布団ホタル族の登場
はじめまして。5月に版元ドットコムに参加させていただいたドゥ・ハウスの喜山といいます。ドゥ・ハウスはマーケティング屋さんです。250万人のネットワークを母体に、消費者の生の声で商品のクチコミや調査を行う消費者参加型のマーケティングを提供しています。
出版事業を始めるに当って、私たちは消費者参加型のマーケティング・サービスと同じように、「読者参加型の本づくり」を志向しています。
従来の書籍が、自己との対話の結果、得られたものを記述したものだとすれば、それに対して、読者との対話の結果、得られたものを記述する本です。この場合は、本の書き手は著者というより、編著者と呼ぶのがふさわしいでしょうか。
「読者対話型の書籍」と「編著者としての作者」の形を作っていきたいのです。
たとえば、先日、携帯小説について調べてみました。
携帯小説を読むのを条件に、インターネットユーザーにウェブアンケートを行ったのですが、携帯小説を読む333人の回答からは、未知の新しい世界が見えてくるようでした。
回答者の平均年齢は32歳。ただ、下は13才の女子中学生から上は61才の自営業の女性まで、幅広く分布しています。未既婚は半々ですが、約7割が女性と、携帯ショッピングと同様、携帯小説も女性が先鞭をつけています。
携帯小説が読者に提供している価値は何でしょうか?
回答者の声をもとにすると、それは「いつでも気軽に読めること」です。
「いつでも」は、携帯電話という小説を乗せる器が与えている価値で、場所を選ばず見られることを指しています。「気軽に」も、携帯電話ならではで、そうしたいときにすぐにポケットや鞄から取り出せることが挙げられます。さらに、嵩張らないことも「気軽に」の理由になっています。
持ち運びがないのが一番のいいところ。電車通勤なので荷物は増やしたくないけど本は読みたい。となると携帯小説が最適ですね。(26歳、男性会社員)
本を持ち歩くと重いし荷物になるけど、携帯だとそれが無いし、本は読み返したりしないので、処分にも困る事が無いので便利。(36歳、主婦)
また、「気軽に」は、場所を選ばない・すぐに取り出せる・嵩張らないというハード面だけでなく、小説の中味にも及んでいます。
何処でも読めて、若い作家の方が多く肩をこらず読むことが出来るところが好きです。(48歳、主婦)
中には稚拙な表現のものも多いが、同年代でこれは、と思わせるサイトの携帯小説がとても好きなので通っています。携帯小説そのものが好きか、と問われると複雑なのですが、一般的に書籍化されているような携帯小説はあまり好むものではないです。ただ、どこでも気軽に(無料で)読めるので、いい暇つぶしになります。(18歳、女性学生)
1文1文が短いので読みやすい。(20歳、無職女性)
小説を読むとなるとなんとなく身構えてしまいますが、携帯で読むと軽い気分で読めます。漫画みたいな感覚です。(32歳、公務員女性)
手軽にいつでもどこでも読めるところ。作家さんが自分の友人が書いているような気分になる。(29歳、アルバイト女性)
携帯小説では、「自分の友人が書いているような気分」になるように、読者は作家に対して等身大感覚を抱いています。これは、「小説を読むとなるとなんとなく身構えてしまう」のとは対照的で、「肩をこらず」に読める「気軽な」携帯小説と「身構える」小説という対比が見て取れます。書籍の小説を読むのに比べたら、読書への態度がすこぶる受動的なのです。受動的でも読めるということが「気軽さ」の中味なのでしょう。
これに、「1文1文が短いので読みやすい」を合わせて考えると、携帯小説は「読書」というよりは「読文」とでも言うべき行為になっているのかもしれません。
このように、携帯小説の、読者と等身大の作家が書いている短文を、携帯の画面を通じて読めるという成り立ち、それが「気軽に」読める価値を生んでいます。
ところで、こうした、持ち運びと中味による「いつでも気軽に読める」という価値は、読者の「楽しく暇つぶししたい」欲求に応えています。
携帯小説は持ち運びが嵩張らずいつでも読めるので、暇な時間を作らなくてすみます。(26歳、男性会社員)
携帯小説は、手軽に見れるので、暇な時、楽しみながら時間をつぶしたいという気持ちを満たしてくれます。(25歳、男性公務員)
携帯小説は、メルマガに登録さえしていれば無料で購読できるので、寝る前だけでなく時間が空いたときや休憩中にすることがなくなった時、読書まではいかなくとも「文章を読みたい!」という気持ちを満たしてくれます。(26歳、女性会社員)
小説に比べて受動的な分、携帯小説に求めるのも、自分とは違う人生を追体験して、人生を深く味わうというような通常の小説とは違って、「暇つぶし」が前面に出てきています。巨大な暇つぶし市場の一角に、携帯小説も参入しているのです。
暇つぶしのために携帯小説を読みたくなる場面といえば、「ちょっとした待ち時間」が典型的です。待ち合わせの時、携帯小説を読んでいれば、時間が気にならないしイライラしなくても済むという副次的な効用もあります。
中でも注目したいのは、
「夜、寝る前に、布団の中で」
というシーンです。
ソファーとかベッドとか、バリエーションはありますが、3分の1の回答者は、携帯小説を読むシーンで「夜、寝る前に、布団の中で」を挙げるのです。
「目には悪い」(17歳、男子学生)と知りつつも、バックライトがあるので暗いところでも読めるのに気づいて、布団の中で読むスタイルが生まれたのでしょう。「夜、寝る前に、布団の中で」という場面を挙げる回答者のなかには、「眠れない夜」と加えている人も多くいます。眠れない夜、バックライトを頼りに、布団の中で携帯小説を読む。ホタルは、就寝時にはベランダから布団の中へ移るのでしょうか、いま新しく、布団ホタル族が生まれつつあります。いまや「布団の中」に大きな市場が出来ているのです。
布団ホタル族は、ある種の本のように難解さから眠気を期待するわけにいかず、持つ手が疲れるわけでもないから、ひょっとしたら書物より眠りにつきにくい夜を過ごしているのではないでしょうか。布団の中のホタルは、誰に気づかれることもなく、眠らない都市のように長く輝いているのかもしれません。
さて、結果が面白くて、ついのめりこんでしまいました。
「読者参加型の本づくり」は、「携帯小説」のように、消費者の声を聞いて行います。私たちはヒット商品をテーマに、それが提供している新しい価値を、消費者の声を頼りに紐解きながら、時代の欲求を追ってゆきたいと考えています。どうぞよろしくお願いします。