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R・チャンドラーの「長いお別れ」をいかに楽しむか
清水俊二vs村上春樹vs山本光伸
- 出版社在庫情報
- 品切れ・重版未定
- 初版年月日
- 2014年1月
- 書店発売日
- 2014年1月8日
- 登録日
- 2013年11月7日
- 最終更新日
- 2020年12月22日
紹介
翻訳家山本光伸がチャンドラーの三者の訳を通し翻訳のコツを伝授
R・チャンドラー作『The Long Goodbye』の魅力を三者三様の訳文で紹介し、
あわよくば文芸翻訳の〝コツ“を伝授したい……
40年以上、文芸翻訳の第一線で活躍してきた翻訳家山本光伸が、
清水俊二・村上春樹両氏に“ぶつかり稽古”を挑む!
前書きなど
はじめに
私の肩書きは一応、英米文学翻訳家ということになっている。そしてこれまでに二百冊以上の翻訳本を世に出してきた。雑誌その他を含めたら、その倍近くの数になるかもしれない。
しかし、どういうわけか、レイモンド・チャンドラーの作品は読んだことがなかった。いや、理由ははっきりわかっている。私は食わず嫌いの偏食漢で、原作を読むのは仕事に限られているし、日本文学以外にほとんど興味がなかったからだ。
もちろん翻訳物を読むことはある。チャンドラーにまつわるさまざまな情報も耳に入ってはいた。フィリップ・マーロウなる探偵像にも憧れのような親近感を持っていた。それでも、『長いお別れ』という有名なタイトルを見て、なぜ“お別れ”と“お”が付いているのか不思議に思い、あれは『長き別れ』にすべきだろう、などと友人と話し合った記憶がある程度だ。
では、そのような私がどうして本書を著す気になったのか。村上春樹氏(以下敬称略)訳の『ロング・グッドバイ』が新訳として出版され、そのあとがきの中で、一九五八年に発刊された清水俊二氏(以下敬称略)の『長いお別れ』に言及し、村上・清水両氏の翻訳を併せて楽しみたい読者もいらっしゃるに違いないという一文を目にしたからだった。
これまで、清水俊二訳の『そして誰もいなくなった』(アガサ・クリスティ著)、あるいは村上春樹訳の『オーギー・レンのクリスマス・ストーリー』(ポール・オースター著)などを、翻訳学校(インターカレッジ札幌)や大学の授業でテキストとして使用させていただいた経験から、両氏の訳を同じテキストで比較してみたいと思い立ったのだ。
私はまず、原書を通読した。それから最初に戻り、一パラグラフずつ読んでは、まず自分の頭のなかで訳文を作った。長い場合には原稿用紙に書き出した。続いて、清水訳を読み、ついで村上訳に目を通した。
パラグラフごとと言っても、翻訳家として訳文がばらつくだろうなと思うところ、あるいはいかにもチャンドラーらしいと思われる文章を意図的に選んだつもりだ。その数およそ八百。その中から、これはという箇所を厳選(!)してご紹介したいと思う。そして必要だと思われる箇所には私のコメントを書き加え、さらに私自身の訳文も載せるつもりだ。
いずれにしても、一冊の原書をここまで熱心に読んだのは久しぶりのことだった。そしてお二人の訳文を読み、思わずうまい、と膝を打ったり首を傾げてみたり、自分のためになったことはもちろんだが、とにかくその作業が楽しくてならなかった。その点でも、チャンドラー氏をはじめ、お二人に感謝したい。
私は言うまでもなく、誤訳探しには興味がない。したがって、どちらの訳文をよしとするかは、基本的に読者の判断にお任せしたいと思う。しかし時には、いずれかの訳文に“軍配”を上げることがあるかもしれない。あるいは、全体を通じて、私が自分の訳文を一番良しとしていることが鼻に付くかもしれない。
繰り返すが、それを笑うも納得するもあなた次第だ。私はあくまでも、翻訳にかかわる判断材料を提供しているだけなのだから。
チャンドラー氏の原文、清水・村上両氏の訳文が紙面の多くを占めているため、山本光伸著とするのは抵抗があったが、まあ、問題となるような箇所を選ぶ努力をしたということでお許しをいただきたい。本書を通してチャンドラーの作品の魅力が深まれば嬉しいし、三者の訳文を通して翻訳の面白さ、ひょっとして難しさ、つまりは翻訳という作業のコツみたいなものがわかってもらえれば、望外の喜びということになるだろう。
上記内容は本書刊行時のものです。