書籍販売の未開拓地
書店がおこなう読者へのプレゼントに、つねづね疑問があります。あのアイテムの選び方って、どうなんでしょう。上のほうが電子辞書で、下は栞やブックカバーというのが定番で、このへんは本にちなんでいるけど、ほかはDVDプレーヤーや自転車など、お年玉年賀ハガキのような不統一なラインナップ。使い勝手はいいけど身もフタもないのが商品券で、図書券や図書カードならまだしも、旅行券やQUOカードの場合もあります。少数でもいいからもっと夢のある賞品が選べないものでしょうか。
書店の読者にマッチする、夢のあるプレゼント。つらつらと考えるに、それは「本棚」だとおもいます。
5月の連休に、「SFセミナー」という催しがあり、そこで「あなたの本棚の物語」なる企画がおこなわれました。何人かのパネラーの「書籍の整理術」が紹介されるとのふれこみだったのですが、じっさいには「収納術」に近いものでした。
登場した10~20代のSF読者たちは「本棚に入れるのが理想なんだけど……」と語りながらも、映し出される写真は「野積み」「箱詰め」。「箱はゆうパックのがいい」とか「温州みかんの15kg箱」とか「よむパラの専用品がいい」とか、なんとも不毛な応酬がなされました。そのダンボール箱は住居のあらゆるところ、寝床の脇やテレビの前に積み上げられています。冷蔵庫の前に積んでいるという剛の者も複数いました。
後段で登場した精神科医でレビュアーの風野春樹さんや翻訳家の牧眞司さんは、本を中心に設計・改築した邸宅を構えています。牧さん曰く、「5000冊くらいで、増やし続けるか、処分するかの選択を迫られる」「処分したほうがいいよ。そのほうが人間らしい暮らしだと思うし。でも、蔵書家で処分した人は、SさんにせよFさんにせよ、どこかで心に傷を負ってる。『こんな辛い思いをするくらいなら、もう本なんて集めない』という気持ちになる人もいる」。
さて、いっぽうで先日の版元ドットコム総会。文化通信の記者、星野渉さんの講演で「本の総売上冊数は下げ止まってきたが、売上金額は下がり続けている」との指摘がありました。ここには関連がありそうです。「本を置くスペースがない」→「本は都度処分する」→「処分しても惜しげのない額の本を買うようになる」、この連環を断つには、もっと本棚が必要です。
書籍単価低落の主要因は、定着してきた感すらある新書ブームでしょう。私もずいぶん新書購入量が増えました。結果、自宅の本棚には新書が並ぶことになり、新書を並べようとすると、どうしてもレーベル別になってきます。これが、なんとも美しくない。家の中に書店みたいに「中公新書の棚」とか「ブルーバックスの棚」とか「ちくま新書の棚」があっても、うれしくありません。新書は価格も手頃で携帯容易ですが、「蔵書する喜び」が大きく欠けているようにおもえます。これが私だけの主観でないのなら、このへんに新書ブームを終熄させ、刊行点数をスローダウンするヒントがあるのではないでしょうか。
版元が内容・装丁ともにいつまでも手元に置いておきたい、高単価でも買いたい本をつくっていかなければならないのはもちろんですが、いっぽうでその本が蔵書される先が、読者の家に用意されていなければなりません。そこで、読者へのプレゼントに本棚を、という話につながるわけです。
「でも、本棚を置く場所なんてないよ」と言われるかもしれません。さきほど紹介した若い読者にせよ、一般に「本を買おうにも置く場所がなくて」という読者にせよ、数本の本棚はすでに持っています。しかし、そこに2つ、問いを重ねます。「お手持ちの本棚は、何段ありますか?」「本棚を置くのに、奥行がどれくらい必要と考えていますか?」。
多くの市販の書棚は7~8段の高さしかなく、奥行が22~25cmほどです。前述のセミナーで見た書棚も、多くがこの「標準サイズ」でした。私がプレゼントとして想定しているのは、市価10~20万円ていどの「本棚のオーダーメイド」です。天井までの作りつけにすれば、判型と天井の高さにもよりますが9~12段に拡張することができます。また、ほんとうは奥行17cmあればA5判までの本はじゅうぶん収納できます。そして、最近の住居は規格が大きくなっていることもあり、廊下の両側に奥行17cmの書棚を作りつけても、それほど支障なく通行可能です。地震への安全性も、天井まで固定したほうが向上します。そう考えると、読者の住居には、まだまだ「野積み」や「箱詰め」をせずとも本の量を150~200%へ増やせる「未開拓地」があることになります。
本棚に余裕があれば、美麗な本を「持ち帰りたい」欲求が増すでしょう。「その本棚をくれた本屋さん」からであればなおさらです。とはいえ、書店がプレゼントとして読者に提供できる金額は知れています。「天井までの薄型の本棚を家の各所に作りつける」というイメージを、プレゼント企画をとおして読者に届けていくことで、自分からも「オーダーしてみよう」という意識を持ってもらうのが本当のねらいです。
ほかにも、テレビのリフォームものの番組に、本の収納に困っている人を登場させるのもいいでしょう。「本のつまった住居」のイメージをひろめ、読者の「可処分空間」を書籍業界に引き寄せるこの思いつき、どこかで実現できないものでしょうか。