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女は何を欲望するか? 内田 樹(著) - 径書房
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女は何を欲望するか?

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発行:径書房
四六判
縦195mm 横135mm 厚さ18mm
重さ 330g
216ページ
上製
定価 1,800円+税
ISBN
978-4-7705-0180-6   COPY
ISBN 13
9784770501806   COPY
ISBN 10h
4-7705-0180-3   COPY
ISBN 10
4770501803   COPY
出版者記号
7705   COPY
 
Cコード
C0010
一般 単行本 哲学
出版社在庫情報
品切れ・重版未定
初版年月日
2002年11月
書店発売日
登録日
2015年8月22日
最終更新日
2015年8月22日
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紹介

【「万能の理論」は、どのようにして、その思想的役割を終えるのか?】

フェミニズムは、マルクス主義と同じように「20世紀の遺物」とみなされはじめている。「破壊の思想」は、新しい社会を構築する術をもたなかったようだ。フェミニズムがどれほど意識の覚醒を説いても思想的「うんざり」度が昂進するばかり……。
しかし、私たちはその「善いところ」はしっかり汲みとっておく必要があるだろう。
文学論と映画論から、フェミニズムの核心に鮮やかに迫る、問題の書。
(コレを読むと、「おじさん的思考のマナー」を養うこともできます。)

目次

ショシャーナ・フェルマンの「トラウマ論」、リュス・イリガライの「女として語る語法」、シモーヌ・ド・ボーボワールの「女性版ヘーゲル主義」、ジュディス・フェッタリーの「抵抗する読者」論など、フェミニスト批評理論の基幹的主張をかたっぱしから撃破する命知らずな知的冒険(というか知的自殺?!)
さあ、著者はフェミニストの猛反撃に耐えて生きて2003年を迎えることができるか。


まえがき――私がフェミニズムについて知っている2,3の事柄

◆フェミニズム言語論◆

□「女として語る」ことは可能か?
  女の謎/他者の言葉/言葉の檻
□フェミニズム言語論の基本構制 
  問題の所在/シモーヌ・ド・ボーヴォワール/
  リュス・イリガライ
□女性と言語――ショシャーナ・フェルマン
  性化された語法/抵抗する読み手/懇請する読み/
  「女として読む」ことの困難さ/抵抗と逸脱/
  バルトのテクスト論
□女として「書く」こと
  言語はほんとうに「性化」されているのか?/女性の伝記/
  私と言葉の乖離/トラウマ
□「私」の創成    

◆フェミニズム映画論◆

□エイリアン・フェミニズム―欲望の表象
  屋根の上の赤ん坊/体内の蛇/性関係と映像/母性の復権/
  憎悪の映像/「物語」のために
□ジェンダー・ハイブリッド・モンスター
  抑圧されたことば/自立する女性と攻撃的性欲/
  同志的母子関係と不能の男たち/
  デジタル・セックスのアナログ化/
  ラディカル・フェミニズムへの嫌悪/
  アモルファス・セックス/
  デジタル・ボーダーの破壊と再生/世界の基底

あとがき

前書きなど

【フェミニストたちはかつては本当に輝くように魅力的な存在だった……】

おじさんたちが若い頃、「いい女」はだいたいみんなフェミニストだった。だからもちろんおじさんたちはフェミニズムを断固支持した。当たり前だよね。「いい女」と仲良くするというのは「ストリート・ファイティング・キッズ」にとって人生における最大の目標なんだから、自余のことは論ずるに足りない。
 そうやっておじさんたちは「いい女」とわりない仲になった。しかし、おじさんたちはフェミニストと「家庭を持つ」ということがどのようなカタストロフをもたらすのかを知らなかった。そして、ほとんど例外なく、ぼろぼろになって中年を迎えることになった。どうして、刺激的で知的でエロティックで幸福な前代未聞の開放的な男女関係をもたらすはずの「イズム」がおじさんたちにこんな酷いしうちをしたのか、その理由がどうしても分からなかった。
 オレたちが何をしたっていうの?
おじさんたちはその癒されぬトラウマを抱えていま老年期を迎えようとしている。ぼちぼち誰かが「あれはさー、実はこうゆうことだったんじゃないかなあ?」と説明しないといけないと思う。私たちが少年だったときに、輝くように「いい女」だったあのフェミニストの少女たちがそのあとこれほどまでに私たちを痛めつけることになったのはなぜなのか。それは私たちが、言われるように、骨の髄まで、回復不能なほどに「父権制的」だったからなのか。それともあの「イズム」には、「期間限定」とか「地域限定」とかいう条件がついていて、それを適用するとあまりいいことが起きないような人間的活動(結婚とか)があったからなのか。
私はそれを知りたいと思って、この本を書いた。
(web日記より)

版元から一言

「男性中心主義」のこの社会を壊した後、フェミニズムはどういった構想でこの社会を築いていくの?という「素朴」な問いから考えていくような本です。

著者プロフィール

内田 樹  (ウチダ タツル)  (

1950年東京生まれ。東京大学文学部仏文科卒。東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。東京都立大学人文学部助手を経て、神戸女学院大学文学部教授。

専門:フランス現代思想、映画論、武道論。

著書:『映画は死んだ』(松下正己との共著、いなほ書房、1999年)、『現代思想のパフォーマンス』(難波江和英との共著、松柏社、2000年)、『ためらいの倫理学』(冬弓舎、2001年)、『レヴィナスと愛の現象学』(せりか書房、2001年)『「おじさん」的思考』(晶文社、2002年)、『寝ながら学べる構造主義』(文春新書、2002年)ほか。

訳書:レヴィナス『困難な自由』、『タルムード四講話』、『観念に到来する神について』(いずれも国文社)ほか。

関連リンク

内田樹の研究室

上記内容は本書刊行時のものです。