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女子理学教育をリードした女性科学者たち 蟻川 芳子(監修) - 明石書店
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女子理学教育をリードした女性科学者たち 黎明期・明治期後半からの軌跡

発行:明石書店
A5判
296ページ
上製
定価 4,800円+税
ISBN
978-4-7503-3770-8
Cコード
C0040
一般 単行本 自然科学総記
出版社在庫情報
在庫あり
初版年月日
2013年2月
書店発売日
登録日
2013年3月13日
最終更新日
2014年2月4日
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紹介

日本における女子教育を明治時代から概観し、日本女子大学校設立時の初期理学教育を支えた長井長義や、ほか7人の女性科学者たちの生い立ちから業績までを紹介。また、各女性科学者が、当時の研究生活をいきいきと描写した随筆も収録。

目次

 はじめに[蟻川芳子]

第1部 女子理学教育の歩み

第1章 日本における理系女性の歩み[蟻川芳子]
 1.日本の女子教育
 2.日本における女子の理学教育
 3.女性科学者の誕生

第2章 日本女子大学校における理学教育の始まり[蟻川芳子]
 1.家政学の基礎として重視された自然科学教育
 2.初期理学教育を支えた人々
 3.香雪化学館・顕微鏡・解剖図
 4.新制大学へ

第3章 新制大学そして理学部へ――新制大学における日本女子大学の理学教育[金子堯子]


第2部 日本女子大学校出身の女性科学者とその足跡

第1章 日本女子大学校理学教育の礎 長井長義[今泉幸子]
 1.生い立ち
 2.明治政府第1回海外留学派遣によるドイツ留学
 3.東京大学教授就任―薬学・化学の研究
 4.日本女子大学校における教育
 5.功績

第2章 丹下ウメ――女性科学者の道を拓く[蟻川芳子・今泉幸子]
 1.生い立ち―本名は「ムメ」
 2.小学校教員を経て日本女子大学校へ
 3.化学教室助手時代
 4.東北帝国大学へ
 5.アメリカにおける研究生活とPh.D.の取得
 6.ビタミンB2複合体の研究で農学博士の学位を取得
 7.教育者として
 8.業績一覧

第3章 大橋廣――生物学者から第5代学長へ[金子堯子・小川京子]
 1.アメリカ留学までの教育学部生活
 2.シカゴ大学での研究生活
 3.自然観察の専門家として
 4.新制大学の成立と大橋廣
 5.業績一覧

第4章 鈴木ひでる――女性薬学博士第1号[宮崎あかね]
 1.生い立ち
 2.日本女子大学校へ
 3.長井長義との出会い
 4.東京帝国大学の専攻生に
 5.香雪化学館
 6.ペリレンの研究に着手
 7.女性初の薬学博士
 8.母校での教育
 9.学位取得後の生活
 10.丹下ウメへの敬愛と死
 11.業績一覧

第5章 奥田富子――科学的思考を家庭婦人に広めた先駆者[高橋雅江]
 1.教育者として
 2.省エネルギーに関する啓蒙活動
 3.業績一覧

第6章 道喜美代――栄養学の研究を貫いて第8代学長へ[五関正江・江澤郁子]
 1.ビタミンB6の研究―理化学研究所で
 2.パントテン酸の研究
 3.シノメニンの研究
 4.母校日本女子大学での研究と教育
 5.業績一覧

第7章 高橋憲子――一般教育 自然科学系の柱[木本万里・中村輝子・山田妙子]
 1.日本女子大学校入学から戦前まで
 2.アメリカへの留学
 3.帰国後の教育と研究
 4.大学紛争時代の教育者として
 5.後年の高橋憲子
 6.業績一覧

第8章 辻キヨ――教育・研究と平和活動[蟻川芳子・今泉幸子]
 1.生い立ち――日本女子大学校へ
 2.日本女子大学校勤務
 3.教育者として 研究者として
 4.理学部設立に向けて
 5.奨学金の設立
 6.家政学部長・学務部長として
 7.日本婦人科学者日中友好代表団団長として中国を訪問
 8.平和を願って
 9.業績一覧


