紙は紙らしく、電子は電子らしく。『ぼくらの時代の本』
2014年12月15日、クレイグ・モド著『ぼくらの時代の本』を刊行しました。紙版2,000円+税と電子版900円+税、同時発売です。ボイジャーから直接売っている他、紀伊國屋書店、アマゾン、蔦屋書店などに置いていただいています。電子は達人出版会、hontoなどで購入できます。
クレイグ・モドさん、アメリカ人です。IT関係の起業家です。ユーザーインターフェースのデザインアドバイザーとして活動しています。スマートニュースやフリップボードにも関わっています。一方で、PRE/POSTという自分の出版社も持っていて、出版人でもあります。どちらが本業なのか、はっきりわかりません。おそらくは起業家の方でしょう。しかし出版も本気です。紀伊國屋書店で日本の書籍を見て、日本が好きになったという人物です。心から日本の本が好きなのです。この本の中に、PRE/POSTの本で上製本の職人さんに感動した話が出てきます。それは東京のギャラリー情報を集めた本だというから、驚きます。さらに、彼は日本語が大変上手で、通訳要らずです。しかも出版の知識を持っています。ですから打ち合わせでもまったく苦労がありませんでした。
編集・制作に苦労がなかった、という意味ではありません。具体的な工程を知っているクレイグ・モドさんは、デザイン作業、編集作業の細部までアドバイスし続けていました。編集担当者から二校を受け取ると、初校と構成ががらっと変わっている。三校を受け取ると、また変わっている。ともかく終わらない。デザイン作業が永々と続き、下版日が迫るなか、最後には、ボイジャーの編集担当者は、クレイグさんにシャラップと言ったようです。紙と電子の同時発売、言葉では一言です。実際に、紙は紙らしく、電子は電子らしく作るという方針に真正面から取り組んだ編集担当者は、もみくちゃになっていました。
[出版記念イベントで、内沼晋太郎氏を聞き役に制作秘話を語るクレイグ・モド氏]
ではなぜ、こんな多才なクレイグ・モドさんとボイジャーは出会ったか、という話に移りましょう。このことを語るならば、技術書の専門出版社であるオライリーを抜きにすることはできません。
日本では、2010年を電子書籍元年と呼んでいました。私たちもよく取材を受けていました。聞かれるのはいつも同じで、黒船はいつくるのか? アマゾンやアップルが、どのように日本市場へやってくるのか? といった話ばかりでした。一面を飾りたいだけの取材なのではないかと疑ったほどです。一方、アメリカでは、オライリーの代表、ティム・オライリーさんを筆頭に、出版界全体を巻き込んで、出版のツールの変化について、もっと深く根本的な部分に向き合う活動が生まれていました。
人が電子の本を読むとき、出版の仕組みそのものが革命的に変わるだろう。それはどんな変化なのか。編集、制作、流通が変わるのなら、出版社はどう対応したらいいのか。そもそも生き残れるのか。
オライリーは、アメリカの出版関係業界を横断するコミュニティを作り、カンファレンスを開催し、ポッドキャストで最新情報を提供しました。活動全体をツール・オブ・チェンジ・フォー・パブリッシング、出版のための変化のツールと名付け、頭文字をとってTOCと呼びました。当時の激しい論戦が『マニフェスト 本の未来』『ツール・オブ・チェンジ』という2冊の本として、ボイジャーから日本語版が出ています。
当時、ボイジャーも専有フォーマットであるドットブックとEPUBの将来に真剣に向き合っていました。もともと日本のボイジャーはアメリカのボイジャーと一緒に作った会社です。海外からの情報で、EPUBが勃興してくることを確信していました。では次の時代、どうすればいいのか、解決の方向を探していました。単純に言えば、EPUBの時代に従来どおり、アプリケーションを開発するべきなのか、迷っていました。そんなとき、アメリカにいる元USボイジャー代表のボブ・スタインが、いろいろなカンファレンスがあるけれど、これが一番すごい、と言ってきました。それがオライリーのBooks in Browsersカンファレンス(BiB)です。2010年に初めて参加をし、二度目の2011年にクレイグさんに出会いました。
BiBは小さいカンファレンスでした。参加者数は100人余りでした。ところが一騎当千で、参加者のほとんど全員が入れ替わり立ち代わり講演するのです。そんな熱気の詰まったカンファレンス、日本では見たことありません。資料をもらって満足している、質問もほとんど出ないようなカンファレンスに麻痺しかかった身としては、とても驚きました。
クレイグ・モドさんはそこで、「Beautiful Books」という講演を行いました。彼は、シンプルなUIの大切さについて話しました。本は紙でもあり電子でもある。両方とも、本である時代だと語りました。重要なことは、スマートフォンやタブレットの読書システムでは、ナビゲーションのユーザーインターフェースを一つに絞り、スワイプをしっかりキープしていくべきだと明言しました。本を模倣するならば、デザインとしては、本を読むという体験の中の感情的な体験だけ、できれば美しい体験だけを取り出したいと語りました。
少し哲学的ですが、今回刊行した『ぼくらの時代の本』では執筆者として、アートディレクターとして、その言葉を具体化している思います。紙と電子を行き来しているユニークな生き方に、出版がデジタルへ向かう今が詰まっているように思います。
2013年に企画が始まり、2014年7月の東京国際ブックフェア/国際電子出版EXPOにはチラシも配りました。9月には出ます、という告知でした。大方の予想を裏切らず、年末になってしまいました。出版記念イベントでクレイグ・モドさんはケロリとした顔でこう言いました: 確かにボクの要求は厳しかった。本文のデザインも、紙やインクの選び方も、装丁も、並外れて厳しかったはずだ。編集から黙れと言われたときにも黙らなかった。でも完成してどう? みんな幸せ、満足している。それがボクの仕事なんだ。
紙本には誰でも読めて、壊れにくく、後世に残るという価値があります。水に濡れても本質的な部分は保たれ、乾けば読めます。メディアとしては、頭抜けて丈夫です。この永続的に残るという資質は、本の質を高めてきました。Eternity、Borderless、Open、Originality、Knowledge、Socialです。出版は、著者・編集者が悔いを残さず、すべての知識を詰め込もう、オリジナリティ溢れる本を作ろう、社会に広めよう。そういう気合いをこめてきたからこそ、尊重されてきたと思います。電子本もそのように存りたいと思います。
今回クレイグ・モドさんには「みんな幸せ、満足している」と言い切れる仕事をしてもらいました。私自身、この作品の力を信じたからこそ、無茶苦茶な仕事を許すことができました。もっと言えば出版の未来を信じたから、です。これからも自分たちが信じられるコンテンツには精一杯の力を込めて、やっていこうと思っています。
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