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インドネシアの歴史 石井 和子(監訳) - 明石書店
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世界の教科書シリーズ20

インドネシアの歴史 インドネシア高校歴史教科書
原書: SEJARAH NASIONAL INDONESIA DAN UMUM, SMU Kelas 1-3

発行:明石書店
A5判
412ページ
並製
定価 4,500円+税
ISBN
978-4-7503-2842-3
Cコード
C0322
一般 全集・双書 外国歴史
出版社在庫情報
在庫あり
初版年月日
2008年9月
書店発売日
登録日
2015年8月22日
最終更新日
2015年8月22日
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紹介

1994年カリキュラム・1999年教育指導要領補遺に準拠した高校用歴史教科書全3巻を底本とし、先史時代から現代まで、世界史を除くインドネシア史関連の記述に限定して翻訳した。ふだん馴染みの薄いインドネシア史の通史として最適な入門書でもある。

目次

 序文
 凡例

第1章 インドネシアの先史時代
 A. 出土品に基づく先史時代区分
 B. インドネシアの化石人類
 C. インドネシア人の起源
第2章 インドネシアにおけるヒンドゥー教・仏教の影響
 A. インドネシアにおけるヒンドゥー教・仏教文化の伝来と展開
 B. ヒンドゥー教・仏教文化とインドネシア文化の融合
 C. インドネシアにおけるヒンドゥー教・仏教王国の展開
第3章 インドネシアにおけるイスラムの発展
 A. イスラム教とイスラム文化の伝来と発展
 B. イスラム文化によるインドネシア文化の変容現象
 C. インドネシアにおけるイスラム王国
 D. イスラム王国時代の文化遺産の価値観
第4章 インドネシアにおけるヨーロッパ人支配の拡大
 A. インドネシアにおける西洋の植民地主義と帝国主義の展開
 B. 外国の支配に対するインドネシア民族の抵抗
第5章 インドネシア民族運動の萌芽と発展
 A. インドネシア・ナショナリズム出現の背景
 B. インドネシア民族運動のイデオロギーと組織の発展
 C. 政治宣言としてのインドネシア協会
 D. 民族の統一と団結の理念および運動組織の活動
第6章 日本占領とインドネシア独立準備
 A. 日本がインドネシアを支配した背景
 B. インドネシアにおける日本占領時代
 C. インドネシア独立への歩み
第7章 インドネシア独立宣言と主権確立への努力
 A. 独立宣言前後の重要な出来事
 B. 国の諸機関の設立
 C. 独立初期のインドネシア国民の状態
 D. 民族闘争およびインドネシア共和国主権の承認
 E. 単一インドネシア共和国復帰への闘い
 F. 独立戦争時代の闘争の価値観
第8章 独立を完成させるための努力
 A. 前置き
 B. 経済の国有化
 C. 1955年総選挙
 D. 国内治安対策
 E. 国際協力と民族間団結
 F. 1959年7月5日大統領布告と「指導される民主主義」の実践
 G. 西イリアン解放闘争
 H. 9月30日運動とその鎮圧
 I. 新秩序体制
 J. 政治・経済・社会危機と改革
 K. 27番目の州、東ティモール
 L. 独立完成期のインドネシア民族闘争の価値観と日常生活におけるその活用

