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二葉亭四迷のロシア語翻訳 コックリル 浩子(著) - 法政大学出版局
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二葉亭四迷のロシア語翻訳 逐語訳の内実と文末詞の創出

A5判
374ページ
上製
定価 5,400円+税
ISBN
978-4-588-47005-9
Cコード
C1090
教養 単行本 文学総記
出版社在庫情報
在庫あり
初版年月日
2015年5月
書店発売日
登録日
2015年4月24日
最終更新日
2015年5月19日
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書評掲載情報

2015-05-31 朝日新聞

紹介

ツルゲーネフの短編小説『あひゞき』や『めぐりあひ』など、ロシア文学の逐語的翻訳を通じて近代日本語文学に決定的な革新をもたらした二葉亭。その貢献の内実を、忘れられがちなゴーゴリ作品群にも光をあてて詳細に跡づけ、過去形の文末詞「た」の創出や三人称文体の変遷、のちの文学者たちへの影響も含めて分析した翻訳研究の労作。「言文一致」はなぜ、翻訳を通じて可能になったのか?

目次

まえがき

はじめに 二葉亭のツルゲーネフものとゴーゴリものについて

第一章 『あひゞき』初訳と改訳

『あひゞき』初訳と改訳の冒頭文/『あひゞき』改訳の冒頭文で改められたこと/『あひゞき』冒頭文中の文末語「た」形(初訳)と「る」形(改訳)/「てゐた」形(初訳)から「てゐる」形(改訳)へ/二葉亭が『あひゞき』を改訳した理由/不完了体動詞の訳し換えの用例/完了体動詞の訳し換えの用例/ツルゲーネフの原文の動詞形と『あひゞき』初訳、改訳の中の動詞形/『あひゞき』初訳と改訳における翻訳方法

第二章 『肖像畫』と処女創作作品『浮雲』

二葉亭訳『肖像畫』をめぐって/『肖像畫』の冒頭文とその「語り手」/読者に語りかける翻訳小説『あひゞき』と読者が高誦する政治小説『佳人之奇遇』/『あひゞき』の言文一致体の先駆、川島忠之助訳『新説 八十日間世界一周』/翻訳小説『花柳春話』の「語り手」と文末詞/ウェイン・ブースによる「語り手」の分類/『肖像畫』冒頭文の文末語と「語り手」/翻訳『肖像畫』と創作『浮雲』の冒頭文における「語り手」/アスペクトとテンスを表す「た」形と「る」形/主人公の心の内を覗き見る『肖像畫』の「語り手」/ボリス・ウスペンスキーによる「(芸術テキストの)心理面における視点」の分析/三人称代名詞を使わない二葉亭の訳文/『肖像畫』における二葉亭の「翻訳の標準」/二葉亭訳『肖像畫』の山場における主人公の独白/二葉亭が一人称代名詞を再現しながら、三人称代名詞を再現しなかった理由/翻訳『肖像畫』と創作『浮雲』における「た」形/尾崎紅葉の『多情多恨』にみる三人称客観描写/『肖像畫』の「語り手」から『浮雲』の「語り手」を読み直す

