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方言四コマ漫画の楽しみ

 滋賀県彦根市で、滋賀県関連の本を中心に発行しているサンライズ出版と申します。
 私が編集を担当し、11月に出た中山敬一著『淡海文庫49 ええほん 滋賀の方言手控え帖』のことを書きます。県内高校で国語を教えている著者が15年ほど前に手作りした私家本を、加筆修正・改題のうえ出版させていただいたものです。
 全体の4分の3は、五十音順に方言語と意味、用例を掲載した単語集になっています。例えば、語尾につける「ほん」であれば、次のとおり。
  ―ほん  【助】終助詞で話者の強い意向や断定を示す。「―よ」に相当する。「行ってこほん」「言うたろほん」「ええほん」「あかんほん」など。使用例「ええほん、ええほん、あかんちゅわったかて、かまへんほん」
 つまりタイトルの「ええほん」は、標準語でいえば「いいよ」の意で、お気づきのとおり、「いい本(良書)」にもかけています。

 この単語集部分の挿絵にあたるものとして、著者の了解を得て、四コマ漫画を加えさせていただきました。描いたのは私です。
 最初は、発話者の性別や発話の状況がわかるように、ふきだし付きの人物イラストを入れる程度のことを考えていたのですが、使用例を眺めていて、組み合わせれば連なった会話になると思ったのです。使用例は、著者が耳にするたびメモ書きして集めたものなので、地元住民の私には場面が思い浮かぶリアリティをもっていたせいでもあります。
 最初にできた四コマ(〔 〕内は標準語訳)。
 1)A「ほうやがいね〔そうだよ〕。知らんかったんかいな。自分がやってきた成果や思たら、言いたくりよるで〔言いまくるよ〕、あの人は」
yonkoma01.jpg
 2)B「せんど〔あきるほど〕自慢話聞かされて、いやになりましたわ」
   A「ほやろ」
 3)A「嫌な奴がおらんようになって、すいっとした〔すっきりした〕」
 4)二人の会話を聞いていたC(頭の中で)「ほうかぁ、わいはさぶしない〔さびしい〕けどなあ」

 起承転結や笑いのとれるオチの有無は気にしません。それでも、使用例のままでそうそう組み合わせができるわけもなく、創作したセリフの追加も可、方言語が3個以上入っていれば可という基準に変えて、四コマをつくっていきました。先の例が「異動した同僚に関する社内の会話」であるとすれば、「孫かわいさに無理をして腰を痛める祖父」、「外出先で雨にあい険悪な雰囲気になる夫婦」といった、ちょっとしたお話たちです。
 滋賀の方言とはどんなものかというと、ひと言でいえば「田舎っぽい関西弁」。近畿方言の一種なので、大阪言葉や京言葉と共通する語も多く、独自性のあるものとして今回の本の単語集に収録されているのはわずか230語ほど。使われる地域(滋賀県は琵琶湖を中心にした方位で、湖北・湖東・湖南・湖西に区分されます)や世代、性別もそれぞれ決まっているので、四コマ内で使える語の数はかなり限定されます。
コマを埋めていく作業は、その不自由さゆえにパズルのようで楽しいわけです。

 例えば、トウモロコシのことを、湖北(県北部。私が住んでいる長浜市含む)の方言では「こうらい」、湖東(県東部。会社がある彦根市含む)の方言では「なんば」といいます。
 この違いを湖北と湖東の高校生カップルを登場させて四コマにしようと思いました。
 最初に考えた設定。
1)夏休みに湖東の彼氏の家で二人が勉強している。
2)彼氏の祖母が「畑のなんば、蒸したの食べい」と持ってくる(実際に「こうらい」「なんば」の語を使うのは祖父・祖母世代)。
 けれど、これでは、いかにも語の説明じみたものになるので、別のトウモロコシを食べても違和感のない場として、祭りで屋台が並ぶ神社の参道を高校生カップルが歩く設定に変え、「なんば」という語も高校生の彼氏に言わせることにしました。
 すると、屋台の焼きトウモロコシを彼氏が買う場面(2、3)の前後に、
 1)湖北女子「昼間の部活で、まだえらいか〔疲れてるか〕?」

   湖東男子「えらいくらい〔当然疲れてるよ〕。どんだけ走ったやろ」
 4)湖東男子「食べもって〔食べながら〕、歩いてもええ?」
   湖北女子「服、汚さんようにな」
と、別の方言3語を入れたコマができました。

 もう一つだけ例として、下絵段階でボツにした四コマ漫画。

 1)公園のベンチで待ち合わせの女性。腕時計を見る。
 2)花占いを始めた彼女の手。花びらを1枚ずつ取りながら、「きゃんす〔来る〕」「きゃんせん〔来ない〕」。
 3)「きゃんせん」で終わる花占い。
 4)がくだけになった花を顔に近づける彼女。「あっ、ええかざ〔いい香り〕がする」
 湖北・湖西の代表的な方言で花占いをさせてみようと考え始めたところ、「かざ」という当初は思いもよらなかった語(実際にはもう高齢男性しか使いません)が最後のコマにはまりました。この語によって彼女の性格が何となく付加され、自分では気にいっているのですが、日常的にありそうな発話とは言えないので使いませんでした。ですが、方言語の数優先で、現実味のない展開にしていくのもおもしろそうです。

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