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新版 八ッ場ダム 鈴木 郁子(著) - 明石書店
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新版 八ッ場ダム (シンパンヤンバダム) 計画に振り回された57年 (ケイカクニフリマワサレタゴジュウナナネン)

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発行:明石書店
A5判
324ページ
並製
定価 2,300円+税
ISBN
978-4-7503-3105-8   COPY
ISBN 13
9784750331058   COPY
ISBN 10h
4-7503-3105-8   COPY
ISBN 10
4750331058   COPY
出版者記号
7503   COPY
Cコード
C0036  
0:一般 0:単行本 36:社会
出版社在庫情報
在庫あり
初版年月日
2009年12月
書店発売日
登録日
2010年2月18日
最終更新日
2011年8月26日
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書評掲載情報

2010-01-31 毎日新聞
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紹介

09年9月、新政権は八ッ場ダムの建設中止を宣言。計画発表から57年、この歳月で何が失われたのか。ダム政策の裏側に迫るとともに建設予定地の人々の暮らしや風土を丹念に描いた好著の増補新版。本書で指摘された自然破壊は、現在なお進行している──。

目次

 新版への序 “水は舟をも覆す”日あり――中止のかがり火よ、燃えさかれ

 はじめに 哭くな眠るな、はるかなる我が八ッ場よ

第一部 長野原町の癒しの自然と水を追って

第1章 タニシよ、生き続けたいだろうね
 八ッ場ダムに沈む水田
 清水の感触
 生息するタニシ、ドジョウ、サワガニ……
 強酸性の川
 ダム建設がもたらしたもの

第2章 ダムに沈む大地を耕す、不条理さ
 急がれた補償基準合意の落とし穴
 「国土交通省に約束を守らせる会」の発足
 ダムに翻弄されたSさんの人生

第3章 先祖の苦労を思うと、ダムはむごい……
 失うに惜しい豊かな住環境
 野趣に満ちた山里の光景
 涸れたワサビ田の水源
 すべてが背中の農作業

第4章 構造的不況に曝されたワサビ栽培
 祖先が築いた白岩沢のワサビ谷
 貝瀬・駒倉への道は岨道伝い
 土砂流に泣く東沢のワサビ谷

第5章 本当にダムは必要なんだろうか
 木造校舎とのお別れ会
 木造校舎の温もり
 八ッ場ダムかるた
 「ふるさと」を失う哀しみ

第6章 牧水の警告と“想像力の革命”
 水没する三つ堂と石仏たち
 水が涸れたよりも悲惨なものに
 百八灯の精霊送り

第7章 “氷の花”“銭の花”は人の世の常か
 社会にもある明暗
 存続危ぶまれる過疎化の町
 日々脅かされる住環境

第8章 手作り温泉たまご、作ってみませんか?
 滋味あふれる温泉たまご
 他の水没地の温泉施設

第9章 八ッ場よ、まだ眠るな

第10章 ここのさしみコンニャクは美味いのです
 ダムのために転作もかなわず

第11章 八ッ場の限りある春
 「現地再建方式」の甘い響き
 山林に自由存す……

第12章 ここもまた“余白の春”か
 国有地で進行する大規模工事
 神経を逆なでする補償金目当ての面々
 宅地六等級で成立
 閉じられる“余白の春”的風景

第13章 こんなみじめなダムはない
 イワナもサンショウウオも、皆死んだ
 自然体の活きた流れ
 お上の事には間違いはござりますまい
 平成版、「谷中村滅亡史」
 補償の落差に泣く

第14章 ……、そして、ホタルは消えた
 ホタルの乱舞があった、二〇〇二年夏
 本末転倒のホタルの引っ越し作戦を行った、二〇〇一年夏
 濁ったたまり水の、二〇〇三年春
 たった三〇匹に激減の、二〇〇三年夏
 青みどろ浮かぶ、二〇〇四年初春
 タニシよ、無事に年越しを


第二部 いらない! 八ッ場ダム

第15章 問う、逆説・まやかしの論理(一)――自然と共生できるか、ダムを造りたい人たちよ
 エコスタックのいんちき
 だるま落としの手法
 八ッ場にも入りこむ、ダム企業ファミリー・環境部門
 随意契約の多い「関東建設弘済会」
 竣工式記念品となった高額出版物

第16章 問う、逆説・まやかしの論理(二)――防災ダム直下の学校なんて!
 ビオトープもまた、ゼネコンの仕事づくり
 オオムラサキの生息地を人為的に再生
 ほんものの自然感覚を見失わせるのでは?
 危険と紙一重の第一小の裏山全域
 今度は「折の沢」のホタルの里計画
 本当に安全なの? アンカーって
 お寒いコスト削減
 タニシの殻もさび色に
 教育の場が危険防止の防災ダム直下とは?
 建設会社の嘘、白日のもとにさらされる
 タニシの死滅する日

第17章 あなた、この水飲めますか――八ッ場ダム予定地上流、その“あぶない水事情”
 おろかしい酸性水の中和
 牛糞まみれの汚水が……
 パイロット農法により大量の農薬が流れこむ
 「こんな水いらない」といってほしい
 上流に大量の廃棄物
 吾妻川への影響は?
 政・業・官の癒着
 受注額の〇・〇五パーセントを寄付
 ダム湖さえできなければいい
 縄文時代初期の遺跡どうする
 常識で曇ったガラスを手で拭え

第18章 気がついていますか、水道料金のカラクリ――ダム建設は水没者だけの問題か
 水道料金一トン三八〇円から二〇六〇円に
 吾妻川の毒水は下流都県民が飲む
 ダム建設費は水道料にはねかえる
 「平準化」で値上げは必至
 過大な費用対効果の試算