第三章 中期から後期の創作活動──『むかしの人』を中心として

二葉亭が翻訳したツルゲーネフの諸作品の中の秀作『片戀』/山田美妙の言文一致小説『胡蝶』における「です」調/一人称翻訳小説『片戀』の一人称代名詞と文末詞/二葉亭訳『片戀』(一八九六年)と米川正夫訳『片恋』(一九五二年)/二葉亭訳『片戀』と米川訳『片恋』における一人称代名詞と文末詞/インテリ読者層を対象とする米川正夫訳『片恋』と夏目漱石作『こゝろ』の文体/愛の言葉を訳す二葉亭の筆の戯作性と現代性/二葉亭による愛の言葉の訳文にたち現れる三人称代名詞/二葉亭訳『片戀』にみる翻訳語としての三人称代名詞「彼」の用例/二葉亭訳『片戀』にみる「彼女」と米川訳『片恋』にみる「彼女」/翻訳語「彼」「彼女」を使わない二葉亭訳『片戀』の新しさ/ゴーゴリもの第二作『むかしの人』執筆前後/原作『昔気質の地主たち』の一人称語りと翻訳『むかしの人』の三人称語り/二葉亭によるツルゲーネフとゴーゴリの一人称小説の訳し分け/ゴーゴリもの第一作『肖像畫』と第二作『むかしの人』の冒頭文の類似/「劇化された語り手」と「劇化さない語り手」の狭間で/『むかしの人』の「語り手」による主人公たちの呼び名/夫婦愛を表す呼称としての「お老爺さん」「お婆さん」/二人称代名詞の丁寧語《вы[you/あなた]》の二葉亭訳/「お老爺さん」「お婆さん」を使う二葉亭の訳文の簡潔さ/二葉亭の使った「お老爺さん」「お婆さん」の数/『むかしの人』の山場で三人称代名詞を代替する「お老爺さん」の用法/『むかしの人』の山場で多用される過去時制表示詞「た」/『むかしの人』後半で多用される一人称代名詞「私」と過去時制表示詞「た」/『むかしの人』における文体の転換/『其面影』と『浮雲』の冒頭の人物設定の相似/『其面影』への高い期待と深い落胆/『其面影』と『浮雲』の冒頭の類似と差異/『其面影』の女性主人公、小夜子の原型/二葉亭によるツルゲーネフ作品の理解/『其面影』の主人公哲也の無性格という性格/文体の変化に伴う『其面影』の「語り手」の視点の変化/ツルゲーネフものにおける「語り手」と「作者」の混同

第四章 晩年の創作活動──『狂人日記』を中心として

二葉亭晩年の狂気をめぐる諸作品/『狂人日記』『血笑記』『平凡』における一人称代名詞の使用頻度/『狂人日記』『血笑記』『平凡』の冒頭/一人称翻訳小説『狂人日記』における一人称代名詞の使用頻度/『血笑記』における狂気を強調する手段としての一人称代名詞の削除/一人称代名詞に関する『あひゞき』の訳文の再考/田山花袋を感動させた一人称代名詞「自分」の効果/『猟人日記』から『狂人日記』へ/『平凡』の一人称代名詞の使用頻度と文末詞/花袋の『蒲團』(一九〇七年九月)と二葉亭の『平凡』(同年十月~十二月)/花袋の文体的模索/『あひゞき』初訳の文体を模した『蒲團』の文体/主人公のみを指し示す花袋の三人称代名詞「渠」(「かれ」)/『蒲團』の「サタイヤ」としての『平凡』──号泣する主人公たち/『平凡』の名場面、愛犬ポチの「る」形による描写/『平凡』の暗黒面、「た」形による文学的告白/「狂人」に近い「凡人」を描いた『平凡』の分裂した主題と文体/『狂人日記』の一人称代名詞「己」再考/主人公、九等文官ポプリーシチンの屈折した性格を表す丁寧体「です/ます」/日本語文法によるロシア語文法の訳し換え/原文の句読点に忠実な横田の訳文と原文の文化に忠実な二葉亭の訳文/二葉亭が『狂人日記』で採った特殊な異化的翻訳法/二葉亭の翻訳文体を一貫してながれる逐語訳の方針/二葉亭の「戯作調」を生み出すもの/『肖像畫』で二葉亭の使った「江戸系統の俗語」/「江戸系統の俗語」を駆使する「語り手」/ゴーゴリの「身ぶり言語」を再現するための「戯作的な語彙」/『狂人日記』にみられる「戯作的語彙」一覧/ゴーゴリ作品の喜悲劇的要素を再現する「戯作的語彙」/『狂人日記』で二葉亭が同化的翻訳をしたとされる箇所/意訳の効果/『狂人日記』という悲喜劇を浮き彫りにする異化的翻訳法

