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アース・デモクラシー
地球と生命の多様性に根ざした民主主義
原書: EARTH DEMOCRACY: JUSTICE, SUSTAINABILITY, AND PEACE
- 出版社在庫情報
- 品切れ・重版未定
- 初版年月日
- 2007年7月
- 書店発売日
- 2007年7月25日
- 登録日
- 2010年2月18日
- 最終更新日
- 2014年7月29日
紹介
本書はインドの社会運動家・思想家シヴァの思索の集大成・到達点であり、同時に入門書である。あるべき社会を、地球と生命に根ざしたものとして構想する<宣言>の書であり、環境問題・公正な社会のありかたに関心のある幅広い読者に読み継がれるべき一冊。
目次
序 アース・デモクラシーの原則
第1章 生命中心の経済
三つの経済
自然の経済
生命持続の経済――民衆を舞台に呼び戻す
市と市場
市場による支配
共有地とは何か
「無主地」
イギリスの囲い込み
共有地から商品へ――囲い込みとしての植民地主義
株式会社の誕生
経済のグローバリゼーション、企業グローバリゼーション
市場における成長と効率
グローバル化する農業
現代の囲い込み
知的所有権法
水の私有化・民営化
「徴収」と囲い込み
労働者に対する保障の削減
何も見えていない市場
持続可能性
安定性
共有地の偽りの悲劇
人口過剰の神話と原因
生命中心の経済
公正と安定
ローカリゼーション
市場に対する規制
生業の回復のための生命中心の経済
生命中心の経済の実践
ナヴダーニャ――生命中心の食物経済
リジャット・パパド――女たちの経済
ダッバーワラー――労働の尊厳
結論
第2章 生命中心の民主主義
グローバリゼーションと、代議制民主主義の限界
グローバリゼーション時代の民主主義の危機
カンクンでの勝利
自由市場の民主主義と原理主義
地域的なものの復権、地球規模のものの復権
共同体、国家、企業
排除の政治学から包摂の政治学へ
ローカリゼーションは自給自足のことではない
民衆の保護主義
多様性と自由
種子の保存――私たちの倫理的義務、私たちの人権
生命中心の民主主義運動
生物多様性からモノカルチャーへ
毒物汚染
水資源の汚染と枯渇
土壌浸食と土壌生産力の破壊
温室効果ガスと気候変動
有機農法――生態学的、経済学的な使命
死に向かう民主主義から生命中心の民主主義へ
第3章 生命中心の文化
死の文化から生命の文化へ
グローバリゼーションと文化戦争
集団殺害としてのグローバリゼーション
WTOは農民を殺す
グローバリゼーションと女性に対する犯罪
女性――食糧と水の供給者
売買の隠喩vs自然の経済
新たな分析に挑戦する
家父長主義と原理主義の合体
女子堕胎――絶滅しつつある女性
生命中心の文化の保護者、推進者としての女性
第4章 アース・デモクラシーの実践
ビージャ・スワラージ(種子の民主主義)――あらゆる生命の民主主義を再生する
バスマティ米へのバイオパイラシー
モンサント社によるインド産小麦へのバイオパイラシー
アンナ・スワラージ(食物の民主主義)
食糧ファシズムのための法
インド在来の多様な食物経済にとっての安全性と、食品法
情報への権利
「テッラ・マードレ(母なる大地)」――生命中心の経済への礼賛
食をめぐるもう一つのパラダイム
食物の民主主義
ジャル・スワラージ(水の民主主義)
コカコーラ社に対峙する女たち
デリーで水の民主制を生みだす
河川の流路を変更する――水の私掠船にとっての夢の事業
結論
訳者あとがき
原 注
索 引
前書きなど
訳者あとがき
本書は、Vandana Shiva, EARTH DEMOCRACY: Justice, Sustainability, and Peace, South End Press, 2005の全訳である。ヴァンダナ・シヴァの仕事は、これまでもさまざまなかたちで日本に紹介されてきた。単著の書籍の翻訳では本書が八冊目に当たる。しかし既刊の邦訳書籍とくらべると、本書は少しばかり趣が異なるように感じられる。というのも本書では、具体的な一つのテーマに的を絞った議論というより、むしろこれまでのシヴァの仕事を綜合するような構想が示されているからである。本書を読むと、これまでのシヴァの作品で示されてきた個別の要素が、いかにたがいにつながり合い、からみ合って全体の構想を形づくっているかということがよくわかるのである。ある意味で本書は、シヴァの思想の集大成であり現時点での到達点であると言える。
