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マーシャル諸島の政治史
米軍基地・ビキニ環礁核実験・自由連合協定
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2013年10月
- 書店発売日
- 2013年10月31日
- 登録日
- 2013年10月24日
- 最終更新日
- 2013年10月24日
書評掲載情報
2014-02-23 | 毎日新聞 |
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紹介
産声をあげて間もないマーシャル諸島共和国。その伝統的価値観と政治的リーダーであるエリート層の動向に着目し、その独立の経緯と近現代政治史を読み解く。豊富なフィールド調査をもとに、国際社会の中でしたたかに生きる小国の姿を浮き彫りにした書。
目次
まえがき
序論 本書の視座
はじめに
1 本書の目的、調査対象と方法
2 本書の構成
第Ⅰ部 マーシャル諸島の伝統と文化
第1章 社会の特徴と身分制度の変容
1 地理的特徴と民族誌的背景
2 独立までの歴史とエリート層の形成
3 政治システムとエリート層の関係
第Ⅱ部 国家形成期における政治と対米関係
第2章 国家の独立と米国の安全保障政策
はじめに
1 独立をめぐる歴史的背景――米国信託統治政策とクワジェリン米軍基地
2 自由連合協定とアマタ・カブア政権
3 独立をめぐる賛成派と反対派の評価
4 考察――安全保障と経済支援のはざまで
第3章 統一民主党による政権獲得への選挙戦術――総選挙分析からみる「民主政治」
はじめに
1 マーシャル諸島共和国の選挙制度
2 統一民主党政権への歴史的変遷
3 総選挙の民族誌――2003年総選挙の事例から
4 二つの総選挙における投票結果の分析
5 考察――選挙を通じた民主主義に対する国民の意識の変容
6 本章のまとめ――民主主義的手続きに基づく新興エリートの政権掌握
第4章 政権交代と大統領資格をめぐる意見対立――大統領への不信任決議と大衆世論動向
はじめに
1 大統領の不信任をめぐる議会の混乱
2 「大統領=イロージラプラプ」をめぐる国民の解釈
3 考察――現代政治史におけるトメイン政権の位置づけ
4 本章のまとめ――イロージラプラプ大統領による議会運営の展望
第5章 2011年総選挙にみる議会勢力構図の変容――階級対立から地域対立へ
はじめに
1 ゼドケア大統領による政権運営
2 2011年総選挙から大統領選出まで
3 選挙分析からみた2011年総選挙
4 考察――2011年総選挙の意義とロヤック政権の課題
参考資料 マーシャル諸島総選挙結果
第Ⅲ部 国内の社会問題と政治エリート集団の変容
第6章 国内経済開発政策と国民の労働観
はじめに
1 国内経済の特徴と政府による経済政策
2 国内産業の現場における開発の現状と課題
3 国内民間企業の退潮とその原因――欧米からみた投資をめぐる国内制度の不備と新興アジア人系企業の台頭
4 民間企業の経営環境改善に向けた政府の課題
5 UDP政権下での経済政策と国民の反応
6 本章のまとめ――グローバル・スタンダードと伝統的価値観のはざまで
第7章 移住者による地域アイデンティティの変容と地域行政――クワジェリン環礁イバイ島の事例から
はじめに
1 クワジェリン人とイバイ人
2 イバイ島の概要
3 イバイ島への移住者の歴史
4 イバイ島の住民意識と地方政府の政策の変容
5 イバイにおけるクワジェリン人としての意識
6 本章のまとめ――エリート意識と蔑視とのはざまで
第8章 核実験被害補償問題をめぐるビキニアンたちの「闘い」――対米交渉と地域社会開発
はじめに
1 ビキニ環礁とビキニアン
2 ビキニ環礁核実験と強制移住の歴史
3 核実験被害補償をめぐる争い
4 ビキニアンの現在
5 ビキニアンたちによる将来に向けた取り組み
6 本章のまとめ――ビキニアンをめぐる環境の変化と意識の変容
第9章 遺骨を媒介にした共同体意識の形成――慰霊巡拝と遺骨をめぐる文化的意味の変容
はじめに
1 国内における遺骨収集活動――遺族会と日系人会
2 「文化のなか」の遺骨をめぐる意味
3 「文化のあいだ」における遺骨の意味――慰霊団と日系人会の接触
4 遺骨収集をめぐる政府の規制と日系人会の反発
5 本章のまとめ――「統治者」の交代に伴うエリート意識の変容と抵抗
補論 政治エリートの興亡からみる近現代政治史
はじめに
1 先行研究におけるエリートへの視点
2 各章の論点におけるエリートの変容
3 今後の展望
注
参照史資料及び参照文献
謝辞
索引
前書きなど
序論 本書の視座
はじめに
