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イギリスの歴史【帝国の衝撃】 ジェイミー・バイロン(著) - 明石書店
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世界の教科書シリーズ 34

イギリスの歴史【帝国の衝撃】 イギリス中学校歴史教科書
原書: The Impact of Empire

発行:明石書店
A5判
160ページ
並製
定価 2,400円+税
ISBN
978-4-7503-3548-3
Cコード
C0322
一般 全集・双書 外国歴史
出版社在庫情報
在庫あり
初版年月日
2012年2月
書店発売日
登録日
2012年2月23日
最終更新日
2015年4月27日
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紹介

16世紀後半より海外に進出し、北アメリカ、インド、オーストラリア、アフリカ、中東などに拡大した「大英帝国」の歴史が、現在のイギリスにどのような影響を与え、今日的な移民問題などを抱えるようになったのかを平易に語り子どもに考えさせる中等教育「必修」教科書の翻訳。

目次

序章 物語の全体像をつかむ──本書が何を描こうとしているのかを概観しておきましょう


初期の帝国

第1章 ロアノーク:イングランド人は初めて建設した植民地でどんな過ちを犯したのか?──なぜ植民地の建設が失敗したのかを自分で考えてみましょう

第2章 「いつの間にか支配者になった者たち?」:イギリス人はいかにインドを支配するようになったのか?──答えを見つけるために東インド会社貿易ゲームをしてみましょう

第3章 帝国の建設者:ウォルフとクライヴについてどう考えるか?──「帝国の英雄」についてあなたが評価を下してください

第4章 帝国と奴隷制:イギリスによる奴隷貿易の歴史をいかに語るか?──史料を用いて奴隷貿易に関するふたつの見解を論じてください

 復習1:統べよ、ブリタニア──帝国200年の歴史を要約し、地図の記号と照らし合わせてください


世界帝国

第5章 囚人植民地:どうすれば良い歴史映画を撮れるのか?──あなた自身の映画を構想してみましょう

第6章 隠された歴史:歴史に埋もれた物語は英領インドについて何を語るか?──インドにおいて人びとの関係がどのように変化したのかを示すグラフを描いてください

第7章 アフリカの外へ:ベナンの頭像はいったい誰が所有すべきか?──ブロンズの頭像の歴史をたどり、今日誰がこれを所有すべきかを考えてみましょう

第8章 帝国のイメージ:大英帝国はどのように描かれたのか?──子どもたちが大英帝国にどんな思いを抱くように期待されていたのかを理解するために、図像の読解に挑戦してみましょう

 復習2:希望と栄光の国──帝国の次なる120年の歴史を要約し、地図の記号と照らし合わせてください


帝国の終焉

第9章 アイルランド:なぜ人びとはアイルランドと大英帝国について異なる歴史を語るのか?──視聴者参加型のラジオ番組で自分の意見を述べる準備をしましょう

第10章 切なる希望:ガートルードがアラブ人に抱いた夢を助け、そして妨げたのは何だったのか?──でたらめに書かれたインターネット百科事典の質を向上させてください

第11章 帝国の終焉:なぜイギリスは1947年にインドから撤退したのか?──マウントバッテン卿に宛ててインド独立を認めるように説得する手紙を書いてみましょう

第12章 帝国の帰郷:歴史に埋もれたコモンウェルス移民の物語をいかに掘り起こすか?──コモンウェルス移民にインタビューするために良質な質問事項を考えてください


終章:あなたは大英帝国の歴史をどう見るか?──著者の考えに反論し、自分自身にも問い返してみましょう

 訳注

 索引
 図版出典

 訳者あとがき

前書きなど

 訳者あとがき(前川一郎)

