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パリ神話と都市景観 荒又 美陽(著) - 明石書店
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パリ神話と都市景観 マレ保全地区における浄化と排除の論理

発行:明石書店
A5判
256ページ
上製
定価 3,800円+税
ISBN
978-4-7503-3507-0
Cコード
C0036
一般 単行本 社会
出版社在庫情報
在庫あり
初版年月日
2011年12月
書店発売日
登録日
2011年12月12日
最終更新日
2011年12月12日
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紹介

古い建物が保存され流行に敏感な人々が集まるパリのマレ地区は、1964年歴史景観保全の対象となるまでは荒廃の進んだエリアだった。20世紀におけるマレの変貌を通じて、「歴史とファッションの都」というパリ・イメージの形成と都市計画の関係を探る。

目次

 はじめに

序 パリ神話と都市景観
 1.パリ神話と都市計画の相関関係
 (1)パリ神話とは何か
 (2)パリ神話とマレ地区の保存
 2.歴史的街区の都市景観
 (1)外観の維持と歴史性
 (2)ペイザージュ・ユルバン(paysage urbain)とは何か

I 歴史主義と衛生主義の相克
 1.マレ地区の成立と近代都市の要請
 (1)マレ地区の「黄金時代」と衰退
 (2)都市計画の2つの傾向
 (3)不衛生区画事業の展開
 2.マレ地区における神話の形成
 (1)文学作品に残る地区の貴族性
 (2)「ラ・シテ」による威信の確立
 (3)動員される知識人
 3.解体の回避と異物の排除
 (1)ユダヤ移民の流入
 (2)「ラ・シテ」のユダヤ移民観
 (3)ヴィシー政権下における政策転換

II 「保全地区」マレの成立
 1.不衛生区画から歴史的街区へ
 (1)都市計画・住居国際博覧会
 (2)掻爬的撤去という手法
 (3)第16区画からマレ地区の保存へ
 2.継承と断絶
 (1)建築家アルベール・ラプラドの理想
 (2)マルロー法が実現しようとしたものは何か
 3.歴史的な景観の創出
 (1)セーヌ県による整備計画
 (2)最初の保全プランの策定

III 神話に基づいた景観の形成
 1.批判の高まりと政策の後退
 (1)当初の事業の困難
 (2)マレ地区の位置づけの変化と保全プランの承認
 2.効力を発揮する神話
 (1)ブルジョワ化・フランス人化・高学歴化
 (2)保全地区モデルの普及
 (3)観光客と専門家の地区へ
 3.新しいアクターの流入と懐柔
 (1)マレ・フェスティヴァルの盛衰
 (2)マレ地区における複数の分断
 (3)地区を規定し続ける神話

 おわりに

 資料一覧
 図版出所一覧

前書きなど

はじめに

 マレ地区は、パリの中央北東部を占める一角である。凱旋門やルーヴル美術館ほど観光客を集めるとはいえないが、パリにおいて比較的よく知られている街区である。1964年に国家的制度である「保全地区(secteur sauvegarde)」に指定され、保護されて以降、多くの歴史的な建造物が修復され、注目を集めるようになった。なかでも、貴族の邸宅を修復して1985年に開館したピカソ美術館は、年間50万人から60万人もの訪問客を迎える人気の施設である。マレにはギャラリーやブティックも多く、パリでもっとも流行に敏感な人々がここに集まってくる。歴史があり、美術があり、ファッションがある。マレは、パリを代表する地区のひとつといえる。
 1964年に保護の対象となる前には、マレ地区はむしろ劣化の進んだ地区であった。狭く、入り組んだ街路に、衛生設備などが整わない古い建造物が並び、区画は内部までびっしりと建て込んでいた。それが、保全地区指定以降、多くの投資が集まり、現在のような流行の地区となった。その変化は、他ではしばしば行われるような全面的な再開発事業によってではなく、地区の保存・修復によって起こった。このことから、マレ地区の保護は、ヨーロッパらしい都市再生の試みとして知られ、おおむね成功事例と見られている。
 しかし、そのような予備知識を持ってマレ地区を訪れた私は、この評価にどことなく違和感を覚えた。それは本当に「成功」だったのだろうか。
 この地区が保護されたのは、貴族の居住地であった歴史から、良質な建造物が多く残されていたためとされている。しかし、マレ地区を実際に歩いてみると、素人目に他の地区との大きな違いを感じることは少ない。実際のところ、マレ地区が16世紀から17世紀にかけて貴族の居住地として発展したことは確かだが、その後は国家的なプロジェクトの場となることはなかったため、ここには、他の地区より明らかに傑出しているといえるモニュメントは決して多くない。特徴のある通りはいくつかあるものの、保全地区に指定された126ヘクタール全体で見るなら、パリの中でこの地区のみが保存されることに広く了解が得られるとは思えない。マレ地区の保存を理解するには、なぜこの領域が国家的な保護の対象となったのかを明らかにする必要がある。

