電子書籍でもメルマガでもありません、電子版の雑誌、はじめました。
2011年の秋から4号刊行した“ジャンル無用の音楽言論誌”『アルテス』を、この9月からPDFとEPUBの電子雑誌にリニューアルして発売を始めました。10月末に2号目を出し、そろそろ11月号の編集作業にとりかかっているところです(なんの考えもなく発売した月をそのまま月号にしてます)。
無謀にも月刊にしてしまい、紙というモノの制約がないのをいいことに調子に乗って連載も30本以上に増やしたので(掲載は半分ずつ隔月。詳しいラインナップは http://www.artespublishing.com/dbook_artes/newestissue/ をどうぞ)、9月号の配信直前はかなりドタバタになりましたが、今のところ「読みやすい」とご好評をいただいてホッとしています。ここではその舞台裏をすこしご披露したいと思います。
ウェブサイトやブログ、メルマガ、SNSとネットメディアは一通りつかっていますが、紙に印刷しない商業出版物を手がけるのはまったく初めてのことです。経験のある専門家に頼れば楽なんでしょうが、予算もわずかだし、スキルを社内に蓄積していきたいので、制作から販売までをできるだけ自前でやることにしました。
まず、PDFの元になるInDesignでの組版はフリーランスの編集者に依頼。テキストが中心の誌面ですから、版面設計や組版の作業は紙とほとんど変わりません。とはいえ、EPUB化の手間やiPhoneの小さな画面で読まれることを考慮して、デザインやレイアウトはシンプルなものに統一し、写真のサイズや画質と位置、キャプションの入れ方、級数の大小、行間設定などなど、紙とはちがった工夫をしました。ルビもできるだけ避けています。
紙と大きく違うのは、特定のURLに外部リンクを張れることです。YouTubeを探すと、文中で触れている楽曲のPV(プロモーションビデオ)やライヴ映像がざくざく出てくるので、「文化系のためのヒップホップ通信」や「カタコト歌謡の近代史」「サラーム海上のボリウッド新世紀」などの具体的な楽曲が多く出てくる連載は、なかなか楽しいことになりました。とくにヒップホップはオフィシャルの映像が豊富なので助かります。採りあげられている本やCDも、煩雑にならない程度にリンク付きにしました。
InDesignデータが完成したら、PDFに書き出し、Acrobatなどのソフトを使って、PDFファイル独自の目次を作成します。InDesignで作った目次ページでも各記事へのリンクをもちろん張ってありますが、Macのプレビューなどのソフトで目次がサイドに表示できるようになるので、いちいち目次ページに戻る必要がなくて便利なんです。
PDF版を先に配信したあと、次に校了データから抜き出したテキストと画像ファイルをつかって、EPUBファイルを作ります(正確にはEPUB2)。こちらの作業は、『文化系のためのヒップホップ入門』や「叢書ビブリオムジカ」シリーズでお世話になっているデザイナーの折田さんが、イチから取り組んでくれることに。リンクの張り直しなど、予想していなかった面倒をかけつつ、何度かのテストを経て10日ほどで完成しました。10月号からは相棒の木村が折田さんに教えを乞いつつ、自力で作っています。ぼくはノータッチですが、基本的な原理は同じなので、HTMLの心得があるとずいぶん理解は早いようです。
第1号では写真の点数を増やしすぎてデータが重くなったり、注番号と注本文とのリンクを貼る作業に手間がかかりすぎたり、といった失敗というか反省点もありますが、ページ数の制約がないというのは電子版の大きなメリットです。原稿の文字数もアバウトですみますし、連載も好きなだけ増やせるようなものではあります(もちろんコストは大きな制約になります)。校了したとたんにリリースできることも含めて、精神的に解放感のようなものを感じるのも、やってみて初めて分かったことでした。
販売については、メルマガ・スタンドの利用なども考えはしましたが、マージンが惜しいことや、読者とダイレクトにコミュニケーションをとりたいので、やはり自前でやっています。具体的には、完成したPDFとEPUBファイルを自社のサーバー(といっても借り物ですが)にアップし、購読者にメールでURLとパスワード(PDFのみ)をお知らせしてダウンロードしていただく方式です。
購読料の支払い/決済も自前で、となるとPayPalを利用するのがベストだろう、ということで、今回新たにビジネス・アカウントを作り、クレジットカードで購入していただくことにしました。購入ボタンの設定などには専門知識が必要なため、電子版のサイトを(アルテスの会社のサイトも)作ってくれているKさんにお願いしましたが、ぼくらのような零細企業でもカードによる決済が可能になったのはじつに画期的なことですね。いずれはこの電子版にかぎらず、もっと広く活用できないかと考えています。
今後の課題は、とにかく『アルテス』電子版の存在を広く知ってもらうこと。それに尽きます。メルマガ・スタンドで配信したり、電子書籍書店で販売したりしていない、つまり既存のプラットフォームに頼らないということは、自分たちの持っているメディア=ブログ、メルマガ、ツィッター、facebookと、書き手の皆さんからの発信、さらには読者の方々の口コミがすべてとなります。錚々たる書き手のみなさんがそろっていますし、中味の質には自信があるので、粘り強く読者を増やしていくつもりです。
その広報活動も兼ねて、「電子版音楽雑誌編集長座談会」を企画しました。11月19日(火)の夜、お茶の水の新しいスペース「エスパス・ビブリオ」に、電子版のパッケージを販売している数少ない音楽雑誌の編集長が集まって、内情をさらに詳しく語りますので、ご興味のある方はぜひお出かけ下さい。
11月月19日(火)19時開演
『音楽雑誌は電子化の夢を見るのか?──3誌編集長座談会』
出演:高橋健太郎(『ERIS』)×國崎晋(『サウンド&レコーディング・マガジン』)×鈴木茂(『アルテス』)
http://www.superedition.co.jp/blog/2013/10/11-8.html