 おわりに 変転する時代の糸口を信じて
 関連年表 相剋の歴史をひもとく ―谷間を彩る、闇の華―

前書きなど

新版への序 “水は舟をも覆す”日あり――中止のかがり火よ、燃えさかれ


 霜月半ばの朝まだき、県北西の方角から風がしきりに吹く。頬をなぶり指先にまできっぱりとした意思を伝えるしなやかな冷風であった。思わず眠気を払って鶴まう形の県の尾羽の辺り、県域尽きる地点にあるわが八ッ場(やんば)の地を薄暗がりの中で思い描く。
 今夏、本当に烈風が吹いたのだ。
 通例、空っ風に代表される上州群馬に吹く風とは、県都・前橋市の北東の方角から吹き付けて、風土を創り上げてきた赤城おろしだった。しかし、今般の意識の変革をもたらす“八ッ場旋風”は県西部、かの脱ダム宣言の長野県境の長野原町から吹きつけ、動向は全国はおろか世界からも注視の目線を集めている新風である。
 はからずも、五年前の二〇〇四年末、この拙著のまえがき冒頭で、荀子の語句を引用し、次のように記していた。
――君は舟なり、庶民は水なり
――水は即ち舟を載せ、水は即ち舟を覆す
眠らされてきた水=民もいつまでも無知ではない。―略―
耐えてきた民衆による“舟を覆す日”がもたらされる可能性も濃くなりつつある
 まさに“舟を覆す日”がもたらされたのだ。
 八月末の総選挙にこの国の民は怒った。全身で怒った。怒りの炸裂は、わが八ッ場ダムにも波及して、時ならぬ気運の嵐をまき起こした。
 新政権民主党の試金石としての重責を担い、新機軸が動き出そうとしている。残るは舵取りしだいである。

 明治期のご一新にも似た歴史的転換期に立ち会えた喜びは、ことのほか大きい。二年ほど前であったろうか。国交省への質問事項の際、「どうですか、この辺で手打ち式は? 江戸城無血開城ってこともあるでしょうな」と繰り出したことさえあった。
 仮に前政権が標榜する如く治水・利水に不可欠のダムであるならば一刻も早く完成させるのが当然なのに、遅々として進めず延期など約束ごとの反故に加え露呈する新事実の愚策に、思い余って投げかけた言辞であった。
 無血開城は現実のものとなってくれた。
 改革や新政権樹立時に一連の抵抗運動はつきもの。(企業等からの献金制度などの発覚を恐れてか)前保守党の援護射撃は、現地を軸に華々しく展開しているが、およそ一四〇年前の「戊辰戦争」に喩えるのなら、今時点はさしづめ「神風連の乱」を過ぎ「萩の乱」の辺りであろうか。
 一時、誇張気味の報道が続いたが、〇九年三月末までにダム建設事業費四六〇〇億円中、約七割にあたる三二一〇億円が投入されたに過ぎず、工事の進捗度とは異なる。残金で完成できないことは明白だ。
 ダムを反対に読めば、ムダとなる。そのムダなダムの筆頭格として、やり玉にあがったのが八ッ場ダム。確かに一〇月二日訪れた自民党の谷垣禎一新総裁が批判したように、「手続きに瑕疵」はあったかも知れぬ。だが、半世紀間もの間、周到に練りに練り上げられ、情報公開をとっても問答無用の墨塗りの非開示も甚だしかった「ダムの世紀」を断ち切るには、極限的な英断がなければなしえなかっただろう。
 保守王国・群馬の、八ッ場と同じ群馬五区(旧群馬三区)に居住し、日常生活の細部のみならず些事に至る、旧保守政権の「鉄の輪づくり」を見聞きし味わってきた者としての実感である。とりわけ、女性の立場としては息苦しかった。今般の八ッ場ダム中止は“意識の変革”をもたらす新時代へのかがり火と受け止め、そのほの明るさに心ときめかせている者の一人である。
 足しげく八ッ場ダム現地に通い詰め、「反対」を掲げ通して丸一〇年になる。知れば知るほど“ダムは国家の大罪”だと思えてならない。
 その国家とは紛れもなく、前政権を指す。
 犯罪的行為とは、単に権力=金力で陰に陽になびかせた経過や役得にて利権をむさぼらせたり、綱紀粛正を忘れた公務員のしわざに限らず、人心をも弄ぶものであったことを、「中止」報道後の混乱期に思い知らされた。
 窮地にたった時にこそ人の真価は問われるというが、吐き出される言葉にそれぞれの方の実像の一面を知り、潔いご性格と認識していた方までがそれを言うかと慄然とさせられたこともあった。まさにダム対策の恩典とやらは、毒まんじゅう的要素の懐柔策が、半世紀間もの長きに及ぶと人間の尊厳をも侵し、あろうことか理念までマヒさせられてしまうものらしい。
 一個人の利潤に非ず。このダムは造ってはならない、未来永劫に亘り造らせてはならないダムなのだということを明記する。

(…後略…)

著者プロフィール

鈴木 郁子  (スズキ イクコ)  (

1948年、群馬県に生まれる。
30代半ば、文学講座で学び、「読んで、書いて、行動する」課程から“人間の自由”に目覚める。
以後、地域に根ざした各種市民運動に連なる日々。この実践活動をこなしつつ、表現活動も手放さず、今日に至る。
1988年 「第十五回部落解放文学賞」小説部門に「糸でんわ」が入賞。
2003年 第七回「女性文化賞」受賞。
八ッ場ダム問題については、最も熾烈だった1960年代後半、新聞報道や近隣の者たちの会話にて耳にしていた。およそ30年余の時を経て、1999年、初めて八ッ場の地に足を踏み入れ、瞬時に魅了されてしまった。運命的な出会いを覚えて、今は疾走状態にある。

上記内容は本書刊行時のものです。