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虚業 七尾 和晃(著) - 七つ森書館
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虚業 小池隆一が語る企業の闇と政治の呪縛

発行:七つ森書館
四六判
288ページ
仮フランス装
定価 1,700円+税
ISBN
978-4-8228-1416-8
Cコード
C0036
一般 単行本 社会
出版社在庫情報
在庫あり
初版年月日
2014年10月
書店発売日
登録日
2014年8月26日
最終更新日
2015年1月29日
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紹介

 バブル時代の虚構のマネーゲーム主宰者たちがいま再び、そのカマ首をもたげようとしている。公共事業、再開発に群がる彼らはかつて、“総会屋”“ダニ”と呼ばれた。
 第一勧銀、野村證券、山一證券など数々の超一流企業を手玉に取り、戦後日本最大・140億円を優に超す不正利益供与事件で逮捕された小池隆一。現在、コンサルタントへと転身したその姿から見えてきたのは、総会屋とそれを必要とした企業・政治の呪縛──それは日本社会の縮図でもあった。
 20年の沈黙を破り、伝説の総会屋がはじめて語る日本の闇。

目次

第1章 伝説の総会屋
第2章 「財界の床柱」上森子鉄
第3章 小池との旅
第4章 田中角栄と木島力也
第5章 小川薫との訣別
第6章 事件の伏線
第7章 小甚ビルディング
第8章 ロビイスト
第9章 疑念
第10章 小池の釈明
第11章 対決
おわりに

