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“特色金を使うと売れる”というジンクスを作ってみたい

 もうすぐ9月14日発売の新刊『イスラムと音楽』のカバーは特色の金色を使っています。紙も独特の手触りのある紙を使っています。手前味噌ながら、なかなか素敵に仕上がったなぁと感じています。ということで、新刊の紹介も兼ねつつ、今回は、こういう特色金を使った装幀の本ができるまでの弊社のデザイン史を振り返ってみたいと思います。

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【画が苦手な子】
 私の数ある苦手科目の1つが美術でした。小学校までは遊び半分で楽しく過ごせた教科・図画工作でも、中学に入ると実技がまるでダメ。はっきりと画の才能のなさを実感したものでした。曾祖父は画を描いて生活していた人なのに(今年、福井で回顧展を開催していただきました)その才能は遺伝しなかったようです……。唯一、自分で画らしい画が描けた(と思われる)のは、仮説社さんや太郎次郎社エディタスさんから本を何冊も出している、松本キミ子先生が美術の先生だった時です。それまでリンゴを描いてもまったく立体に見えないどころかリンゴにも見えないモノが、キミ子先生の言う通りに描いたら立体に見えたのです。この時はうれしかったなぁ。

【デザイナーとして】
 そんな私が出版に関わるようになり、制作などもするようになって、なんとカバーのデザインをすることになろうとはキミ子先生も思うまい。編プロ時代に緊急の仕事で「カバーデザインもまとめてお願い」と言われて、なんとデザイン料までいただいてカバーデザインをしたことがあります。とある老舗版元から出版されたその本。つい最近、重版になって刊行が続いていることを知って、赤面することしきりでした。プロらしくないデザインが効果的だったんだと思いたい……。
 弊社スタイルノートを立ち上げた当初は、経費を節約するためにカバーデザインは自分でやっていました。著作権フリーの素材を組み合わせたりすると、なんとなくかっこよく見えたりもすることもあるもので、いまだに版を重ねているものもあります。ということは、世の中に「デザイン・池田茂樹」の本が複数の版元から現在も出版されて書店に並んでいるというトンデもないことがおきているということで、出版という世界は本当に懐の広い世界だなぁとシミジミ思う今日この頃です。
おわり…… ではなく。

【デザイナーなんかじゃない】
 パクリはせずとも才能の無い私が厚顔無恥な振る舞いを続けるわけにもまいりません。私がデザイナーを名乗ったら世のデザイナーさんから猛烈な抗議を受けます。他社さんのかっこいいカバーデザインなどにもあこがれて、版元ドットコムの仲間の人々から本物のデザイナーさんを紹介していただいたりして、その後は専門家にお願いするようになりました。おかげで、カバーデザインで苦しむことが無くなったという次第です(といいつつ、その後もほんの少しだけ「デザイン・池田茂樹」があります)。

【特色金を使ったデザイン】
 ところで、専門家にお願いするようになってから、金色を使ったデザインの本が何点かあります。金色という色は不思議な色で、CMYKからもRGBからもうまく作り出せません。例えば、金管楽器がピカピカしている写真を見ると金色だと感じますが、そこだけを切り取って表示すると茶色があるだけです。金や銀に見える状態を作り出すことはできますが、金や銀を表現するには、金色、銀色のインクを使うしかないようですが、逆に言えば、金や銀を使ったデザインは手強い相手なのかもしれません。
 最初は、2010年6月に刊行した『モノクロ×ライカ』。写真家の秋山泰彦氏の写真集で、本文はダブルトーン印刷。カバーが金と黒の2色刷です。オビに使った写真は本文にも登場しますが、金色をかけあわせた幻想的なオビになりました。
 次が、2年前の2013年8月に刊行した『父・バルトーク』です。作曲家バルトークの後半生の知られていなかった真実がはじめて日本語で紹介されたと話題にしていただいた本です。カバー特色金とスミの2色刷。オビはスミ1色で、なかなか個性的な本に仕上がりました。はじめてのハードカバーの厚みのある金色の本。ちょっと嬉しかったものです。
 今年の7月に刊行した『スカラ座の思い出』。オペラの殿堂、ミラノ・スカラ座のコンサートマスター(オーケストラ全体のリーダー)から見たスカラ座の歴史という、これまでに無かった視座の本です。これも金インクを使おうということになりました。『父・バルトーク』と同じ金という提案があったのですが、それだとシリーズものみたいになりはしないかということで悩みました。輝くようなパープルの特色という案もありましたが、デザイナーさんから提案を受けたのが女神インキを使うという案。女神インキは、金や銀、そしてブラックで多様なインクを作るインク会社だそうです。見本を見ましたが、金色にしてもブラックにしても色様々。ひとくちに金色といっても、全然違う金で、ちょっとしぶいカバーに仕上がりました。色の選定過程では、印刷会社さんにも協力してもらいました。実際に印刷機にそれぞれ候補の特色のインクをのせて見本を刷出してもらったのです。

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※写真:本紙校正3種類。2015年8月21日から東京・表参道の山陽堂書店で開催された「本の産直市・夏まつり」の展示から

 続いて、間もなく9月14日発売の新刊『イスラムと音楽』。イスラム世界では音楽が禁じられているのではないかとよく言われる点を解き明かした意欲的な本です。これも金とスミの2色刷となりました。実は最初カバーは、金とスミとマゼンタの3色刷を予定していました。