第3部 女性科学者の実像に迫る

第1章 自身の随想から
 1.丹下ウメ
   東北大学に入学して(私信の一節)
   スタンホード大学の夏期講習会に出席して
   学生生活の思い出
 2.大橋廣
   シカゴ日記
   学窓の栗鼠
   京都に遊学
   日本女子大学校より日本女子大学へ昇格
 3.鈴木ひでる
   軽井沢採集旅行乃記
 4.奥田富子
   時局と燃料(1)(2)――本邦に於ける燃料事情についての一私見
   太陽熱の利用―時局と燃料 続編
   この際は“火無焜炉を”(時局の燃料)
 5.道喜美代
   私の研究生活
   アメリカNIH留学(昭和三十三年・一九五八年~)――教育と研究を五〇対五〇の精力で
 6.高橋憲子
   実践倫理と人間形成
 7.辻キヨ
   世界の平和
   中国に旅して
   半世紀の私の人生


第2章 『成瀬記念館』誌から
 丹下ウメ先生の教えを胸に[村岡全子]
 成瀬仁蔵先生と大橋廣先生[湯浅明]
 薬学一筋の姉―鈴木ひでる[鈴木香代]
 道喜美代先生との出会い[江澤郁子]
 顕微鏡の思い出[館岡孝]
 家政学研究科設置に向けて――上代タノがロックフェラー財団に要請した支援[蟻川芳子]


【私立女子大学で初の理学部開設】
 日本女子大学理学部開学記念講演 「人類と科学文明」[福井謙一]


 おわりに[大隅正子]
 年表

前書きなど

はじめに

 昨今、文部科学省は女子の理系進学を奨励している。小学生の女子を対象とした理科への興味を持たせるキャンペーンも、耳新しいことではない。理科離れ、少子化が進んで久しいが、科学技術を国の経済基盤とする日本は、将来科学技術を担う人材を育成しておかねばならない。このような文部科学省の政策が功を奏したのか、また経済不況による就職率の低迷の中、理系女子の就職がやや良好なせいか、女子の理系進学が少しずつ伸びている。文部科学省振興調整費による「女性研究者支援事業」に採択された大学が増え、女性のライフサイクルと研究の両面を支援する、様々なプロジェクトが展開されているという背景もある。
 なぜか日本では、「女子に学問は不要」という時代に、「科学は害になる」というおまけまでついていた。日本の女子高等教育といえば、1800年代後半(明治中期)は、教員養成の官立女子高等師範学校が担ってきたが、1900年代になると私立の学校が誕生してきた。1900(明治33)年には女子英学塾(現津田塾大学)、東京女医学校(現東京女子医科大学)及び女子美術学校(現女子美術大学)、1901(明治34)年には日本女子大学校が創立した。奈良に官立の女子高等師範学校が創立したのは、1908(明治41)年である。ここで組織的に理学教育を行っていたのは、東京女子高等師範学校(奈良に女子高等師範学校ができて改名)、日本女子大学校と奈良女子高等師範学校のみである。
 家政学部・国文学部・英文学部から出発した私立の日本女子大学校で、なぜ理学教育に力が注がれていたのか。しかもPh.D.、薬学博士、農学博士の学位を取得した女性科学者のパイオニアまで輩出し、彼女らは母校で教員として後輩の指導に当たった。大正期に理学を教える女性教員がいた極めて稀な例であり、ロールモデルとして彼女らに続く女性の研究者を育てるとともに、女性の理学教育への啓蒙に果たした役割は大きい。

 (…後略…)

著者プロフィール

蟻川 芳子  (アリカワ ヨシコ)  (監修

日本女子大学家政学部家政理学科一部物理化学専攻卒業。東京工業大学大学院 理工学研究科博士課程化学専攻修了。理学博士。日本女子大学学長・理事長、日本女子大学名誉教授、日本化学会フェロー。
専門分野:分析化学・環境化学。
主な著書:『暮らしと環境科学』(東京化学同人、共著)、『時代を拓く女性リーダー――行政・大学・企業・団体での人材育成支援』(明石書店、共著)、『白梅のように――化学者丹下ウメの軌跡』(化学工業日報社、共著)。

上記内容は本書刊行時のものです。