「させていただく」とき
国会中継を聞いていると、政治家や官僚(最近では答弁の機会もなくなったが)の言葉の方が、話しの内容より気になってしまう。
文末をやたらに長くする「そのように思っておるところでございます」「お願い申しあげたいというふうに思います」や、他人ごとのような「誠に遺憾」「不徳の致すところ」、はては他の政党名を「さん」づけで呼んだりするものまで実に多彩だ。
しかし、なかでも白眉は「〜させていただく」だろう。もちろん適切に使えば気になるものではないが、彼らの場合はほとんど、謙遜や感謝の意を含んでいないところが鼻につくのである。あまり気にならないのは「みなさまのおかげで当選させていただきました」などというときぐらいだろうか。
ところが、この「〜させていただく」は、今や日本中に蔓延している。 「お付き合いさせていただいています」「入籍させていただきました」「出させて(番組に)いただいております」など、芸能界には広く普及しているし、敬語や丁寧語が苦手な若者さえも使うのを耳にする。
テレビの取材に答える様々な人たちからも聞こえてくるので、おそらく使用者は限りなく多い。
先日は、インフルエンザの疑いで、病院にやってきた患者がインタビューに答えて「心配なので受診させていただきました」。これにはちょっとおどろいてしまった。
そして、ビジネスシーンでは定型文のごとく多用される。「〜させていただく」なしで会話しようと試みるとかなり苦しいのではないか、
と思うくらい知らぬまに口をついて出ている。
言葉はゆらぎ、日々変化していくものかもしれないが、誤用や誤用ではないまでも相手に届かない言葉は、それがスタンダードにならないように、とりあえず抵抗したいと思う。
日々日本語にかかわる出版人として、というカッコイイ理由ではなく、感じた気持ちに忠実に日本語というものをとらえたい。
最近出版された『バカ丁寧化する日本語』(野口恵子著/光文社新書)という本のなかで、専門家である著者がこの「〜させていただく」を分析している。
自分の感覚は世の中とズレているのかと、ちょっと心配していたが、これを読んで安心した。でもまだ悩みは残る。便利な言葉なので、ついつい使わせていただくことが多いのである。