こう述べている。
「安倍内閣の規制改革によって、昨年、夢の水素社会への幕が開きました。全国に水素ステーションを整備し、燃料電池自動車の普及を加速させます」
燃料電池車は水素を燃料として使用し、走行時には温室効果ガス(CO2)を排出せず、大気汚染物質の排出も少ないため、「究極のエコカー」と宣伝されている。安倍政権が掲げる「成長」戦略はおよそ国民の健康や環境への配慮が乏しい項目ばかりなのに、なぜ燃料電池車を強力に推進するのだろうか。自動車メーカーの新しいビジネスの開拓を支援する意図もあるだろうが、別の意図に注意を向ける必要がある。それは、燃料電池車が大量に普及し、あるいは本格的な水素社会になれぱ、その製造過程で原子力と結びつくからだ。
燃料となる水素は、高温ガス炉(第3章で詳述)という新形式の原子炉で製造するプロセスが提案されている。社会的に必需品である自動車と原子力を結びつければ、従来の電力としての需要のほかに、原子力からの脱却に抵抗する強力な手がかりとなる。高温ガス炉の開発は、東京電力福島第一原子力発電所の事故(以下「福島事故」)以前から行われている。民主党政権での第三次エネルギー基本計画(2010年6月)では高温ガス炉の項目が削除されたのに対して、自民党政権での第四次エネルギー基本計画(14年4月)では復活した。
高温ガス炉は水素の製造と発電に兼用できる。冷却機能を喪失しても放射性物質の大量放出に至らないこと、内陸部へも建設できるなど立地の制約が少ないことが特徴とされている。この点から原子力業界では輸出用として注目するとともに、国内での普及と実績づくりも目指している。従来も多くの自治体首長が原発の誘致に積極的あるいは容認であった経緯から類推すれば、「一県一原発」の事態にもなりかねない。
仮に高温ガス炉が軽水炉に比べて安全性が高いとしても、原子炉を運転すれば核分裂生成物が蓄積するという関係は軽水炉と変わらない。既存の軽水炉の使用済み燃料でさえ、処理が行き詰まっている。形状がまったく異なる高温ガス炉の使用済み燃料の処理方法は、新たに開発しなければならない。
一方で、原子力によらない水素の大量供給源として、海外の安価な化石燃料(低品質の石炭など)から水素を製造する方法も提案されている。しかし、この方法では製造段階でCO2の発生が不可避である。そこで「CO2を出さない」という見せかけのために、発生したCO2を液化して地下や海底に投棄するCCS(Carbon Capture and Storage、二酸化炭素回収貯留)の導入が前提となっている。これでは本末転倒であるし、基幹的なエネルギーの海外依存という面でも改善になっていない。
また、高温ガス炉や「水素社会」のような調子のよい構想が本当に実現するのかという懸念もある。これには前例がある。
核燃料サイクルの構想のもとに計画された高速増殖炉(原型炉と称する「もんじゅ」)や六ヶ所再処理工場(青森県)は、膨大な費用を投入しながら本格稼働の見通しが立っていない。高温ガス炉の実験炉(茨城県大洗(おお あらい)町)は、臨界を達成した後に各種の試験中である。『産経新聞』の記事では「完成」と称揚(第3章参照)しているが、これで完成なら「もんじゅ」も完成したことになる。むしろ、短期間とはいえ発電した「もんじゅ」に比べて、はるかに低いレベルにある。高温ガス炉や「水素社会」は、成功すれば原子力利用のさらなる拡大を意味する一方で、成功しなくても完成への幻想を掲げたまま止めるに止められない浪費が続く可能性も危惧される。
本書の第Ⅰ章では、エネルギー問題を軸に自動車と原子力の関連性を考える。燃料電池車の燃料である水素を大量に製造するためには、原子力の利用が不可欠となる。また、電気自動車やプラグインハイブリッド車(外部からの充電を併用するハイブリッド車)は電気を動力源として直接使用するから、大量に普及すればやはり原子力発電の促進につながる。さらに、在来のガソリン(ディーゼル)車も、走行時には電力を使っていないものの、製造過程では多くの電力を必要とする。すべての自動車は多かれ少なかれ「走る原発」の性格を持ち、自動車に依存した社会を続けるかぎり舞台裏で原子力社会を推進する要因の一つとなる。
第2章では水素に関する基本情報や製造法を紹介する。燃料電池車や水素社会の「夢」が語られるが、水素をどうやって作るのか情報が提供されないまま、「ゼロエミッション」「CO2フリー」など安易な評価が飛び交っている。そこで、改めて水素そのものの基本を整理した。
第3章では、水素を大量に製造する場合に登場する原子炉である高温ガス炉について考える。実験炉で試運転された段階(福島事故以後に中断)であるが、第二次安倍政権のエネルギー基本計画では「成長戦略」にも位置づけられた。それに呼応して、原子力関係者は理想的な原子炉であると評価し、再び「神話」を流布しようとしている。そもそも、福島事故の原因究明も不十分なまま各地の原発の再稼働を急ぐ関係者が「今度は大丈夫です」と主張しても、信憑性は低い。本章では、感情論でなく技術的な側面から高温ガス炉の危険性を考える。
ここまでの記述では、「あれもダメ、これもダメ」と否定的な印象を抱く読者があるかもしれない。そこで第4章では、原子力や自動車と経済の関係を数量的に分析しながら、人びとが安心して暮らせる社会に向かう提案を示した。高度成長期(日本では1970年代中ごろまで)には、経済全体をボトムアップすることで社会的・経済的格差の是正が行われた面もある。だが、現在はむしろ格差の拡大を是正できない構造に陥っている。原子力や自動車に代表される大量生産・大量消費社会を、看板を架け替えて今後も続けるという前提を設けるかぎり、どのような技術体系であれ遠からず破綻に至ることは避けられない。
なお、「仙人宣言」をして長野県に移住された小出裕章氏に無理をお願いして、高温ガス炉や水素、さらには原子力の行く末について、巻頭で対談させていただいた。長年にわたって小出氏から多くを学んだ市民の方々は「仙人になって何をしているの?」と気にかけているのではないだろうか。現在の暮らしについても語っていただいた。
※トヨタの燃料電池車について、報道では「ミライ」というカタカナ表記が多いが、メーカーの正式名称はローマ字で「MIRAI」である。
版元から一言
「水素を高温ガス炉で作り出して原子力を復活させるなんて本当にばかげていると思ってきました。それについて詳しいデータをつけて、一冊にまとめてくださり感謝します」(小出裕章)
※小出裕章氏との対談収録。
上記内容は本書刊行時のものです。