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※写真:コート紙に、特色金・スミ・マゼンタの3色で刷ってもらった本紙校正

しかし、本紙校正が出てきたところで「マゼンタ版が無いほうがいい」とのデザイナーさん判断で、マゼンタ抜きに。さらに、カバーの紙もOKミューズガリバーというちょっと風合いのある紙を使うことに。金ならコート紙でピカピカ光らせるものだと思い込んでいましたが、これまたおもしろい金になるものです。

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※写真:OKミューズガリバーに、特色金・スミの2色でニス引きして刷ってもらった一部抜き。表紙は濃い茶色のGAクラフトボード-FSという紙に特色金1色で刷っている

 金色とひとくちに言っても、さまざまな種類の金色インクがあり、さらに、それを刷る紙によって様々に変化し、さらに、PPをかけたりニス引きをしたりで印象が変わりと、同じ色でも多様に変わっていく様子を目の当たりにすると、プロのデザイナーさんのすごさを改めて実感します。

【“特色金を使うと売れる”というジンクス】
 こうして特色金を使った本を眺めてみると、じっくりと売れ続けている本が多い気がします。1冊目は重版となりましたし、2冊目ももうすぐ重版状態。3冊目は出たばかりですがなかなか好調で、4冊目は前評判がなかなかよいのです。3冊目、4冊目が長く売れてくれるといいなぁという願いもこめて、特色金を使うと売れる、というジンクスを作りたいものです。

【おまけ】

 こうやって装幀の面白さに目覚めるとちょっと危険です。美術の成績も忘れて、次は変わった加工の本とかも作ってみたくなってきます。

 毎年、高円寺で開催する「本の産直市@高円寺フェス」や大阪の紀伊國屋書店グランフロント店など各地で開催している「本の産直市」イベントでごいっしょする版元さんの本を見ていると、時折びっくりするような作りの本があります。
 中でも仰天したのが、港の人さんの『胞子文学名作選』。ただ見るだけでもびっくりしますが、お話を伺いながら手にとって中身を見るとここまで凝ることができるのかとさらにびっくり。しかも、ウチがいつもお願いしている印刷会社さんが作っているので、やろうと思えばここまでできるのだという見本になってしまっています。
 共和国さんの『遊廓のストライキ』。この装幀も、非常に凝っていて、どういう仕組みになっているのか現物を見ると驚きます(この驚きの装幀は初版分だけだそうですが、増版分も凝った作りです)。

 もっとも、弊社にもちょっと変わった装幀や作りの本が実は少しあります。
 その代表が『考える衣服』。新極透明紙という透ける紙(トレーシングペーパーのような)を使って、その紙を折ってカバーのサイズにしているのですが、その際に、折り重なる部分を計算して、紙のあちこちに書名等を校正する文字が印刷されています。折って透けて裏から見えるという計算の文字もあり、当然、裏表逆に印刷されている部分もあります。結構印刷会社の現場では間違って刷られていないかを確認するのに苦労したそうです。おかげで、スミ1色の印刷でありながら、濃い文字から淡くぼんやり見える文字など、不思議なテイストを持ったカバーになっています。
 もう1つが『ナナセンチ』という本。本全体がタイポグラフィを活かした作りになっていて、ここかしこに文字で作られたデザインが現れます、表1と表4がつながっていない表紙も特徴的。背はノリ付けと糸かがりが丸見えなのですが、そこにも文字を使ったデザインがほどこされています。そして、タイトルは箔押しされていますが、その箔押しも本の随所にほどこされています。

 こうして、自分が作り手となって本に携わってくると、本がただ情報を収納しただけの物ではないことに改めて気づかされます。弊社のように少ない部数の本を作る版元だからこそ、本を選ぶ時のワクワク感や手にした時の満足感を読者にもってもらえるような本を作っていきたいなと思っています。

【さらにおまけ】

 前述の写真にもあるように、比較用の本紙校正を、今年2015年8月に東京・表参道の山陽堂書店さんで開催された「本の産直市・夏まつり」で展示したところ、何人かの方と本紙校正の話題になりました。「ウチは本紙校正なんて全然出したことないなぁ」というベテランの方。「え? 普段本紙校正とらないの? いままで出した本、全部本紙校正出してるよ」という方。また、「本紙校正出しても実際の印刷では色変わるから意味ないのでは?」という声もあり、それもまさしくその通りで、本番になると色の調子が変わってしまうことは珍しくありません。その一方で、「本紙校正と色が変わっちゃ困るから、色が変わるような印刷所は使えない」という厳しい声も。それぞれの版元の考え方、それぞれの本の内容などによって、印刷に対する思いもいろいろあるのですね。
 「本紙校正ってお高いんでしょ?」という方もいらっしゃいました。印刷会社によって違うのかもしれませんが、弊社でお願いしている印刷会社は思ったほど高い金額ではありませんでした。最近は、この本紙校正を刷るための平版印刷機が減少傾向にあるそうで、ひょっとすると将来「本紙校正なんて贅沢な時代もあったんだよねぇ」ということになるのかもしれません。

“特色金を使うと売れる”というジンクス。できるといいなぁ……。
 
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