 本書は、Michael Riley, Jamie Byrom and Christopher Culpin, The Impact of Empire, London: Hodder Education, 2008 (2nd edition).の全訳である。書名を訳せば、「帝国の衝撃」となる。なるほどインパクトのあるタイトルだが、本書はイギリスの歴史教科書である。
 教科書といっても、イギリスと日本とでは教育制度が異なっているので、少し説明が必要だろう。まずイギリスでは、公立学校と私立学校の別によって、教える内容も年次構成も異なる。加えて、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドというように、連合王国を構成する地域によっても異なる。イングランドについていえば、義務教育は5歳からはじまり、16歳でGCSE(General Certificate of Secondary Education)という義務教育修了試験を受ける。このあいだ、初等教育Primary SchoolのKey Stage(KS)1(5~7歳)とKS2(7~11歳)、そして中等教育Secondary SchoolのKS3(11~14歳)とKS4(14~16歳)という具合に、3~4学年ごとにまとめられた4つの学習ステージを経る。本書は、このうちKS3の生徒、つまり11歳から14歳の中等教育を受ける生徒が、必修科目として学ぶ「イギリス史」の教科書である。
 日本との違いということであれば、イギリスにはそもそも教科書検定制度なるものが存在しない。となると、自由に教科書を作っているのかといえば、そうではない。各社がじつにさまざまな教科書を販売しているが、いずれの教科書も、義務教育の内容を定めた政府のナショナル・カリキュラム(学習指導要領に相当する)に準じて、その「指示」をあまねく含んでいなければならない。検定制度がないとはいえ、イギリスにおいてもまた義務教育は、時の政府との緊張関係を余儀なくされているといえよう。本書も、そうした事情のもとで3人の歴史教育の専門家が、「イギリス帝国の存在が、イギリスと、海外の異なる地域や人びとに与えた影響力」を学ぶという、ナショナル・カリキュラムの方針に従って執筆した教科書である。

 それにしても、日本の一般の読者が、「イギリス人」の著者がイギリスの中学生のために書き下ろした歴史教科書を読むことに、いったいどんな意味があるのだろうか。「興味深い」というのは当然として、わたしたちが他国の教科書を読むのはまずもって、その「国」(の政府)が過去をどう認識し、「国民」のあいだにいかなる歴史観を育み、次の世代に何を伝えようとしているのかを知ることにある。とりわけ、かつて欧米列強に肩を並べようと帝国主義を掲げ、アジアを蹂躙した歴史を持つ日本の読者にとって、まさに帝国主義国家の代表ともいうべきイギリスの歴史認識を学ぶ機会は、あらためて日本の近代を世界史のなかで振り返るきっかけになるのではないか。
 それでは、本書ではいったいどんな歴史像が描かれているのか。何を読者に伝えようとしているのか。一言でいえば、それは、わたしたち(「イギリス人」)が日常を過ごす現代のイギリス社会は、帝国400年の歴史のうえに成り立っている、という簡潔にして重要なメッセージではなかったか。歴史の積み重ねが、現代イギリス社会のありようをかたちづけ、「イギリス人」とは何かと考えさせ、他国と世界を見渡す方法を決定づけている、ということである。さらに読者のなかには、たとえば第12章の「コモンウェルス移民」の物語を読み、困難があったにせよ、いまではたがいの違いを認めるコスモポリタンなアイデンティティーがイギリスに育まれている、と感じるかもしれない。コスモポリタンといい、あるいは文化相対主義といっても、誰がどのような文脈でこれを語るかが厳しく問われなければならない。それでも、帝国の歴史を事実として背負っている現代イギリス社会には、そこで「多くの異なる人びと、考え、そして出来事」が影響し合って今日ある姿をかたちづけたと述べるよりほかに、21世紀のあるべき「イギリス人」像を語る歴史的根拠を見出す術はないのかもしれない。半世紀前の教科書なら考えにくいことだが、著者たちは、「わたしたちは移民によって成り立つ国民なのです」とまで言い切っている。
 他方で、現代イギリス社会の多様性を帝国の歴史に求めるこうしたスタンスが、本書におおむね「バランスの取れた公平な」内容を担保していると見ることもできよう。ロアノーク植民の失敗、東インド会社の統治組織への変貌、ウォルフとクライブの栄光と挫折、奴隷貿易の悲惨、アボリジニーの運命、バーニー・グラント議員の活躍、ユニオニストとナショナリストの血で血を拭う確執、ガンディーの非暴力運動とイギリスの暴力、そしてイギリスに「帰郷」した移民たちの苦闘。これらの物語を読んでいくと、なるほど著者たちが、イギリスときにイングランドとは異なる立場に目配りをし、とくに「支配された側」への目線「側へ」の視線であり、「側から」の立場ではないを重視して、イギリスが抱えた一方的な事情だけを述べないように配慮していることがわかる。
 もっとも、このような話になるのは、現実にはそんなコスモポリタンな社会にはなっていないからだと見るべきかもしれない。だとすれば、カラー刷りの明るい原書の紙面とは裏腹に、本書には、帝国なき時代のナショナル・アイデンティティーを模索する現代イギリスの苦悩が滲み出ているというべきだろう。もっといえば、帝国とともに歩んだイギリス近代史の重みが、歴史を学ぶ今日の子どもたちの小さな肩にずっしりとのしかかっているのである。

