編集と執筆の二兎を追う
このところ、刊行書籍が一定時期に集中しがちだ。2014年は10点のうち4点が10月と11月だった。15年は上半期がわずか3点で、5・6月はゼロ。バランスが悪すぎる。資金繰りにも多大な影響を与える。それに、3カ月も発行しないと「コモンズは経営が危ない」と言われかねない。連休明けから必死に原稿とゲラを読んで、つい先ほど新刊『「走る原発」エコカー』(上岡直見著、定価=本体1500円+税)を校了した。
安倍政権が掲げるいわゆる「成長」戦略(改訂版は2015年6月30日に閣議決定)は、およそ環境や国民の健康への配慮が乏しい。それでいて、なぜガソリン車の代わりに燃料電池自動車を強力に推進し、施政方針演説で「全国に水素ステーションを整備」などと言うのか。ぼくは不思議に思っていたが、その謎はこの新刊の原稿を読んで解消された。燃料電池車の燃料となる水素は、高温ガス炉という新形式の原子炉で製造されるのだ。
自動車と原子力を結び付けて原子力利用を電力需要以外に拡大し、原発を延命しようというのが、安倍政権や原子力推進者のもくろみである。さらに、電気自動車やプラグインハイブリッド車の動力源は、いうまでもなく電気だ。振り返ってみれば、あれだけ節電が強調された2011年ですら、電気自動車を止めようという声はあがらなかった。この本では京大を定年退職されて松本市へ移住した小出裕章さんにお願いして、冒頭対談を組んだ。そこで、小出さんはこう言っている。
「ゲラを読ませていただきましたが、ご指摘のとおりです。私も水素エネルギーなんてインチキだし、水素を高温ガス炉で作り出して原子力を復活させるなんて本当にばかげていると思ってきました。それについて詳しいデータをつけて、こうして一冊にまとめてくださったわけですから、感謝します」
ところで、2015年の刊行点数が少ない最大の理由は、去年の晩秋から今年の早春にかけて、編集の仕事とNGOの活動の合間をぬって本を書いていたからだ。前著『地域の力――食・農・まちづくり』(岩波新書、2008年)は思いがけず好評を博し、13刷にまでなった。それは、多くの人たちが安倍政権の目指す経済成長偏重社会とは異なる方向性や生き方を求め、その具体的なあり方を模索していたからだろう。東日本大震災以降、とくに若者を中心にその傾向は強くなっている。
その結果、都市から地方への人口移動(田園回帰)が起き始めている。過疎という言葉が生まれた島根県では、山間部や離島の4つの町村で人口が社会増になった。彼らの価値観では、田舎は避けたり嫌うべきところではない。もっとも流出が激しい20~30歳の女性の人口が増えた町もある。いったい、なぜなのか。
新たに書き下ろした『地域に希望あり――まち・人・仕事を創る』(岩波新書)では、地道に魅力ある地域づくりを行ってきた各地のケースを丹念に取材し、人びとの声をひろい、本当の豊かさとは何かを示した。いずれもIターン者が多く、多くでNPOや住民グループの活動が盛んだ。ほとんどが、ぼくが以前から注目し、訪ねていた地域である。とはいえ、本にまとめる以上、当然、再訪しなければならない。昨年秋以降、楽しい取材が続いたが、編集者としての仕事には確実にしわ寄せがあった。
いまは編集者モードに戻っている。今年も9月以降に新刊が集中しそうだ。
「二兎を追う者は一兎をも得ず」と言われ、多くの場合それは正しいけれど、欲張りなぼくはどちらもそこそこ得たい。幸い『地域に希望あり』は好評のようで、5月下旬の刊行から1カ月足らずで9紙・誌に、書評や紹介記事として取り上げられた。目下の最大の悩みは、肝心のコモンズの本がなかなか売り上げを伸ばせないことだ。可愛い兎を二匹、手に入れたい。
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