マーシャル諸島共和国は、1986年10月に米国との間に自由連合協定(Compact of Free Association)を締結し、それに伴い独立を果たした、建国後わずか30年足らずの太平洋に浮かぶ小島嶼国である。独立以前、同国を含むミクロネシア三国(ミクロネシア連邦・パラオ共和国・マーシャル諸島共和国)は、スペイン・ドイツ・日本・米国の統治下に置かれてきた。しかしながら、これら三国は、アジアやアフリカ地域のように旧宗主国との間の激しい独立をめぐる紛争を経験し、草の根のレベルの人々を含めた、いわゆる「下からの民族自決」の動きが高まってきた結果独立したというよりは、太平洋島嶼諸国でよく確認される1960年代以降の民族自決運動・国民国家建設を求める動きの高まりという国際環境の中、旧宗主国に与えられた国際社会からのプレッシャーに応じる形で、独立を強いられたという経緯がある(小林・東 1998)。そのため、建国に至るまでの十分な準備期間も、また人的資源も確保できていないという問題に直面した。
(…中略…)
2 本書の構成
本書は3部9章で構成されている。第Ⅰ部では、マーシャル諸島共和国の建国に至るプロローグとして、マーシャル諸島の伝統的文化や社会構造について、民族誌的記述をもとに明らかにしていく。特に大航海時代以降、欧米列強や日本との接触が進む中で、それぞれの宗主国側の統治システムの影響を受けながら、マーシャル人社会の伝統的社会構造がどのように変容していったか、その変遷に注目して記述していく。また、独立を経て国家建設を進める中で採用されていった今日の政治システムの中に組み込まれた、現代の政治に大きく影響を与えている伝統的政治システムの要素について指摘していく。
第Ⅱ部では、第二次世界大戦後に国際連合信託統治領ミクロネシアの一部として米国の施政下に置かれ、1970年代以後は独立を果たすために米国との間で自由連合協定を締結し、独立後は米国をはじめ様々な国際社会のドナーと関わりながら自立に向けて歩んできたマーシャル諸島の近現代政治史について総論としてまとめた。その際、歴代の大統領たちが、米国をはじめとした国際社会の情勢と国内の大衆世論を把握しながら、政権運営及び総選挙での戦いをいかに実施してきたのかについて、世論調査や選挙分析を利用しながら動態的民族誌として記述した。とりわけ、建国期における自由連合協定締結とアマタ・カブア(Amata Kabua)、改訂自由連合協定時におけるケサイ・ノート(Kessai Note)、2000年代後半の世界規模での経済不況下におけるリトクワ・トメイン(Litokwa Tomeing)、及びクワジェリン米軍基地土地使用交渉合意をめぐるチューレーラン・ゼドケア(Jurelang Zedkaia)という4人の大統領の政権運営に着目し、各時代の国際情勢への対応とそれぞれの大統領をリーダーとする議会内の政党・政治グループの動きについて、伝統的支配層出身のエリートと平民出身の新興エリート層の対立・融和・再組織化の視点から分析している。
第Ⅲ部では、マーシャル諸島共和国の近現代政治史における各論として、国内問題への対策を担っている国内中央及び地方行政の統治エリートたちの動向について記述していく。具体的には、(1)米国からの経済援助に依存する国家経済の政策をめぐる伝統的エリートと新興エリートとの対立関係、(2)クワジェリンの米軍基地の土地使用をめぐる交渉やビキニ環礁を中心とした核実験に対する補償問題など米国との外交関係に影響を受けながら政治を進めていく市長や地方議員などの統治エリートたちの取り組み、(3)第二次世界大戦後に台頭し、国内政治の中心を担った新興エリート層の一翼を担ったマーシャル日系人社会と第二次世界大戦前の宗主国であった日本との関係について説明していく。
補論では、マーシャル諸島共和国の近現代政治史の流れを分析する上で、政権の中枢を担い、一方で国際社会の要望と交渉し、他方で国内の住民からの要求に対処する政治の担い手である政治エリート集団の興隆の動きに着目して検討していく。すなわち、マーシャル諸島の政治において、政治の担い手であるエリート層は、国際政治と国内世論の間におかれ、両方からの要求に対処する社会的インターフェースの役割を果たしている。その結果、そのインターフェースとしての役割を適切に担うことができなくなった時は、別のエリート集団にとって代わられる。
またこのエリート集団も、マーシャル諸島内では常に一様ではなく、様々な価値観に基づき融合・分離を繰り返している。中央政治における政権闘争に着目すれば、国家形成時は伝統的グループと新興グループに大きく分けられていた。しかし、国内の政治体制が安定していく中で、そのグループ分けは首都マジュロを中心とした中央グループと、離島地域を中心とした地方グループに次第に変容してきている。こうしたエリートの構成メンバーは次々と変容を遂げながらも、政権を担う統治エリートにいる者たちは、社会的インターフェースとしての役割を担わされ、国際社会と国内世論の調整役という役割を果たすことを求められ続けているのである。
以上のような各章での考察の中で描き出されたエリートたちの姿を通じて、太平洋の一小島嶼国と国際社会との関係を描き出すことこそが本書の目的と言えるだろう。
上記内容は本書刊行時のものです。