 (…中略…)

 イギリス帝国の歴史を総体的に把握しようとするなら、こうしたグローバルかつ国際的な視点が不可欠であることは、帝国の歴史に向き合う研究者や教師なら誰もが理解しているはずである。ところが本書は、ところどころでこうした関心を行間に滲ませながらも、最後まで「一国史」としての帝国史を貫いている。すなわち、イギリスという「国」と「国民」の物語の一部として、イギリスを中心に「他国」の歴史を捉える「古い帝国史」のスタイルを、ある程度「意図的」に採択しているように思われる。
 だがこれは、繰り返していえば、ナショナル・カリキュラムの教科書として執筆された本書の事情を反映していると見るべきだろう。本書は、「国」の未来を担うイギリスの子どもたちのために書かれたテキストなのである。加えておそらく、イギリス(イングランド)を中心に見る限りにおいて、イギリス社会の多様性をなすとされる歴史的根拠を示すという意図がある。そうした事情があるにせよ、著者たちが先に見たような多面的な叙述に心を砕き、各章の随所に織り込まれたディスカッションとアクティビティーを通して、複数の観点から生徒自身で過去の出来事の意味を批判的に吟味させようとしている点を率直に評価すべきではないか、というのが訳者の考えである。歴史教科書として読むならば、本書はきわめて優れたテキストであると思われる。
 思うに、植民地主義の歴史というものは、もとより非対称的な複数の歴史的経験の総体である。それぞれに己が信じる現実があり、過去への想いがある。史料に基づく客観的な叙述に努めるとしても、眺める角度によってはまったく異なる歴史認識というものがある。だが、そうはいっても、歴史は自分が信じる物語の数だけ書かれるべきだというのではない。けだし歴史学には、複数の歴史的経験が現在に息づく位相を見出すだけでなく、ときに対立しあうこれらの歴史的経験をたがいの眼前に提示し合う実践研究・教育・対話を通して、他者に見られ聞かれることで成り立つ人びとの繋がりあるいはハンナ・アレントがいう公共空間を粘り強く構築する社会的責任が託されているからである。歴史学には、人びとが「国」や「民族」や「宗教」などをいっさい問わず、文字通りに「人-間」として生きる条件を何としても確保するために、過去を探求する普遍的な責任があると思われるのである。そうであるがゆえに、近年、日本の戦争と植民地主義の加害行為を希薄化し、「日本人」の誇りを快活に訴えた教科書が登場したとき、さらにこれが他者との十分な応答実践を経ずして早急に採択されるという何とも異様な事態に陥るさまを見て、一部の識者や市民は強烈な拒否反応を示したのであった。
 もっとも、歴史教科書をめぐるその後の論争では、「植民地主義の歴史はかく書かれねばならぬ」と強弁する、これまた対話の相手を拒絶するかのような一方的な歴史の再審論もしくは過去の追求運動が、「右」からも「左」からも出た。しかし、ここで歴史学徒に託された社会的責任とは何かと冷静になって問い直せば、それは過去の出来事について、今日に至る歩みについて、自分が何者かをいかに規定しているのかについて、そして世界へのまなざしをどう設定しているのかについて、異なる観点なり立場なりを踏まえて向き合い、耳を傾け、あせらずじっくりと過去を探求してゆくという、当たり前といえば当たり前すぎるほどの学問的実践にほかならない。教科書に「何を」書くのかと同時に、「どのように」書くのかが問われているとでもいうべきだろうか。いずれにしても、歴史教科書に望まれる使命のひとつが、こうした歴史学の実践を助けることにあるとすれば、本書はじつに興味深いモデルケースを提供していると思われる。はたして読者はいかに読まれたであろうか。

 (…後略…)

著者プロフィール

前川 一郎  (マエカワ イチロウ)  (

創価大学文学部准教授
イギリス帝国史・国際関係史
〈主な著書〉
『イギリス帝国と南アフリカ──南アフリカ連邦の形成1899~1912』(ミネルヴァ書房、2006年)、『「植民地責任」論──脱植民地化の比較史』(青木書店、2009年、共著)、「イギリス植民地主義のあとさき──2001年ダーバン会議の教訓」(『季刊戦争責任研究』第63号、2009年)など。

上記内容は本書刊行時のものです。