「ソロバンに長けた放浪者の道とは?」
東京のギャラリストたちとアートのコレクターと一緒にアートブックの出版社を作ろうと始まったのが、このユナイテッドヴァガボンズ。訳すと「連帯する放浪者」という意味だ。外国人にこの名刺を渡すと、たいてい笑われる。放浪者と連帯というのは最も対極にある言葉だから。しかし、アーティスト、そしてアートを扱うギャラリスト、さらに僕のようなフリーランスの編集者というのは現代の放浪者/ヴァガボンドではないかと考え、それらが集まることで文殊の知恵ではないが、個々では出来ないことが出来るはずと信じて始めたのがこの出版社。ギャラリストやコレクター、そして自分が出資しあって作った組合のような合同会社で、社長は僕。僕が経営する編集&クリエイティヴ・カンパニーの株式会社グーテンベルクオーケストラと同じ住所で、この出版社のためにフルタイムに働く人はいない、言わば副業出版社状態。
設立して一年少しが経ったが、本業に追われてなかなかタイトルが出ない。4冊の本をこのヴァガボンズで編集し、平凡社に発行してもらい、1冊の本、それも静岡県在住で贋作を創り続ける親子三人組、アーブル美術館の作品集「大贋作展」
というタイトルを去年出しているが、次なる企画はうごめいていても、なかなか出ない。ひとえに僕の計画性のなさと刊行見通しの甘さゆえだ。
なぜ、こんなご時世にアートブックの出版社を始めたのかとよく問われるが、理由は単純。どうせ儲からないのなら、もっとも愛着のあるものを作ろうということと、世界に流通できるものを作ろうというふたつの思いから。おかげで、前者については大変ストレスのない出版活動が出来ているが、後者の海外展開はまだまだ。そこで、海外のアーティストの本を現在いくつか準備しているが、これがサーカスの猛獣使いのような技と胆力が必要で、現在、精神的には二回くらい噛まれているところだ。
ベストセラー狙いの編集も大変だが、世界に通用する美しいものを作るという大人の中二病のような思いを抱えての編集もこれまた大変。両方経験している身としては、ソロバンが得意ながらも己の美を追求する人生というのはありえるのだろうかと常に夢想する。