そのためか、本書で初めてシヴァに接した読者は、「序」を読まれたところで少しばかり観念的・抽象的に過ぎるのではないかと思われるかもしれない。その場合は「序」をさっと読み飛ばして、第1章以降の具体的な内容にお進みいただきたい。そしてさいごにもう一度、「序」に戻ってみてほしい。本書の全体を読まれれば、ヴァンダナ・シヴァという人が、個別の問題にどれほど深くかかわり、その思想が具体的現実からいかに鍛えあげられてきたか、ということをおわかりになると思う。そして本書で挙げられている多岐にわたる問題について、さらに突っこんだ議論を知りたいと思われたなら、本書でシヴァ思想の全体像をつかんでいただいたうえで、個別テーマを扱ったほかのシヴァの邦訳書を読まれることを、ぜひお奨めしたい。
ここでシヴァの経歴と既刊の邦訳書を紹介しておこう。
ヴァンダナ・シヴァは一九五二年、インド北部、ヒマラヤ山麓に位置するデヘラー・ドゥーン(当時ウッタル・プラデーシュ州、現ウッタラーンチャル州)に生まれた。一九七〇年代にチプコ運動と出会ったことが、シヴァの進路を決定づけたようである。本文にもあるように、チプコ運動とは、森林を伐採から守るために地元の女たちが身を挺して闘った非暴力抵抗運動のことである。一九七八年、カナダのウェスタン・オンタリオ大学で物理学および科学哲学の博士号を取得、一九八二年までインドのバンガロールにあるインド経営研究所で諸々の学際的研究に従事し、同年、故郷のデヘラー・ドゥーンに戻って「科学・技術・自然資源政策研究財団」(現「科学・技術・エコロジー研究財団」)を設立した。
この財団を拠点に、研究者のネットワークを組織してさまざまな問題に取り組むと同時に、こうした問題の影響を直接被る地元の人びとが、自らその解決に参加できるような場をつくる活動を開始した。現在では、この財団の活動は本文中にも紹介されている「ナヴダーニャ」運動に結実し、独自の種子バンクと八ヘクタールの有機農場を運営しながら、地元の小規模農民の支援と種子の保存活動を展開している。
シヴァの活動領域は、以下ざっと挙げてみるだけでも、きわめて広範囲にわたる。すなわち、森林保護や水資源保全などの環境保全活動。伝統的小規模農業の保護と生物多様性、とりわけ種子の保存活動。倫理とエコロジー両面からの遺伝子工学への異議申し立てや、遺伝資源や伝統的知識を特許化する「バイオパイラシー」への反対運動。主に知的財産権と農業分野における、世界銀行やWTO政策への批判。「グローバリゼーションにかんする国際フォーラム」の創設など、経済のグローバル化によって民衆が被る影響を監視し、批判する活動。食糧に対する権利として、民衆の知る権利と食糧安全保障を求める活動。ジェンダーの視点からの開発批判等々……。
以上のような活動に対して、シヴァはこれまで数多くの国際的な賞を授与されている。なかでも一九九三年には、「ライト・ライヴリフッド賞」を受賞した。スウェーデンの同名の財団が運営するこの賞は、「この惑星とその住民のためになるような洞察および活動」において顕著な功績のあった個人または団体に与えられ、「もう一つのノーベル賞」として知られている。シヴァは、「現代の開発をめぐる議論の核心に、ジェンダーとエコロジーの視点を据えたこと」を認められた。
(中略)
以上のようにヴァンダナ・シヴァは、これまで三〇年ほどのあいだ、目を瞠るほどエネルギッシュに、きわめて多岐にわたる問題に取り組み、またそれを数多くの著作をつうじて訴えてきた。それらの問題に共通する背景は企業グローバリゼーションであり、この動きに歯止めをかけなければ、地球は丸ごと滅亡すると警告してきた。ではそのために、どうすればよいのだろう。シヴァがまず訴えるのは、誰もがそれぞれの生活の現場で、行動を起こすことができるということである。あらゆるものを画一化していく企業の暴力に抗って、各人がおのおのの多様性を堅持するということである。企業グローバリゼーションという市場経済の普遍化の動きに対して、ローカルな場で多様性を取り戻そうというこの戦略は、シヴァにかぎらず反グローバリゼーションの文脈でよく目にする。そしてじっさいに、ローカルな現場で個々の問題に取り組む人びとが数多く存在し、グローバリゼーションに対抗するローカリゼーションの運動には、希望の兆しが見えるようにも思う。