 訳注
 監訳者あとがき

前書きなど

監訳者あとがき

 本書の翻訳は去る2002年にはすでに終わっていた。しかし、出版社との交渉に手間どっている間にインドネシア国民教育省から2004年新カリキュラムが発表されるという事態が発生した。出版社から、翻訳出版は2004年カリキュラムに基づいた新版の完成を待つようにとの要請もあり、2005年秋の全3巻の刊行を待ち、新版の翻訳に取り掛かった。ところが、2006年9月になり突如「新カリキュラムが出るので2004年カリキュラム準拠の歴史教科書の翻訳は許可しない」とのショッキングな連絡が出版社から舞い込んだのである。
 2004年度カリキュラムは、特別に指定を受けた学校では、2002/2003年度からすでに試験的に実施されていたが、小冊子とファイルの形で国民教育省から正式に示されたのは2003年10月のことであった。それが、2006年9月には廃止が決まり、新たに2006年新カリキュラムへの移行が発表されたのである。
 このような事態となった背景はどのようなものであったのであろうか。これについて2005年6月から2006年10月までのメディアの報道(電子版)をまとめると次のようになる。
 2005年6月22日付Tempointeraktifには、「インドネシア共産党(PKI)が教科書からなくなっている」との見出しの記事が載った。内容は、「2004年カリキュラムの歴史教科書は、1948年のマディウンでの共産党の反乱、さらにジャカルタの9月30日運動事件からPKIの語を削除してしまっているとユスフ・ハシム〔ナフダトゥル・ウラマ(NU)の有力者〕が述べている。また、ファドゥリ・ゾン〔イスラム知識人で政策調査研究所長〕によれば、2004年カリキュラムにはPKIがインドネシアにおける反乱を引き起こしたことが明記されていない。彼はこのことを国会の第10委員会〔文教関係担当〕の委員であるアンワル・アリフィンに伝えた。この件でアリフィンは、国民教育省のカリキュラムセンター長のバンバンと連絡をとった」(要旨)。
 2日後の6月24日のSuara Pembaruan Onlineには次のような記事が載った。
 「2005年6月23日、国民教育相、国民福祉調整相、観光文化相の三者会談が行われ、2005/2006年度から歴史科目に限り、新カリキュラムが決定するまでは、1994年カリキュラムを再び使用する、また歴史基準の決定は、2005年の政令第19号に基づき、全国教育基準機構(Badan Standar Nasional Pendidikan)が行うことが話し合われた。2004年カリキュラムの歴史科目で問題となったのは、『インドネシア共産党(PKI)の反乱』がカリキュラムに明記されていないことである」(要旨)。
 そして、6月28日のMedia Indonesia紙には次のような記事が掲載された。
 「国会の第10委員会と国民教育相のバンバン・スディビヨは、PKIの反乱に関し完全な記述をしていない2004年カリキュラム歴史教科書にかかわる問題を解決することで意見の一致をみた。政府に対しては早急に歴史科目の2004年カリキュラムの使用を中止し、その教科書を学校で使用しないようにとの要請がなされた。これにより使用されるのは1994年カリキュラムに基づく歴史教科書となる。
 国民教育省カリキュラムセンター長のバンバンは、『問題の歴史科目の2004年カリキュラムは、前政権時代に作成されたものであり、この問題の裏に誰がおり、どうしてこのようになったかを細心の注意をはらって調べる』と述べ、『2004年カリキュラムはまだ試行段階であり、歴史科目を含めてまだ公式に施行されているわけではない。国民教育省は教科書を回収する権限はないが、歴史科目の2004年カリキュラムは再検討することになる』と語った」(要旨)。
 約半年後の2005年12月1日のTempointeraktifは、「1948年のマディウンにおけるインドネシア共産党の反乱、ならびに1965年9月30日運動が再び歴史カリキュラムに取り入れられる」と伝えている。記事は、「歴史科目改善委員会の書記官は談話のなかで『見直し前、歴史科目のカリキュラムはマディウン事件を取り入れていなかった。9月30日事件にしてもPKIの関与を述べていなかった。ダルル・イスラム/インドネシア・イスラム軍(DI/TII)とPRRI-Permestaの反乱が入っているのにPKIの反乱が入っていないのは問題、ということで抗議が起こった』と述べている」(要旨)。
 2006年3月には各メディアにより2006年新カリキュラムが導入されるとの報道がなされた。また、報道によれば、カリキュラムの編纂はこれまで政府が行ってきたが、新カリキュラムは独立した機関である、全国教育基準機構が編纂し、それを国民教育省が承認するという方法がとられるという。
 そして、2006年10月2日になると突然、「検察庁が2004年カリキュラムに準拠した小学校から高校までの歴史教科書を取り調べ中である」との報道がなされた。
 これに関し、Suara Merdeka Onlineには次のような記事が載った。「最高検情報局長のモフタル・アリフィンによれば、歴史教科書の取り調べは現在、連絡協議会 チームによって行われている。このチームのメンバーは検察、国家警察、国民教育省、国家情報局の関係者から構成されている。このチームは国民教育省、出版社や歴史家たちに説明を求めており、なぜPKIの語が明記されていなかったのかを調べている。モフタルは、もし『PKI』不記述が故意でないならば、問題は長引かないであろうが、それが意図的であった場合は、その土台となった議論を知る必要が出てくると述べている」(要旨)。
 そして2007年3月5日、検事総長から2004年カリキュラムの歴史教科書回収の決定書が出され、4月頃より各地で10社にものぼる出版社による自主回収、書店、各学校での回収作業が開始された。そして、7月には回収した教科書の焼却も行われている。
 このような背景の下、2004年カリキュラムに準拠した歴史教科書の翻訳出版は断念せざるをえなくなった。しかし、2000年に出版されたものはすでに翻訳が終わっていることや、2006年カリキュラム準拠の全3巻がいつ出そろうのか不明であることから、「1994年カリキュラム・1999年教育指導要領補遺」に準拠した本書を刊行することとなったしだいである。読者の皆様方のご理解をお願いしたい。

