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シューティング・スター
原書: shooting star
- 初版年月日
- 2012年6月
- 書店発売日
- 2012年6月25日
- 登録日
- 2012年6月1日
- 最終更新日
- 2012年7月26日
紹介
豪の人気作家、P・テンプルによる、ハードボイルドな犯罪小説。
第6回翻訳コンクール最優秀者翻訳作品。
かつて軍人、警官と二つの職業を経験し、心に深い闇を抱えたフランク・コールダーは、現在交渉人を生業としている。命の危険にさらされることも少なくない、不安定極まりない仕事である。
そんな彼に、経済界を牛耳るカーソン一族の長パット・カーソンから突然の依頼が入る。パットの曾孫が誘拐され、犯人に身代金を届けてほしいというのだ。警察に助けを求めず、自分に頼む理由は何なのか、疑問を胸にフランクはカーソン一家の住む屋敷に向かった……。
前書きなど
訳者あとがき
本書はメルボルンを舞台にしたオーストラリア発の現代ハードボイルド、『Shooting Star』(一九九九)の全訳である。著者ピーター・テンプルは処女作『Bad Debts』(一九九六)にて豪州の優れた犯罪小説に贈られるネッド・ケリー賞新人長編賞を受賞、三作目の本書にて二〇〇〇年、同賞の最優秀長編賞を受賞。現在は本国のみならず、海外からも支持を集める人気作家である。本書もイギリスの出版社から再版されたほか、ドイツおよびポーランドでも翻訳出版されている。邦訳としては、本書が二冊目にあたる(一冊目は『壊れた海辺』原題『The Broken Shore』、土屋晃訳、二〇〇八、ランダムハウス講談社文庫)。
物語は〝帝国〟とまで称される大財閥、カーソン一族の少女誘拐事件に端を発する。身代金の運び屋として選ばれた主人公フランク・コールダーは元陸軍将校、かつては警察の人質交渉人を務め、現在はフリーで調停や交渉の仕事を請け負っている。と書くと、いかにもタフガイの印象を与えそうだが、フランクはいわば疲れたタフガイ、過去の悪夢に悩まされ、日々のつらさを酒でまぎらし、癒しを求めて園芸講座に入ったような人物だ。繊細かつ頑固、良くも悪くも倫理観と責任感が強く、そのため報酬目当てだったはずの仕事で、どんどん泥沼にはまっていく。
脇役陣にも主人公と同様、フランクの元戦友でアソシエート事業提携者を務めるミックことマイケル・オーロフスキー、警官時代の同僚ジョン・リカード・ヴェラ、フランクが思いを寄せる園芸講座の講師コリン・マッコールなど、ひと癖ある人物が揃っている。
次々に暴かれていく、美しくも冷たい富豪一族の闇。そのサスペンス溢れる物語展開もさることながら、彼らによる皮肉のスパイスのたっぷり効いた、本気とも冗談ともにわかには判じがたい掛け合いも本書の大きな魅力となっている。削ぎに削いだ、無愛想とも思える文章の中にさりげなく光る叙情も、実に味わい深い。
こういった作品の常として、本書にも多くの人物が登場し、中にはまぎらわしい名前もいくつか混じっている。よって読者の皆さまには、特に中盤ほどまでは冒頭の登場人物表を何度も見返しつつお読みいただくことになるだろうが、そのわずらわしさもある意味では〝一族もの〟の海外小説を読む醍醐味―そう開き直って、気長なおつきあいをお願いしたい。
ところで、本書に登場するフットボール(フッティ)は、正式名オーストラリアン・フットボール。メルボルン発祥といわれ、とりわけこの街で圧倒的な人気を誇っている。競技はMCG(メルボルン・クリケット・グラウンド)などのクリケット場を転用して行なわれている。犯人指定の場所についてカーソン一族の長男トムが「なぜMCGなんだ?」と訊いた際、「ここはメルボルンですよ」とオーロフスキーが答えたのは、このあたりの事情によるものと思われる。
インターカレッジ札幌主催の翻訳コンクールを通じ、本書を訳す機会をいただいた。さきほども触れた通り、皮肉と冗談が入り混じり、かつ説明を極力省いた行間の広い文体とあって、訳出は難しく、もう無理だと頭を抱えることもしばしばだった。それでもようやく本書を読者にお届けできるのは、訳者を温かく励まし、原稿をきめ細かくチェックしてくださった山本光伸先生、青山万里子氏をはじめとする柏艪舎編集部の皆さまや、くどい質問に辛抱強く答えてくださったIvan Todd先生のお力があったからである(言うまでもなく、訳文の不備はすべて訳者の責任である)。この場を借りて、心よりお礼を申し上げたい。
最後に、いつも支えてくれている両親と友人たち、そして祖父母に深い感謝を捧げたい。
二〇一二年初夏
圭初幸恵
上記内容は本書刊行時のものです。