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太宰治 母源への回帰
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2013年6月
- 書店発売日
- 2013年6月30日
- 登録日
- 2013年6月5日
- 最終更新日
- 2013年7月10日
紹介
太宰治を母源喪失の観点から分析する、
かつてない太宰治論。
北海道を代表する詩人であり、
太宰治とルーツをともにする著者が、
太宰治の心の深奥に迫る。
太宰治ファン 必読の書!
目次
Ⅰ 母源へのいざない
1 母源喪失のいたみ ―母たねからの隔離と、代母としての乳母と叔母きゑ― 8
2 津軽・母源世界の差し招き―育ての乳母タケの出現― 23
3 没落縄文人のいざない―津軽の民タケ― 33
Ⅱ 地母神コンプレックスの曙
1 根源世界への誘導者・タケ―縄文人タイプへの帰還― 44
2 地母神コンプレックスの罠―タケの母性我― 51
3 エロスの虹―太女神・遮光器土偶・巫女― 58
4 地母神シフト―タケからの分離とイタコ化― 65
5 不義の子感覚―創作衝動の擬似針― 71
Ⅲ 母源奪還の旅
1 「日常我」と「非日常我」と「包摂我」の三極構造 84
2 憑依としての「非日常我」―小説『哀蚊』と『斜陽』― 103
3 一瞬の母源奪還―小説『新樹の言葉』を中心に― 111
4 擬人化論の愛―小説『富嶽百景』を中心に― 126
Ⅳ マルキシズムへの母源迷走
1 通過儀礼のアーチ 152
2 「原始共同体」への回帰願望 159
3 生活共同体論への回心 163
4 母源への迷走 169
Ⅴ 母源の遁走
1 エロスの罠 178
2 エロス・タナトス共時現象としての自死 181
3 母源奪取としての女性愛 185
4 殉死衝動 189
5 永遠のノスタルジア 194
6 地母神を犯す 202
7 快楽原理としてのエロスと、現実原理としてのタナトス 210
8 母源の遁走 222
あとがき 227
前書きなど
あとがき
常々、私の出自は、津軽の縄文世界であり、私の曽祖父母の生きた五所川原の金木丘陵に今も残る六千年前の原子遺跡こそは、私の遠祖の地と信じて疑わない私が、最初に出会った同胞は、意外にも、『パパラギ』(岡崎照男訳 立風書房刊)と題された本で人類の原郷を鋭く言い当てた、南島人のツイアビだった。
西サモア・ウポル島・ディアベア群の長ツイアビは、パパラギ(白人のこと。天を破って現れた人の意)の住むヨーロッパを訪れ、「この文明は誤りである」と明快に断じたのだった。
ツイアビは、パパラギに、言う。
「きみたちはわれわれに光りを持ってくると信じているかもしれないが、本当は違う。きみたちはわれわれを暗闇の中に引き込もうとしているのだ」
この言葉は、私たちの列島(今のニホン)で一万数千年以上もの昔一万年以上の長きにわたって、〝大自然の理を重んじ、それに背く人工的な営為を厳しく抑制し、争いを避け、小さな共同体を中心に、言霊文明の郷を築き上げた”といわれる縄文人が、やがて、武器と階層化社会の仕組みを携えて大陸から渡米した弥生人たちに向かって、怒りと抗議と絶望をこめて言った言葉と、全く同じものだったのだ。
それ以来、ユーラシア系文明世界に組み込まれてしまったこの列島が、物資・技術文明の恩恵と引き換えに甘受してきた、戦争・戦争……そして遂にヒロシマ・ナガサキ……そしてフクシマの悲劇……
二〇一二年五月、青森県五所川原市原子を訪れた私に、藪鶯が、愛しく泣いた……六千年前に行方不明になった私への悲歌のように。
原子一族の揺籃の地とおぼしき、梵珠山地の果てに立って、私の魂は慟哭した。
緑したたる母郷を追われ、流民となって文明の瓦礫の野をさすらった原子一族の末裔たる私が、野垂れ死に寸前の身を、やっと、母神の胸に返済できたのだ。
里山の風は、エロスのささやきで、私の裸身を洗った。黙って草葉のそよぎに身を委ねるだけで、体の芯から湧いてくる恍惚感。
あ、これが、六千年前の縄文人である私の遠祖が味わったと同じ、暮し人の多幸感か。
巨大熊蜂が私の髪にまつわったが、「こんにちは! 六千年ぶりの再会だね」と話しかけると、「今日はいい日じゃ」と呟いて飛び去った。
背の金毛を見送って、ふと、思った。
古代人類史を彩ったユーラシア大陸系の黄河・インダス・メソポタミア・エジプト・エーゲなどの文明と較べ、暮し人の多幸感という尺度で見れば、縄文文明は、比較にならない程の勝れ物ではなかったのか。
たしかに、農耕・牧畜・貨幣・交易・都市・鉄器・軍事・政治・国家・文字・法・数学・医学など、どちらかといえば人工技術優位の大陸系古代文明の成果は、計り知れなく大きい。
だが、文明の逆機能現象としての環境破壊・経済動物化・階層社会化・貧富格差増大・人間疎外・支配層優先・権力抗争・戦争多発などの負の遺産も、また、巨大であり、暮し人は常に虐げられる運命に泣いてきた。
それに反し、大自然との共生に基づく縄文文明は、かつて古代ギリシアの植民地イオニアに一時栄えた〝イソノミア”という無支配・自由の平等世界や、王も政府もない一時期のアイスランド、更には一八世紀の米国にみられる〝タウンシップ”の共同自治社会などに共通する〝民が主”の共生社会を、一万年以上も維持したのであった。
それらの〝暮し人の多幸感”優先の世も、ユーラシア系文明の容認する暴力としての軍事攻撃によってあえなく滅び、または吸収され、二〇世紀という世界規模の大量無差別虐殺時代を迎える。
津軽縄文人の末裔とおぼしき太宰治は、彼の深層心理に根深く浸潤した絶滅種族の怒りと怨念と絶望感を、あくまでも彼自身の個人的な人生経験として絞り出し、極私化し、美学化して、優れた多くの文学作品に形象化した。
まさしく、二〇世紀の敗残縄文人として、ユーラシア系文明の虜となって生きるしかない己と他者と群人の悲惨な末路を美しく描き上げた太宰治。
二一世紀になって、更に進んだ縄文研究は、多くの知見を私たちにもたらしている。
絶滅縄文人の怒り・怨念・絶望感を太宰治と共有する私は、どうすればそれらを超克できるか、という難題に、今、直面している。
二〇一三年春
原子 修
上記内容は本書刊行時のものです。