前書きなど

おわりに

 小池が、1997年の第一勧銀事件で逮捕された当初、メディアは「至極当然の疑問」を盛んに書き立てた。なぜ、〝超一流企業〟であるはずの銀行や証券会社が、総会屋などという怪しげな存在に食い物にされてしまったのか。
 たしかに、「世間の良識」から一方的に振り返れば、両者の関係性は容易には理解できないだろう。しかし、今となれば、私には理解できるような気がする。小池隆一という総会屋が付き合ったのは、企業という顔の見えない法人ではなかった。小池が付き合ったのは企業ではなく企業経営者、あるいは担当者という顔の見える個人だった。その人間関係において、小池だけでなく、彼ら自身が単なる利害得失という関係性を超えたものとして互いの存在を意識していたのも、また事実なのである。
 野村證券や大和証券をはじめ、最終的に逮捕された企業関係者らは、検察に小池を売ることになったが、自分自身、あるいは会社を守るために誰かを売るという作法が非難されるべくもなく、また、小池自身も、彼らの行為に対して非難がましく言ったことはなかった。
 「おい、小池! あっちはこう言ったぞ。こう、調書にサインしたぞ」
 小池は、取り調べ検事から、そう言われるまで沈黙を守り、結局、自身が付き合った企業が認めた範囲まで、自身の調書でも〝認める〟作法を貫いた。当時の担当者で、有罪ながらもメンツが保て、事件後も小池と親しく付き合っている人間を、私は何人も知っている。彼らはすでに企業を退職しているが、利害関係を完全に失した状態でも、友人として小池と付き合っていた。総会屋と企業という枠を超えた人間関係が存在していることを垣間見て、私は驚かされた。
 知りあってすぐに、ひとつの直感があったことを告白しておきたい。権勢を振るっていた当時から、小池はすでに「悲しき総会屋」であったに違いない、と。その直感を、私は疑ったことがなかった。
 かつて、小池が口惜しそうに電話をしてきたことがある。
 聞けば、鹿児島駅前の大型スーパー「ダイエー」で、長男が事故に遭ったという。エスカレーターの上で転落し、意識を失ったものの、一緒にいた弟が助けたというのだ。上下の歯はボロボロに折れてしまい、さらには心肺停止に陥った長男を、たまたま居合わせた女性がとっさの人工呼吸で救ってくれたそうだ。
 長男が一命を取り留めてホッとすると同時に、小池にも忸怩たる思いがあった。
 「そのとき、ダイエーは何もしなかったんですよ。ダイエーにも文句の一つも言いたいけれど、言えば、『あの小池が……』とまた言われる。これも報いだな。でも、大難を小難に、小難を無難に、というから。そうなんだな、と考えました」
 知らぬ者が相対していれば、小池はまるで哲学者か、あるいは求道者のような雰囲気をまとっているように見えるかもしれない。それは見かけだけのものではなく、語る言葉と内容は実に多岐に渡り、そして滅多なことでは、引退した者にありがちな、かつての思い出話や自慢話はしないのだ。
 いま、バブル崩壊後の「失われた20年」と言われる時間を経て、「虚構のマネーゲーム」の主宰者たちがふたたび、自民党政権を後ろ盾にして、時に堂々とそのカマ首をもたげようとしている。数多くの公共事業、再開発、海外受注と称したプロジェクトに群がり、そのプロジェクトに参加するためには「ロビイスト」や「コンサルタント」を倒れさせてはならないと考えている。そう信じる者たちによってこそ、自民党55年体制が育んだ「かつてロビイストとは呼ばれていなかった、ロビイストたち」は残影を留め続けるのだろう。
 その意味で、「違法な総会屋」から「合法的コンサルタント」へと転身をはかった小池隆一という一人の男がたどった状況隘路を、「尋常ならざる人物の特異な人生」として括ってしまうことは、私にはできない。なぜなら、小池の軌跡こそ、バブル崩壊後の「失われた20年」とされる時代の「裏ロビイング」の軌跡であり、日本社会の精神性の一端を象徴していると思われてならないからである。
 小池は、ただ家族のためだけに生きようと決めた後半生で、自身が表社会で立ち回れば家族に迷惑がかかるからと戒め、鹿児島に蟄居することを強いた。自身が築いた「イエ」を守らんがため、自身のもとに持ち込まれる、ロビイストたちの謀議の数々を自身の足で検証することを許さず、その結果、再起不能な欺きを受けたのだとすれば、それほどの皮肉と、そして苛烈な?末はない。
 それを、総会屋として生きた小池の前半生に対する「因果応報」だと呼ぶにしても、その〝罪〟を償って余りある悲劇でさえある。
 小池自身の意識の中では、かれは「総会屋」ではなく、あくまでも「元総会屋」である。実際に、私自身が知り合って以降、小池の言動を常に決定づけていた自意識は「現役の総会屋であると、他人に誤解されないこと」であったことは疑いえない。
 「石が浮かんで木の葉が沈む」??。それはまぎれもなく不条理だろう。他人の人生を食い物にして世を渡る不条理は、小池に限らずとも看過されえないものだ。たとえ前科があろうとも、人生に禍根があろうとも、過去に悪評があろうとも、罵声にまみれようとも、小さくもまっとうに生きようと決意した人間の真摯な思いを踏みにじる存在こそが「巨悪」であり「社会悪」である。
 そして、そんな〝悪〟に限って、誰よりもまっとうな顔と振る舞いで、ときに正義さえ主張しながら、社会のあらゆる地位と場所に、つまり、我々のすぐ隣の、身近な場所で和やかに呼吸しているのだ。一流企業のサラリーマン、上場会社のサラリーマン、高級官僚、実力派代議士、あるいは大物コンサルタント、さらにはフィクサーなどとも呼ばれながら。……(後略)

著者プロフィール

七尾 和晃  (ナナオ カズアキ)  (

 1974年、ニューヨーク市クイーンズ生まれ。
 英字紙記者などを経て、独立。忘れられゆく近代史の現場に赴き、「訊くのではなく聞こえる瞬間を待つ」姿勢で踏査ノンフィクションにまとめる手法で、現在、無名の人々の生活のなかから紡がれる言葉から歴史を描く『無名譚』や『国境』の執筆に取り組んでいる。
著書に、『炭鉱太郎がきた道』(草思社)、『「幻の街道」をゆく』(東海教育研究所)、『琉球検事』(東洋経済新報社)ほか多数。

上記内容は本書刊行時のものです。