ちょっと先の「本の未来」、電子と紙で発売します
ご無沙汰しております。ボイジャーの酒泉です。
2月20日にオライリー社の翻訳書を、印刷版と電子版の両方で発売することになりました。タイトルは『マニフェスト 本の未来』です。版元日誌を読まれているみなさまはもちろん、出版関係者にぜひ読んでいただきたい内容です。翻訳は、オライリー本でよく翻訳されている浅野紀予さんや、上智大学文学部新聞学科助教の柴野京子さん、株式会社カーリル(図書館検索サービス)代表取締役の吉本龍司さんをはじめ、多くの方にご協力いただきました。
校正作業を手伝っていた私は、第1章「コンテナではなく、コンテキスト」を読んでまさに電子書籍の話ではないか、と驚きました。第1章は編者であるブライアン・オレアリによる章。なぜか『ハルーンとお話の海』(サルマン・ラシュディ著・国書刊行会刊)という児童書が紹介されます。
物語ではハルーンという主人公が語り部の力を失った父親の過去を探す旅に出て、水の精モシモと出会います。お話の力を司る「オハナシー」の世界への冒険が始まります。そこでこんな一節が紹介されます。
モシモは、これがお話の海流だ、それぞれの色の海流にひとつずつお話が入っている、と言いました。海のそこかしこに別々なお話があるんだ。すでに話されたお話もぜんぶそろっているし、目下作られている最中のお話もある。お話の海流の海は、じっさい、宇宙最大の図書館なんだよ。しかも、ここではお話は液体状に保存されているから、変わることができる。新しいヴァージョンに変身できる。ほかのお話と合体してまったく別なお話になれるんだ。お話の海流の海はお話の倉庫じゃないんだ。それは死んじゃいない、生きている。
弊社で作成している電子書籍形式、ドットブックを説明するときによく「本の原液」と例えていたのでビックリしました。原液さえあれば、epubにも紙にも姿を変えられます。校了後にすぐに『ハルーンとお話の海』を読みましたが、児童書とは思えない素晴らしい内容でした。『マニフェスト 本の未来』の副読本としてオススメです。
『マニフェスト 本の未来』は、本の未来へのガイドブックとして、出版の最前線で活躍している人たちが執筆した3部構成の論考集です。編者はヒュー・マクガイアとブライアン・オレアリ。この2人がアメリカで実際にツール開発に携わる29名に声をかけ、中にはFlipboardのプロダクトデザインを担当したクレイグ・モドさんも執筆陣におり、29人分の成功と失敗が詰まっています。もともとは、編者のヒュー・マクガイアが経営している小さな会社で開発している新しいデジタル出版ツール「PressBooks.com(http://pressbooks.com/)」の実証例にするつもりだったそうです。
PressBooksはWebベースの本の制作ツールで、編集、校正、書き出しまでできるオンライン上の出版プラットフォームです。ツール開発者でもあるヒュー・マクガイアが、実際にPressBooksを使って行った出版プロジェクトの成果物が本書です。
このURL(http://book.pressbooks.com/front-matter/preface)にアクセスすれば原書で最後まで読めますし、コメントを残すこともできます。
版元日誌読者のみなさまに、特にオススメしたいのは下記の2章です。
■4.メタデータについて語る時に我々の語ること
ローラ・ドーソン Laura Dawson(バウカー)
4章はバウカー社のローラ・ドーソンがメタデータの効果測定について書いたもの。アマゾンを通じて、消費者は初めてメタデータを目にし、問屋の倉庫や図書館が管理すればいいだけのものではなくなりました。情報を正しく整理することの苦労は海を越えた場所でも同じです。ISBN、ONIX、MARCと日本でもおなじみの単語が並びます。
メタデータを「盲人とゾウ」の寓話になぞらえ、数人の盲人がそれぞれ胴、耳、牙、足、尾などゾウの異なる場所を手で触り、それぞれが違う説明を口にします。「蛇みたいだ」「鋭くて固い」「大きくてぐにゃぐにゃだ」「頑丈でどっしりしている」。どれも正しいのですが、どれも限られたものです。メタデータもこの説明と同じだとローラは語ります。版元ドットコムでもメタデータの重要さが言われているので、この苦労はわかるのではないでしょうか。
■21.「リトル・データ」の驚くべき力
ピーター・コーリングリッジ Peter Collingridge(エンハンスト・エディションズ、ブックシーア)
ピーター・コーリングリッジはエンハンスト・エディションズという会社を起業した人物です。iPhoneにふさわしいeBookを制作するためアプリ開発をしますが、失敗し、やむなく方向転回します。敗因は正確な顧客像を持っていなかったこと、と考え小さなデータを徹底的に見直します。
アマゾンCEOのジェフ・ベゾスも「非常に重要な決定において、データは常に直感に勝る」と言います。そこで彼らは自分たちの販促状況とそれに伴った実績を分析。まだ新聞広告を出す意味はあるのか? SNSで拡散された方が売れるのか? そういったことに挑戦し、細かな分析結果が載っています。編集者だけでなく、営業や広報担当が読むと参考になる章です。
本書はリンクがたくさんあるので、電子書籍に抵抗のない方は電子版でのご購入の方が、なにかと便利かと思います。BinBの立読みから第5章のはじめまで読めます。本のちょっと先の未来をぜひ覗いてみてください。
BinB store 『マニフェスト 本の未来』