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トランスナショナル・アイデンティティと多文化共生
グローバル時代の日系人
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2007年4月
- 書店発売日
- 2007年4月20日
- 登録日
- 2010年2月18日
- 最終更新日
- 2015年8月22日
紹介
グローバリゼーションの進展とともに国際的なヒトの移動がますます活発になりつつあるが,その中でもとりわけ日系人に焦点をあて,トランスナショナルな移住が日系人のアイデンティティにいかなる影響を及ぼしてきたかを考察する論文集。
目次
まえがき
第1部 トランスナショナル・アイデンティティ
第1章 アメリカ合衆国における移民研究の新動向(村井忠政)
――トランスナショナリズムをめぐる論争を中心に
第2章 「在日」のはざまに生きる(新井 透)
――金時鐘と越境の文学
第3章 「中国帰国者」二世の適応に関する一考察(山田陽子)
――二世女性の語りから
第4章 日系人と出会うということ(藤原みどり・野村直樹)
――堀田善衞とルイス・サトウの『キューバ紀行』から考える
第5章 日系カナダ人に関わる意識調査からみた青年世代のカナダ人に関する一考察(大石文朗)
第6章 フォート・リンカン「敵性外国人」収容所と「雪国の刑務所」展(柳澤幾美)
――ドイツ人と日本人と先住民との時空を超えた出会い
第7章 太平洋戦争と滞日日系二世(門池啓史)
――二世教育機関に通った日系アメリカ人を事例として
第8章 ジャップ・ロード改名論争におけるスケールの創造(佃 陽子)
――「ローカル」な記憶と「ナショナル」な記憶の再生産
第9章 日系アメリカ移民の「クニ」意識(筒井 正)
――移民のアイデンティティをめぐって
第2部 多文化共生
第10章 自治体の外国籍住民施策の展開(村井忠政)
――東海地域における取り組みを中心に
第11章 オランダ・アムステルダム市における移民行政の取り組みとその課題(新海英史)
――「市民化講習」のスタッフからの聞き取りを通して
第12章 デカセギから定住へ(山本かほり)
――ある日系ブラジル人の生活史より
第13章 外国人集住地域におけるネットワーク形成(米勢治子)
――あるNPOの活動を事例として
第14章 文化変容オリエンテーションと心理・社会文化的適応(矢野パトリシア)
――あるブラジル人学校に通う日系ブラジル人青少年の事例研究
第15章 日本の公立小学校における日系南米人児童の統合をめぐって(マルコ・ソッティーレ)
――ソシオメトリック・テストによる類型化の試み
第16章 日系南米人の医療問題と労働問題の連関(山口博史)
――三重県北勢地域での調査ノートより
第17章 ダンシング・オン・ザ・ステージ!(阿部亮吾)
――「フィリピン・パブ」を地理学する
あとがき
前書きなど
まえがき(村井忠政)
本書の主題について
いま地球的規模で、国境を越えるヒト・モノ・情報・資本等の流動化が急速に進んでいる。この状況は日本では一般に「国際化」とか「ボーダーレス化」と呼ばれているが、これらの流動化は世界各地の人間の生活における経済的、政治的、社会文化的つながりの強化と共通化に貢献しているとみられる一方で、むしろ地域の民族的異質化と文化的活性化を促進しているとみられるふしも少なくない。いったいその行方はどのようなものなのか。それらの全体的な過程を「グローバリゼーション」と呼ぶとすれば、その構造と過程を明らかにし、グローバリゼーションの行く末について学問的洞察を深める研究が国際社会学や、文化人類学などの分野で求められている。日本語の「国際化」は、ヒト・モノ・情報・資本等の国境を越えての交流・流動化にかかわる現象のすべてを指す非常に多義的な概念で、それには国家・政府レベルの組織的交流だけでなく、民間レベルの非組織的交流や多様な労働力の国境を越えての移動の状況も含まれている。しかし、本書では、これら二つを概念的に区別し、前者を「国際化」(internationalization)、後者を「トランスナショナリズム」(transnationalism)と呼ぶことにしたい。
本書における主題は、グローバリゼーションの進展とともに国際的なヒトの移動がますます活発になりつつあるが、その中でもとりわけ日系人に焦点を当て、トランスナショナルな移住が日系人のアイデンティティにどのような影響を及ぼしてきたかを考察することにある。
本書の構成について
本書は全体が二部構成になっており、第一部「トランスナショナル・アイデンティティ」は、主に太平洋戦争の戦前戦中および戦後の北米における日系人のアイデンティティをめぐる論稿からなっており、第二部「多文化共生」は、南米諸国から現代日本への日系人の還流型移住が、彼らのエスニック・アイデンティティにもたらした変化に関する論稿が主となっている。