 (…中略…)

 すでに述べたように、1960年代にはマレ地区の保護は既定の方向性であったが、歴史性を重視された街区を保護し、改変を規制すること一般については、経済活動を阻害するという反対意見も少なくなかった。その批判は、実際のところ、現在まで消え去ったわけではない。しかし、1960年代には行われていた既存市街地の全面的な再開発は、一般的ではなくなった。1970年代以降、保全地区の整備方針を取り入れ、取り壊しではなく、修復を主体とするほうが、財政的にも有利だと考えられるようになったのである。その転換点となった事業として、マレ地区の保護は、パリの都市計画の重要な画期を示している。
 一方で、それを衛生主義的な都市計画が歴史主義的な都市計画に取って代わられる過程と見ることができるかというと、そういうわけではない。本書で見ていくように、歴史性を重視し、保護されることとなったマレ地区では、いかに衛生状態を改善するかが焦点となる。歴史主義が選択されることは、衛生主義の放棄を意味するわけではない。2つの方針をいかに統合するかが模索されるのである。
 現在のフランスの都市計画では、街区や建造物の歴史が考慮されずに取り壊されるということは考えられない。衛生的であることと歴史的であることの双方がはかりにかけられ、それぞれの事業の中でどの程度取り入れるかが決められているのである。2つの方針は、対抗的な関係にあるのではなく、補完的な関係にある。
 マレ地区の保存は、このような2つの都市計画の流れを結びつけたという意味で、20世紀のフランスを代表する都市計画事業である。では、それはなぜマレ地区で起こったのだろうか。劣化が進んだマレ地区は、19世紀にパリで行われた大きな都市改造事業においては、優先的な扱いを受けなかった。ここに古い建造物が残っていたのは、むしろそのためである。
 しかし、マレ地区には、他の衰退地区とは異なる点がひとつあった。それは、17世紀に繁栄した貴族の居住地という地区イメージ、すなわち神話である。この神話が広く共有されたために、低所得層が住む街区という実態は、マレにふさわしくないものとみなされるようになる。そして、神話が国家によって選択され、具体的な政策の形で動き出すとき、背後ではふさわしくないとみなされた人々が地区から排除された。本書が示していくのは、「神話」の働きによって街区が物理的にも社会的にも「浄化」され、新しい都市景観が作り出されていく過程である。

 (…中略…)

 本書は、フランス国立古文書館、パリ市古文書館をはじめとし、アクセスしうる歴史的資料をベースに、近年の行政資料、新聞や雑誌などの記事を加え、20世紀を通した歴史から1960年代のマレ地区の保存という決定を捉え直していく。なお、事例を保全地区指定とするため、本書では断りなくマレ地区としたときには保全地区の領域を指すこととしたい。

著者プロフィール

荒又 美陽  (アラマタ ミヨウ)  (

恵泉女学園大学人間社会学部国際社会学科准教授
1973年生まれ。1996年一橋大学社会学部卒業。住宅金融公庫勤務を経て、2002年一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。2004年フランス社会科学高等研究院(EHESS)DEA取得。2005年一橋大学大学院社会学研究科博士課程中途退学。2009年一橋大学博士(社会学)取得。
専門は人文地理学。近現代フランスの都市計画事業と社会の関連について研究。主な著作に「ルーヴルのピラミッド論争にみる現代フランスの景観理念」(『地理学評論』第76巻第6号、2003年)、『視覚表象と集合的記憶――歴史・現在・戦争』(共著、森村敏己編、旬報社、2006年)、『移民の社会的統合と排除――問われるフランス的平等』(共著、宮島喬編、東京大学出版会、2009年)など。

上記内容は本書刊行時のものです。