「全日本ゴーストライター協会(全ゴ協)」設立にあたって
「最近、どんな仕事してるの?」
「一年取材して、一冊丸ごとゴーストやって、もらった印税が6万円…」
「ええっ! 初版何部?」
「これが教えてくれないのよ。計算してみると、500部くらいだとは思うだけど。こないだ増刷していたような気もする。でも怖くてきけない」
大久保駅南口にある鉄板焼き屋「鉄板いろいろ」(おこのみ焼き1枚290円也)のカウンターで、こんな会話が、ふと耳に飛び込んできてしまいました。
30代半ばかと思われる女性の二人組。それぞれ、職業はライターとフリーの編集者らしい。
職業柄、思わず耳がダンボになります。
10人も座れば満席のカウンター、顔は知れども名は知らず。常連同士目が合えば会釈をして世間話をする程度ですが、こんな話題には、なんとなく嘴を挟みにくいもので…。
ビール片手にカウンターの端でゲラチェックしていた手元をなんとなく隠しつつ、息をひそめて、話の続きに集中します。
私の手元のゲラには、こんなタイトルが踊っていました。
5月発売予定の『捏造しない・させないための臨床研究のお作法』…。
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申し遅れました。
私は、医療系出版社、株式会社SCICUS(サイカス)の社長をしています落合隆志です。創立11年になります。
ちなみに、2013年の医療界最大のニュースは、ディオバン事件と呼ばれる臨床研究の不正問題でした。
すっかりSTAP細胞の影に隠れてしまいましたが、いま、基礎研究、臨床研究ともに日本の科学の質が根本から問われています。
この新刊企画は、5年前に『ドキドキワクワク論文☆吟味。医学統計ライブスタイル』において、ディオバン事件を予見していた山崎力先生のもの。
ディオバン事件とは、ディオバンという高血圧治療薬を巡る一連の臨床研究の不正・捏造問題の総称です。
これでも出版人。できるなら世間が注目しているタイミングで世に出したい…と思っていました。(可能なら…、みなさんも、そう思って仕事をされているでしょう?)
しかし、企画、原稿、タイミング、すべて揃ったことは、恥ずかしながらありません。
それにしても、編集を開始してから、世の中がここまで急激な展開を見せた企画も初めてです。
臨床研究を取り巻く状況がメディアで明らかにされていき、はじめはディオバン問題だったものが、あっという間にディオバン事件に変わり、厚生労働省に調査チームが結成され、まだまだもつれるかと思った矢先に、渦中の製薬企業が刑事告訴され…。
このまま注目が続く中で、なんとか出版できそうかな…と思った矢先に、この刑事告訴と時を同じくして、STAP細胞の華麗なるデビューがあったのです。
臨床研究の不正に、日本の科学の質の将来を憂えていた人たちにとって、まさに救世主。あっという間に、ディオバン事件は表舞台から消えてしまいました。
本企画でも、この歴史的発見を含めて改稿するかどうか、著者との間で話し合い…。
当初、再生医療の流れで語られましたが、STAP細胞は基礎研究、所詮マウスの細胞の仮説、かたや、ディオバン事件は、臨床研究という人体実験における不正です。
患者へのインパクトと重要性において、両者にはアリ(細胞)とゾウ(人間)以上の差があるわけです。
それでも、日本はドイツ医学に本流を置く「基礎研究大国」です。
実は、アジアナンバーワンですらない「臨床研究後進国」日本において、まず、模範とすべきは、「基礎研究のお作法」ではないか…という結論に達しました。
基礎研究のお作法、しっかりデータをとり、ノートに記録するという訓練が伝統的になされている、それを模範として、臨床研究サイドも倣うべきである。さすれば、STAP細胞のような革新的な成果をあげることもできよう!!
これは、本質的に正しいのです。しかし、STAP細胞のお作法は、我々の想像をはるかに超えていたわけです。
ニュースは問題の本質を伝えるものとは限りませんし、大きく報道されれば、極端な例は一般化されます。
仕方ない。
タイミングを先行して、本質を見誤ってはせっかくの企画が泣きます。
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鉄板焼き屋のカウンターで、いつも通りじっくり売っていこう…そう思いながら、ゲラに目を戻しました。
「なんで、ゴーストライターっていうんだろ。あたしたち、ちゃんといるよ。幽霊にさせられてるだけだよね」
「フリーのエディターも一緒だよ。ゴーストライターって名前があるだけいいかも。編集とゴーストの垣根なんて、本当に曖昧だしね。どれだけ文章書き直しても、この本のゴーストは私ですとか、言えないもん」
壁際の誰もみていないテレビニュースから、サムラカワチノカミの天空の調べが遠くかすかに聞こえてきました。
そういえば、STAP細胞に追いやられたもう一つの話題もあったっけな。
捏造、不正、ゴーストライティング、本質は違えど、世間的には、一種あらがい難い魅力があるのでしょう。
世の中に、特に基準もなく権限が曖昧なものは数あれど、「ゴーストライターの権利」はその最たるものかもしれないな。
ゴーストライターが不正にみえるのは、構造の問題であり、単なる出版社の都合に過ぎないことをよく知っています。
実際には、捏造でもなければ不正でもない通常の執筆行為が、著者と影武者という社会的役割を担った瞬間に、ゴーストライティングという恣意的な名称を付与されてしまうだけ。
音楽業界のことは知りませんが、文芸作品ではない実用書の商業出版において、作者の名前が、実際の筆力以上に売れる要素であるのなら、迷わず名前を出すべきですし、結果として、売れる本を出すために筆力が必要なら、その分を他人の能力で補えばいい。
ただ、商習慣として、著者と影武者の待遇に差をつけることになっている…。
科学論文の世界も、彼女たちの話の裏表のような構造になっているのかもしれない…、そんなことが頭をよぎりました。
STAP細胞に限らず、科学論文の筆頭著者が論文を実際に書いた人であり、後ろに名前が列挙されている人々は、実際に実験に携わった人から、名前を貸してあげる人まで 「何らかの関わり」を持った人たちです。
この人たちには、権利だけでなく、責任もあったことが、今回のSTAP細胞事件でわかったわけです。
290円のおこのみ焼きとビールをもう一杯注文して、彼女たちに声をかけました。
「本来なら、作曲家と編曲家のような関係が望ましいんだろうけどね。双方が、権利も責任もとれるような…。」
その後、その場に放送作家が加わり、酔っぱらいどもの話は、全国のゴーストライターの保護育成と権利を保全するための「全日本ゴーストライター協会(全ゴ協)」設立にまでいたり、起草文と設立趣意書をゴーストライティングするか否かの議論で、お開きとなりました。
興味のある方は、ぜひ、ご参加ください。単なる飲み会です。
続きは、大久保駅南口にある鉄板焼き屋「鉄板いろいろ」でやりましょう。
※注 冒頭の会話の中の版元は株式会社SCICUSではないですよ。念のため。
落合隆志 twitter : @scicus_ceo (全ゴ協飲み会情報つぶやきます)
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