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チベット人哲学者の思索と弁証法
月には液体の水が存在する
原書: 月球存有液体
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2012年2月
- 書店発売日
- 2012年2月15日
- 登録日
- 2012年2月9日
- 最終更新日
- 2012年2月9日
紹介
チベット共産党創設者にして、14世ダライラマと毛沢東の信頼を勝ち得たプンツォク・ワンギェル。だがその後18年を過ごした秦城監獄で、中国革命を弁証法に基づき総括。そこで弁証法の概念を組み立て直し、構築された理論で天体の構造を立証する哲学書。
目次
著者のことば(ゴラナンバ・プンツォク・ワンギェル)
プンツォク・ワンギェル略伝(阿部治平)
序論 月の水を探る哲学の基本原理
1 本書の特徴
2 哲学概念の説明
2.1 「質」と「量」及びその関係
「質」とは何か、「量」とは何か
「量・質」及び「質・量」の関係
2.2 「対立物の統一」と「対立物の同一」の違い
2.3 「一を二に分ける理論」と「一を四に分ける理論」
2.4 物質の変化の法則
2.5 方向転化と転化
方向転化――量・質が相対的に方向転化する法則
転化――質・量が相互転化する法則
2.6 過程と過程の法則
2.7 階層の微分
3 物質の存在の形態
3.1 物質とは何か
3.2 物質の存在の形態
(1)気体物質の存在の形態
(2)液体物質の存在の形態
(3)再液体物質の存在の形態
(4)固体物質の存在の形態
3.3 物質の運動法則
(1)量減質昇の段階における量・質で形成された物質の構造
(2)質減量昇の段階における質・量で形成された物質の構造
4 構造法則と運動法則
4.1 構造と運動をめぐる基本概念
4.2 構造法則と運動法則
4.3 構造法則と運動法則の核心
本論 月に液体の水が存在する
はじめに 月に液体の水が存在するか
(1)液体と水の関係
(2)月の水を探る意義
(3)天体の形態
(4)天体の構造法則
(5)天体の運動法則
量減質昇の段階
質減量昇の段階
(6)天体の四類型と八種形態の性能
1 太陽の構造と運動
1.1 従来の研究
1.2 弁証法に基づく太陽の構造と運動
(1)今日の太陽
(2)太陽は何に変化していくのか――将来
(3) 太陽は何から変化してきたのか――過去
2 火星の構造と運動
2.1 従来の研究
2.2 弁証法に基づく火星の構造と運動
(1)今日の火星
(2)火星は何に変化していくのか――将来
(3)火星は何から変化してきたのか――過去
3 地球の構造と運動
3.1 従来の研究
3.2 弁証法に基づく地球の構造と運動
(1)今日の地球
(2)地球は何に変化していくのか――将来
(3)地球は何から変化してきたのか――過去
4 月の構造と運動――月に水が存在する
4.1 従来の研究
4.2 弁証法に基づく月の構造と運動
(1)今日の月
(2)月の水はどこにあるのか
おわりに 客観世界の謎を解く鍵――弁証法
(1)正面で上昇する時期の量減質昇の段階
(2)反面で減少する時期の質減量昇の段階
結論 私は月に水があることをどのように論証したのか
1 物質世界の謎を解く哲学の思惟
1.1 対立物の同一と同一物の対立の法則
1.2 質・量の相互転化と量・質の相互方向転化の法則
(1)正面で上昇する時期の量減質昇の段階
(2)反面で減少する時期の質減量昇の段階
1.3 否定の肯定と肯定の否定の法則
2 天文学者及び科学者の反応
プンツォク・ワンギェル氏宛ての手紙(1)
プンツォク・ワンギェル氏宛ての手紙(2)
プンツォク・ワンギェル氏宛ての手紙(3)
プンツォク・ワンギェル氏宛ての手紙(4)
18年の獄中生活に耐えた共産主義者の哲学(大西広)
転向・変節についての日中比較と考察(小島正憲)
訳者あとがき(チュイデンブン)
前書きなど
18年の獄中生活に耐えた共産主義者の哲学(大西広)