第五章 翻訳者二葉亭の貢献

二葉亭が創り上げた二つの翻訳文体/二葉亭の二つの翻訳文体が後世の文学者たちに与えた影響

第一節 二葉亭の翻訳文体の後世の翻訳者たちに与えた影響
三人称代名詞を多用する瀬沼夏葉の翻訳文体/原文の動詞形との相関関係を辿れない夏葉の「硯友社流の雅文体」/二葉亭の後継者、昇曙夢/二葉亭の「翻訳の標準」を引き継いだ曙夢の翻訳理論/プーシキンもの『吹雪』と『黑人』における三人称客観描写の確立/「歴史的現在形」の訳語にとまどう曙夢/一九一四年、中村白葉『罪と罰』、米川正夫『白痴』で翻訳家デビュー/中村白葉の「原文至上主義」/米川正夫の「訳文至上主義」/中村、米川、亀山郁夫による『罪と罰』の冒頭文/『罪と罰』冒頭文中における句読点の数と文末詞「た」/『罪と罰』冒頭文中の三人称代名詞「彼」「彼女」/二葉亭の『あひゞき』の再現、中村の『罪と罰』/中村の「異化的翻訳法」に対抗する米川の「同化的翻訳法」/米川訳『白痴』(一九一四)と木村浩訳『白痴』(一九七〇)の句読点の数/米川と木村による『白痴』訳文中の三人称代名詞の再現率/米川の訳文中の「た」形と「る」形/米川の誤訳「立つてゐる」の意味/三人称客観小説『罪と罰』と『白痴』の近年の翻訳文体/小笠原豊樹訳『虐げられた人びと』(一九七三)の翻訳文体の新しさ/原文に忠実な曙夢の『虐けられし人々』/曙夢訳『虐けられし人々』にみる句点多用の謎/曙夢、米川、そして小笠原による「彼」「彼女」の使い方/会話文中で強調された三人称男性代名詞の訳語/「恋人である相手の男性」の意味で使われた「彼」/小笠原訳『虐げられた人々』と二葉亭訳『あひゞき』の文体の相似/一九一四年に出版された三つのドストエフスキー作品の翻訳史上の意義/「た」形と「る」形の文法概念の変遷

第二節 二葉亭の翻訳文体が日本文学の文体に与えた影響
過去回想表示詞としての三人称代名詞「彼」「彼女」/尾崎紅葉の三人称小説『多情多恨』(一八九六年)/三人称代名詞「彼」と文末詞「たのである」「のであった」による客観描写/国木田独歩のエッセイ『武蔵野』(一八九八年)/『あひゞき』初訳に風景を発見した独歩/『あひゞき』初訳に文体を発見した田山花袋/田山花袋の『蒲團』(一九〇七年)/花袋の「特定の人物をさし示す」三人称代名詞の用法/島崎藤村の『破戒』(一九〇六年)/藤村の『春』(一九〇八年)における三人称客観小説の試み/藤村の『春』と二葉亭のツルゲーネフもの『うき草』(一八九七年)/夏目漱石と二葉亭四迷/漱石の『坑夫』(一九〇八年)/二葉亭の『肖像畫』、漱石の『吾輩は猫である』と『坑夫』/『坑夫』における実験──「てゐる」と「てゐた」形の使い分け/改訳『あひびき』と『坑夫』の文体/『坑夫』と『こゝろ』(一九一五年)における三人称代名詞「彼」/三人称客観小説『道草』(一九一五年)/日本における三人称客観小説の成立とその後/日本文学に残された文体的可能性

あとがき

索引

著者プロフィール

コックリル 浩子  (コックリル ヒロコ)  (

(Hiroko Cockerill)
1955年岐阜県生。愛知県立大学文学部国文科卒業。モスクワのプーシキン名称ロシア語研究所にて語学研修。オーストラリアのクィーンズランド大学にて博士号取得。クィーンズランド大学、タスマニア大学、シドニー大学で20年間にわたって日本語を教え、現在はクィーンズランド大学の名誉研究員として翻訳研究とその実践に携わっている。著書にStyle and Narrative in Translations: The Contribution of Futabatei Shimei (St. Jerome)、 論文に “The –ta Form as die reine Sprache [Pure Language] in Futabatei’s Translations” (Japanese Language and Literature)、 “Laughter and Tears: The Complex Narratives of Shōwa Gesaku Writer: Nosaka Akiyuki” (Japanese Studies) 等があり、共著に『日本の翻訳論──アンソロジーと解題』(法政大学出版局)、訳書にアレクサンドル・ポチョムキン著『私』(群像社)がある。

上記内容は本書刊行時のものです。