本の底力
アルバイトで潜り込み、社員になってから9年の月日が流れた。編集者兼カメラマン兼デザイナー兼ライター兼営業マン兼社内雑用係と、零細出版社ならではの悲しきマルチぶりを発揮しつつ、なんとか本作りの世界にしがみついている。
社長を除き、出版部2人、編集プロダクション部3人のわが社は、出版の資金繰りを編プロが支える自転車操業で、今年創立15年目を迎えた。主力は北海道をテーマにした植物図鑑とガイドブック。特にガイドブックは、的確な企画のものをしっかり作れば確実に売れるだけに、今も大事な稼ぎ頭である(「2002 北海道キャンプ場ガイド」発売中!)。
でも、最近ではリクルート北海道や角川書店北海道といった大手出版社や地元タウン誌が、ムックスタイルで毎年新しいガイドブックを出してくる。おまけに、雑誌で蓄積した情報と写真を使い、価格も低く抑えられているから、従来の数年かけて売り切る単行本スタイルで対抗するのはなかなか難しい。
わが社のガイドブックに関しては、企画力と内容の信頼性で今のところ成果は上がっている。しかし出版部では、今後は低価格・大量販売が求められるガイドに頼らない、零細出版社ならではのオリジナリティある企画に力を入れていきたいと考えている。
そうした試みのひとつとして、今年の2月、「和子 アルツハイマー病の妻と生きる」(ISBN978-4-900541-42-9)というノンフィクションを刊行した。元高校教師の著者・後藤治さんは、若年性アルツハイマー病に冒された妻・和子さんを、手探りのケアで約10年にわたって介護してきた。この本は、発症から現在にいたるまでの苦難と喜びの日々を、著者自らがつづったものだ。
各種施設を利用しながら、著者は無私の心で和子さんの気持ちを汲んだ独自のケアを続けてきた。そうした“渾身のケア”によって、今も和子さんと一緒に散歩を楽しんだり音楽を聞いたりする、穏やかな毎日を送っている。これは、発症から10年もすれば完全に寝たきり、といわれてきた従来の医学の常識を覆すものだ。著者のように献身的な介護は、誰でもできることではない。でも、アルツハイマー病という枠を越えて、読むものに「夫婦ってなんだろう?」と問いかける広がりを持つ本だと思う。
刊行後、新聞・テレビなど地元マスコミに大きく取り上げてもらい、4月に入ってからは朝日新聞書評欄など中央のマスコミにも取り上げられ、今も連日全国各地から客注が入ってくる。さらに、在京の某テレビ局から取材のアプローチがあるなど、北海道限定のガイドブックでは考えられない反響の大きさに驚いている。同時に、本というメディアの持つ底力を、改めて思い知らされた気がする。
今年は、年内にあと2冊の新刊を出す予定だ。作り手の思惑を超えるような、大きな広がりを持つ本を出せればいいなあと思っている。