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電子書籍はシャーマンになれるか

 20年前、アメリカインディアンの口承文化研究家である北山耕平さんの伊豆にあったオフィスを訪ねたことがある。その時北山さんが、自分が編集している雑誌の校正紙を見せ、「もう編集も出版も東京である必要なんかないよ。記事のやり取りも全部パソコンでできるんだから」といった意味のことを言っていたのを記憶している。北山さんはその頃、フリーの編集者・翻訳家・作家として、スタッフと共に伊豆を拠点に活動していた。
 当時パソコンは、マッキントッシュ・クラシックかLCの時代だった。インターネットは一般向けにはまだ初期の段階で、ニフティサーブのパソコン通信が全盛の時代だったように思う。
 その頃、彼と1冊の本を手がけるにあたって、パソコンでデザインをしようということになり、さて誰がパソコンでデザインできるか、ハタと困った。まだ私の周りには、パソコンを駆使できるデザイナーは見あたらない。DTPソフトはクォークではなくページメーカーが優勢だった。その本は私の編集者としてのDTP元年の、思い出に残る1冊になったが、そんな時代だった。
 それから20年。たった20年と言うか、一世代前と言うかは、人によっての違いはあると思うものの、隔世の感がある。今や紙媒体の経済規模の縮小は否定しようもなく、新聞も含めて苦戦を強いられ、変わって電子書籍などの電子媒体が話題をさらっている。一昨年は電子書籍元年と持て囃され、出版社は、この流れと思わしきものに乗り遅れまいと、焦りの色を隠せないでいる。
 もちろん弊社BNPも、超零細出版社とはいえ、数少ない刊行物の中から電子書籍に向いたものを選び出してデジタル化しようと思うと共に、メンド(ウ)クサイ! 活字なんか飛び越して、ハナから電子書籍(というか本のようなアプリ)を作ってしまえ、と思う今日この頃だ。そのうちホログラフィー・ブックなんてものもできるかもしれない時代なのだから。
 が、本当にこれでよいのか、という疑問がふと頭をよぎる。紙であれ、デジタルであれ、媒体(medium)であることに変わりはない。だが・・・、である。デジタル(電子書籍)は、巫女・霊媒・シャーマン(medium)になるのだろうか。巫女・霊媒・シャーマンとは魂に触れる媒介である。果たしてデジタル(電子書籍)が魂に触れる媒体になれるのか。
 紙とは違う、肌触りのないデジタル媒体に、リアリティは存在し得るのか。ディスプレイはリアリティを人に与え得るのだろうか。もしやデジタル(電子書籍)化とは心の環境破壊ではないのだろうか。
 20年後、北極に氷はないかもしれない。溶けた氷の行方は降り注ぐ雨だ。その雨は、砂漠化した心を潤すことなど決してあり得ない。電子書籍が、巫女・霊媒・シャーマン(medium)となり、インターネットの網の中を、自在に泳ぎ回って心を潤すのを、せめて夢想しよう。

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