私がプンツォク・ワンギェルさんという大人物の存在を知り、かつ興味を深めたのは阿部治平さんのご著書『もうひとつのチベット現代史──プンツォク=ワンギェルの夢と革命の生涯』(明石書店、2006年)においてであるが、その阿部さんのご紹介で2011年2月にはプンワンさんが入っておられる病院にまで参らせていただいた。護衛が厳しく残念ながら面会はならなかったが、プンワンさんの写真を見せていただき、その印象と重なるお付きの方と娘さんにお会いし、18年の獄中生活に思いを馳せた。過酷な人生だけが温和な人格を作るのか、阿部さんの著書にある若きプンワンさんの写真との違いを思い出しながらのことであった。
その意味では、20世紀中国政治史で最大の事件を演出したという「政治」の演出家が、どうして本書のような自然哲学の書物を書くのかということもまたある種の謎である。これこそがまさに政治に翻弄された結果だと言うのは容易いが、ただ翻弄されるだけではこの大著を完成させることはできない。1990年代に実際に科学的に証明された月における水の存在を哲学の力だけで論じるのだからそのすごさには脱帽である。経済学しか知らない私などの出番ではない。
実際、私自身は天文学者ではないので、本書で書かれている内容の真偽を論じることはできない。天文学をしておられる京都大学のある知り合いの名誉教授に聞いたところでも、彼の本書への評価は厳しいものであった。このことは残念ながら認めないわけにはいかない。ただし、それでも、哲学は多くの場合に研究の指針を与え、多くの場合に素晴らしい発見をもたらす。ある時には失敗してもある時には成功する。その意味で、私は本書で書かれた哲学的方法論が何らかの分野で必ず大きな役割を果たすに違いないと信じている。それは人類による自然の認識が、一時の誤りをもステップとしてこれまでずっと発展してきたこととも関わる。私はそれこそがまさに弁証法的な認識論であると考えるからである。
しかし、それにしてもプンワンさんが政治の場面で結びつけた毛沢東とダライ・ラマもそれぞれが哲学者でもあった。1972年にニクソン大統領が北京で毛沢東と会った際、会談冒頭でいきなり哲学の話題が出されて大統領が面食らったという話があるが、ダライ・ラマもまたチベット仏教の最高指導者としてチベット哲学の正統な嫡子である。そのため、このふたりの政治家=哲学者を結びつけるには、プンワンさんもそのレベルの思考をできないわけにはいかなかった。なぜ両者が協力しなければならないのか、それが双方の哲学とどう関わっているのかを熱く語ったのではないだろうか。
もちろん、両者を結びつけた頃のプンワンさんはカム地方でチベット族の共産主義運動を指導していたとはいえ、まだまだ若かったから、毛沢東やダライ・ラマには及ばなかったであろう。しかし、その最後的な失敗(毛沢東とダライ・ラマとの決別)と後の獄中生活という人生が、獄中での弁証法とチベット思想との関係を深く思考することを迫ったのかも知れない。毛沢東とダライ・ラマのようなある種対極にある人物を結びつけるには、弁証法とチベット思想というこれまたある種対極にある思想を結びつける必要があった。これは確かに彼にしかできないことであっただろう。
この点と関わって一点付言すると、この本の哲学には革命運動・革命後の活動・投獄と進んだ彼の人生の過程が深く刻印されているかも知れないということがある。私はよく講演などで述べるのであるが、たとえば毛沢東の『矛盾論』は単なる論理学の書として読むより、国民党と対峙した毛沢東の10年の総括として読むことが重要である。1927年における?介石の反共クーデターに始まる国共内戦を経て後に第二次の国共合作を成功させた毛沢東が1937年に書いたのが『矛盾論』であった。その中には次のような文章が現れる。すなわち、
「矛盾している事物は、一定の条件によって……一つの統一体のなかに共存することができる……しかし、矛盾の闘争は絶えることがなく、それらが共存しているときでも……闘争は存在しており、特に相互転化のときには、闘争がはっきりとあらわれる。」
国共両党の矛盾と共存、さらにその闘争への相互転化が論理学に見事に反映されている。言い換えると、この言葉には1946年以降の再度の「闘争への相互転化」が示唆されていたことが分かるから、哲学書というのは深い。
本書読者にも、ぜひ本書に隠されたメッセージを探されることを期待したい。
上記内容は本書刊行時のものです。