  2008年6月   石井 和子

著者プロフィール

石井 和子  (イシイ カズコ)  (監訳

1941年、東京都生まれ。元東京外国語大学教授。ジャワ学専攻。
[主要著書・論文]
『ジャワ語の基礎』(大学書林、1984年)、「パンチャシラ(インドネシア国家五原則)の第一原則『唯一なる神性(Ketuhanan Yang Maha Esa)の時空性』」(根本敬編『東南アジアにとって20世紀とは何か』東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所、2004年)、「仏蹟ボロブドゥール」(東京外国語大学『総合文化研究』no.3、2000年)、「ジャワの王権」(池端雪浦編『変わる東南アジア史像』山川出版社、1994年)。

桾沢 英雄  (グミサワ ヒデオ)  (

1953年、東京都生まれ。東京外国語大学大学院地域文化研究科博士後期課程修了。現在、上智大学・東京外国語大学非常勤講師。東南アジア学会会員、アジア政経学会会員。インドネシア近現代政治思想史専攻。
[主要論文]
「『ゴトン・ロヨン』概念の誕生と変容 植民地期末期からスカルノ期まで」(『アジア経済』45巻6号、2004年)、「クンチョロニングラットのゴトン・ロヨン思想」(『アジア・アフリカ言語文化研究』71号、2006年)。

菅原 由美  (スガワラ ユミ)  (

1969年、東京都生まれ。現在、天理大学国際文化学部アジア学科講師。インドネシア近代史専攻。
[主要論文]
「19世紀中葉オランダ植民地体制下のプリヤイのイスラーム論 ジャワ北海岸におけるアフマッド・リファイ運動をめぐる言説を分析して」(『東南アジア 歴史と文化』第32号、2003年)、“An-other history, another view: Nineteenth-century Javanese Islamic didactic texts”, Creating an Archive Today(東京外国語大学大学院21世紀COEプログラム「史資料ハブ地域文化研究拠点」研究叢書、2005年)。

田中 正臣  (タナカ マサオミ)  (

1972年、神奈川県生まれ。国立インドネシア大学大学院文学研究科修士課程修了。現在、在日インドネシア共和国大使館で通訳・翻訳専門家として勤務。
[翻訳書]
Perjuangan Hidup: Hakikat Kushin-Ryu Karate-Do(人生を勝負する 空眞流空手道の極意)(Primamedia Pustaka Kelompok Gra-media Majalah、2006年)。

山本 肇  (ヤマモト ハジメ)  (

1938年、中国東北部(旧満州)生まれ。東京大学農学部卒業、住友商事勤務を経て、東京外国語大学大学院地域文化研究科博士前期課程修了。
[主要論文]
「ハッタの民主主義思想と協同組合論」(『南方文化』第29輯、2002年)。

上記内容は本書刊行時のものです。