絵本専門士養成講座
先般、「絵本専門士養成講座」を受講し、「絵本専門士」の認定を受けました。この講座は、
国立青少年教育振興機構が主催するもので、半年間の講座を受け、規定の単元数を修得し、必要な資質や能力を備えていると認められれば「絵本専門士」として認定されます。
今回は、この講座のことを紹介させていただきます。本講座は、2014年に始まったばかりの新しい資格の企画で、私が受講したのは、第2回目で2期生ということになります。国立青少年教育振興機構は文科省の所轄機関で、この講座によって、絵本の専門家を育てて絵本の普及に役立てたいということです。絵本専門士の活動内容は、特に限定されているものではないのですが、一例を紹介すると、保育園、小学校、図書館、書店などでの読み聞かせ活動、また、読み聞かせ活動しているグループの支援をしたり、絵本の研究会や講座を開催させるなど。
この講座の講師は、大学教授、絵本作家、編集者、図書館長、人形劇団主宰者、書店社長など、あらゆる角度から絵本の研究をしている人たちで構成されています。
講座は、知識、技能、感性という三つの観点から構成されており、上記の講師陣がそれぞれの専門から、大変興味深い講義を披露してくれました。
印象深かった講義を紹介しますと、まず、児童文学作家の「村中李衣」氏の講座です。
村中氏は、小児病棟や児童養護施設の子どもたち、高齢者、女性受刑者などに向けて、読みあい(読み聞かせのこと)の活動をしています。その中で、女性受刑者に対しての実践ですが、これは、元々イギリスで20年ほど前から行われているプログラムだそうです。目的は、女性受刑者と家族の絆をとりもどしたり深めること。女性受刑者に絵本を1冊選んでもらい、練習してから、家族に向けて読んでもらいます。それを録音してCDにして絵本と一緒に家族に渡します。これが、驚くほどの効果があり、女性受刑者の心を開かせ、家族や人との繋がりを大切にする気持ちを育てるのだそうです。絵本は、シンプルな話に明快な絵がついており、読みあえば、読み手と聞き手が共に絵本の世界に入ることができ、心の深いところでの繋がりができるのでしょう。村中氏の読みあいについては、著書「子どもと絵本を読みあう」(ぶどう社刊)に詳しく書かれています。
また、これは別の講義ですが、絵本の読みあいをすると人の腦にどんな変化があるのかを研究された論文があり、それについて考察するというものがありました。人間の腦の血流は、前提として、活性化すると増加し、リラックスすると減少するのだそうです。絵本の読みあいをしたときの測定値ですが、聞き手は、腦血流が減少し、読み手はそれが増加したと報告されています。子どもが母親から絵本を読んでもらうと、いい気持ちになって、ときには眠ってしまうというのは、そういうことなんですね。ところが、絵本の音読に慣れている人は、読んでも腦血流が減少していたとのこと。このことによって読み手も熟練して、読むことに心地よさを感じるレベルになると、腦血流は減少に転じると推測されるということが述べられています。(日本読書学会発行 読書科学第56巻第2号より)
この研究論文から、何度も子どもに絵本を読んている母親は、読んでいてもリラックスしているので、子どもと絵本世界を共有して繋がり、それがかけがえのない幸福なひとときになっているということが読み取れます。
また、別の講義になりますが、滋賀県の図書館長をされていた才津原哲弘氏。この方のことを、ある専門誌では、自殺をしたい人が死ぬのを止めたくなるほど魅力的な図書館をつくる人だと紹介していました。現在の図書館は3種類に分けられるそうで、一つは、図書館という看板の下がった役所。二つ目は、無料の貸本屋。三つ目が本物の図書館。この本物の図書館とは、どういうものでしょうか。図書館には、生きる知恵がつまった本がたくさん蔵書されています。希望を失っても図書館にいけば必ず生きる力となる本があり、そこが、自分にとっての最高の居場所になる。図書館は、本来そういう場所なのだから、細かなところまで配慮した設計をするのだそうです。児童書コーナーは、子どもの目線に合わせて低くしてあり、上の棚には、子育ての本を並べて親が本を選べるようにする。そして、なるべく閲覧スペースと本棚を切り離さないで、本を取ってちょっと腰かけられる席をあちこちに設置するとのこと。それから、肝心要が司書の問題で、毎日利用者と接しながら、どんな本が求められているかを的確に把握していかなければならない。出会いの積み重ねが司書を育て、図書館を本物にしていくということでした。
このように本来の図書館は、読者にとっては、自分の居場所となり、自殺をしたいと思っている人には、その心によりそい、生きる力を与えるところなんですね。
少しだけ講義の内容を紹介しましたが、他にも絵本を実際に制作したり、書評の書き方を勉強したりと、絵本の専門家を育てる講座なので、絵本好きにとっては、大変興味深い講義ばかりでした。
大変だったのは、講義の事前と事後に提出しなくてはならない課題です。提出した課題レポートは、それぞれの講師が評価し、必要な知識や能力を修得できたか判断されます。次回の講座のとき、今回受けた単元を得られたか、得られなかったかがわかります。この方式だと受講生は、かなりの労力と集中力を駆使して課題制作に取り組まなくてはならなくなります。
絵本には、いろんな効果と可能性がありますが、まずは、人が初めて「文字」と出会い、絵の助けをもらいながら、言葉と文字の繋がりを認識させてくれるものと言えます。子どものときに「読みあい」をたっぷりとしてもらった子は本好きになります。そのような子は、中学・高校と一時期、本離れしても必ず活字に戻ってきます。未来の出版文化を支える読者を育てるには、絵本の「読みあい」が必須と言えます。
これを読まれた皆さんの中にも絵本のことを深く研究し、絵本世界のことを広げたいという気持ちのある方がおられましたら、ぜひこの講座を受けてみてください。
絵本専門士養成講座
http://www.niye.go.jp/services/plan/ehon/yousei.html