創業8周年を迎えての雑感
先月、仲俣暁生さんに呼んでいただいて、JAGAT(日本印刷技術協会)主催「Page2015」のカンファレンスに出席し、ハースト婦人画報社、文藝春秋の方とともに、専門性が高めの人文系小規模出版社の実情について問われるままにお話してきました。他のお二方が華々しい成功事例をお持ちなので、いったいなにを話せばいいのやらと当初は戸惑いもあったのですが、案外話せることがあったんですよね。
考えてみたら、大ベストセラーがあるわけでも才能豊かな突出した編集者がいるわけでも画期的なプロモーションを実践しているわけでもなんでもない小出版社の地道な日常って案外語られてないかも、という気がします。
おかげさまでまもなく創業8周年を迎えるこの機会に、これまでなにをどうやってきたのか/やっているのか、どんなことを考えているのか、出版物そのものの内容は脇に置いて、いくつかのトピックについて書いてみたいと思います。
【流通】
●「(パターン)配本」に頼らず、お店からの注文に応じて出荷することを基本においています。過剰な数の新刊の中からアルテスの出版物に目をとめて注文してくださる書店の方々のおかげで、こうして出版活動を続けることができています(もちろん購入して下さる読者の皆さんになにより感謝しています。本と読者の出会いはひとつの奇跡だ)。ただ、二大取次に口座をもたずその帳合書店さんには注文扱いで納品しているとはいえ、出版業界が解決すべき諸問題の多くの原因となっているであろう委託制度の恩恵には一定程度あずかっています。
●オルタナティヴな流通を作っていきたいと考えている業界人は少なくないと思いますが、近年画期的な動きとして、直取引の方法論を確立させたトランスビューが始めた「取引代行」があげられます。これなら長い支払いサイトや低正味に悩むこともありません。そのおかげで続々と新しい小さな出版社が誕生しているのはひじょうに画期的なことだと思います。アルテスが参加している新しい試みとしては、同じくトランスビュー工藤さんの提唱で始まった「共同DM」もまた“配本しない”出版社が集まって紙の新刊案内(注文書)を全国の書店にお送りしているもので、着実に成果をあげています。
【電子版雑誌】
●PDF、EPUB、mobiファイルで制作し、ダウンロード販売する月刊誌『アルテス』を2013年9月に始めました。編集はもちろん、ファイルの制作(InDesignからのEPUB化も)を社内で手がけ、販売も自社サイトで行うという、無謀ともいえるやり方を1年半続けてみて分かったことのひとつは、「電子版は存在を知ってもらうのが難しい」ということ。逆に書店の平台や棚の力を再認識しました。途中からPDFを冊子にした紙版(POD版)も販売していますが、試行錯誤はまだ続いています。
【POD】
改訂新版の刊行やPOD版への切り替えに伴うもの以外の、不本意な絶版は今のところひとつもなく、すべてのカタログを維持しています。これはプリントオンデマンド印刷が実用性を高め、150、200といった小ロットでの重版が可能になったおかげ。用紙などの制約はあるので、本によっては重版の際のPOD化を見据えた仕様にしています。
【インターネット】
ポップやチラシをできるだけ作るようにしていますし、トークやライヴ・イヴェントも多いほうだと思いますが、アルテスの存在や出版物を知っていただくための回路として重視しているのは、メルマガの発行(「めるめる」を利用して現在2300通あまりを送信)とインターネット上での発信です。自社サイトでの告知に加えて、TwitterとFacebookに複数のアカウントをもち、投稿・RT・シェアを繰り返すことが最大のプロモーションになっています。新聞広告などマスメディアでの宣伝には適さない出版物が多い弊社にとって、個と個がコミュニケートできるインターネットの普及とSNSの定着はとても大きなことでした。
【デジタル化】
もうひとつ、インディペンデントな小規模出版社が今日成り立つ大きな要因は、組版と印刷のデジタル化ですよね。InDesignの登場によって質の高い組版を自分たちで行うことが可能になり(近年は新刊の半分近くは社内DTP)、それによって制作コストを下げられること、また、印刷工程のデジタル化によって印刷費が下がったこと。インターネットとデジタル化の進展のおかげでアルテスは成り立っているといえます。
【自社サイトでの販売】
●この2月に自社のウェブサイトを全面リニューアルしたのを機に、すべての本をサイトから直接購入できるようにしました。ご注文をいただくと、PayPalからメールが届き(電子版『アルテス』のためにビジネスアカウントを作りました)、事務所の在庫を梱包、ゆうメールで発送しています。販売ルートは少しでも多様な方がベターと考えてのことですが、予想通り販売数はきわめて微々たるものにとどまっています。
また、携帯電話への最適化は今後の課題です。
【悩みの種】
日々の伝票業務、在庫数の把握、返品の改装、重版の部数・タイミングの決定と発注、各種注文書の作成(書店用、卸用、共同DM用と、大きく3種類作っています)、献本の発送、直取引先への出荷手配と精算請求、印税や稿画料の計算と事務作業、月々の経理、毎年の決算などなどなど、どこでも事情は同じかと思いますが、刊行点数(雑誌『アルテス』POD版を除いて、まもなく100点になります)に比例して増える業務のため(売り上げは必ずしも比例しない…)、企画編集の仕事に充てる時間が圧迫されているのが目下最大の悩み。当然、自分が担当している原稿以外のテキスト(本)を読む&音楽を聴く時間もきわめて限られているので、編集者生命の危機も感じていますが、売り上げを伸ばしてスタッフを増やす方向ではなく、今の人数で可能なことを実行していくのみ。いつか打開できる日を夢見ながら。
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