第一部「トランスナショナル・アイデンティティ」では合衆国とカナダおよびキューバの日系人が取り上げられているが、これらの論稿を貫いている主題は、北米におけるアジア系移民に対する人種的偏見や差別が日系人のアイデンティティにどのような影響をおよぼしたかというものである。明治以降、農村の次三男をはじめとする多くの若者が「一攫千金(いっかくせんきん)」を夢見て単身海外へ渡航して行ったが、彼らを待ち受けていたものは、言葉の壁、文化の壁、人種的偏見に基づく差別や迫害、そして過酷な肉体労働であった。言葉も思うに任せない異郷での孤独な生活の中で、彼らは艱難辛苦(かんなんしんく)に耐え、差別や排斥にもかかわらず、ホスト社会に根を下ろし、やがて北米社会に確固とした地歩を築いていく。しかしながら、太平洋戦争の勃発により、彼ら日系人の運命は大きく変わることになる。北米の日系人は「敵性外国人」(enemy alien)として強制立ち退きと、内陸部の強制収容所への移住を迫られることになった。日本から北米という異文化社会へのトランスナショナルな移住が、彼らのエスニック・アイデンティティにいかなる変化をもたらしたか、さらには一世から二世、三世へと世代が交代するにつれてそのアイデンティティはいかなる変遷を遂げることになったのだろうか。これらの疑問に第一部の論稿は答えてくれるであろう。また第2章、第3章では植民地支配や戦争の影響でもたらされたトランスナショナルな移住として在日コリアンと中国帰国者二世を取り上げ、彼らのアイデンティティについて考察を加えている。
第二部「多文化共生」で取り上げられている南米日系人の場合、その移住先は第一部とはまさに反対のべクトルとなっており、北米の異文化社会ではなく、父祖の故国日本である。「還流型移民」(return migrants)と呼ばれるこれら日系人を待ち受けていたのは、エスニシティを同じくする父祖の郷里(ethnic homeland)が、彼らを同胞として受け入れてはくれず、いわゆる3Kと呼ばれる単純労働に従事する外国人労働者として差別や偏見の対象になるという皮肉な現実であった(Tsuda 2003; 竹沢、二〇〇六)。
日系ブラジル人の日本への「還流型移住」(return migration)という現象は、今では海外の研究者にも注目されており、近年日系ブラジル人の日本への移住を研究テーマとしたアメリカ人研究者の手になる研究書が立て続けに刊行されている。編者の知るかぎりでも、住民の約四割が日系人で占められる豊田市の保見団地を拠点に、豊田市在住の九名の日系ブラジル人にインタビューし、そのライフヒストリーをまとめた研究 (Linger 2001)、日本最大のブラジル人集住都市である浜松市の日系ブラジル人を対象としたエスノグラフィー(Roth 2002)、さらには群馬県大泉町の生産工場の現場で日系人出稼ぎ労働者として働きながら、そこでの参与観察の結果をエスノグラフィーとしてまとめた研究(Tsuda 2003)などがあるが、これらはいずれもアメリカ合衆国の人類学者によるものである。さらに、日本の研究者と外国人研究者との共同研究としては、ジェフリー・レッサー編の論文集が刊行されている(Lesser 2003)。
これらの研究に共通するアプローチは、トランスナショナルな視点の中で日系人を捉えようとする移民研究の新しいパラダイムが用いられている点であろう。これまでオールドカマーに見られるように、日本社会への定住化がほぼ前提とされ、その上で同化や帰化の是非、あるいは民族文化や民族的アイデンティティを保持したままでの定住化の是非が議論されてきたが、近年において南米社会と日本を行き来する日系ブラジル人やペルー人などの南米日系人リピーターに代表されるような「トランスナショナルな存在」が目につくようになってきている。こうした現象はいまや世界各国で見られる現象であり、このような現実の変化に対応して、分析上のパラダイムの方も、当該社会への同化や統合の是非を問題とする「統合パラダイム」に加えて、国境を越えた複数の社会関係の中で生きる人々を捉える「トランスナショナル・パラダイム」を併用することが必要となってきていると思われる。本書第二部は、いまだ試行的な段階にとどまってはいるものの、トランスナショナルな視点から日系人の「デカセギ」現象を捉えようとする試みである。従来の日系人研究のパラダイムが、日系人のホスト社会への同化ないし統合を前提とするものであったが、それに加えてトランスナショナルな移住に焦点を当てることで、日系人研究に新しい視点を導入しようとするものである。本書がわが国における移民・外国人研究に一石を投じるものとなることを願っている。
このほかに第二部には、日系ブラジル人を直接の研究対象としてはいないが、関連研究として二つの論稿が収められている。第11章の論稿では、ヨーロッパにおける移民統合政策の具体例としてオランダ・アムステルダム市における「市民化講習」の取り組みが紹介されており、わが国が今後多文化共生政策を進めていく際の参考になると思われる。また最終章の論稿では、西日本における最大のフィリピン人集住地域である名古屋市のフィリピンパブで働くフィリピン人女性エンターテイナーを取り上げている。いずれも筆者たち自身の体験的リポートである。
上記内容は本書刊行時のものです。