それにしても問題が多すぎやしないか。個々の問題について深く知りたいと思えば、いまはインターネットを利用しさえすれば、かなりの量の情報を比較的容易に入手できる。そしてどんなに小さな問題でも、それに取り組んでいる人びとがいることもわかって驚いてしまう。そうした運動に自分も少し協力してみようということで、たとえば署名をしてみたりもする。世界社会フォーラムに行くのはとても無理だが、たまには国内のデモにも参加するし国会議員にFAXも送る。もちろん選挙があれば必ず投票する。しかし正直なところ、代議制民主主義によって世界が変わることに大きな期待は抱いていない。政治権力を動かすということについては、野党や市民運動などより企業のほうがよほど狡猾かつ巧妙だと思えてしまう。
だからといって諦めてはいけない。一人一人の日常の、小さな生の営みの現場でいかに行動すべきかがたいせつなのだ。飲んだり食べたりはもちろん、極端に言えば私たちの一挙手一投足に地球の将来がかかっているのだと、自分自身に言い聞かせる。できるかぎり物は買わない、資源は使わない。買う場合には吟味する、選ぶ。安けりゃいいというものではない。会社勤めで馬車馬のように働いていたときは、家に帰ってくると疲れ果ててゴミの分別も面倒くさがっておろそかにしたりしたが、いまは絶対にそんなことはしない。スーパーマーケットには買い物袋を持っていく。できるだけのことはやっているつもりなのだ。しかしこれでほんとうに世界が変わるのか。自分だけがんばったって、あるいは圧倒的少数者ががんばったって、どうにもならないのではないか。何しろ問題が多すぎる。きりがない。そのうえ目に入り、耳に入ってくるニュースは悪いことばかりのような気がしてならない。いらいらして腹が立つ。無力感と徒労感と孤立感に苛まれる。
訳者はここ最近、こんなふうに感じてきた。なるほど個々の問題に取り組むことはきわめて重要である。しかしそれが世界の動きにつながっていくようには思われないし、それぞれの問題どうしのつながりもわからない。だからこそ、そのようにばらばらにされてしまっているものをつなぐもの、つまり思想が必要なのではないか。絶対的に信仰すべき教義でも、“前衛党”の党是や綱領ともちがう、具体的現実に裏打ちされた真の実践思想が。理念と呼んでも良い。価値観と言っても良い。倫理でもイデオロギーでも何でも良いが、とにかく自信と実感をもって判断し、行動するための基準点が必要なのだ。ヴァンダナ・シヴァが本書で示しているのが、まさにこれである。
では何によってすべてがつながっているというのだろうか。一方では市場経済がグローバル化され、誰もそれから逃れられない状況が迫っている。しかしシヴァは、そのような普遍性はまやかしだという。そうではなくて、誰もが地球という環境に生きていること、人類だけでなく地球上のあらゆる生命とつながって生きているということこそが、普遍的な価値を持つのだとシヴァは説く。このようにシヴァが生命の普遍性を強調することには、深い意義がある。なぜなら、資本主義をローカルな価値で乗り越えようとする運動が、偏狭なナショナリズムに陥りがちであることは、農本ファシズムの例を引くまでもなく歴史上明らかだからである。シヴァは企業グローバリゼーションを、それぞれの多様な大地に根ざした多様な文化、多様な経済によって乗り越えようと説く。しかしその「大地」とは、特定のローカルな土地を指しているだけではない。それは同時に「地球」という意味でもあるのだ。だからシヴァの説くローカリゼーションは、生命という普遍的価値に接続しているのであり、それこそが「アース・デモクラシー」の核心である。
(中略)
多くの人にシヴァの思想に触れていただきたく、できるかぎり正確に、わかりやすく翻訳することを心がけたが、まだ不備な点が残っているのではないかと危惧している。読者にはお気づきの点をご指摘いただければ幸いである。
二〇〇七年六月
山本 規雄
上記内容は本書刊行時のものです。