誰かがまだ本を読んでいるに違いない
出版不況なんて、いまさら口に出すのもおこがましい。とはいえ、それをつくりだしたもの、その背景にあるものをいろんな角度から掘り下げてみることは無意味ではないと思う。
出版不況すなわち本が売れないということイコール本を買う人読む人がへったということ。本は毎日どんどん出版されている。不況以前より点数はふえている。それでも本が売れないのは、言い尽くされていることだが、人々の本離れが進んでいる証拠。
そうなんだけど、そのなかにあって、依然としてあるのが、本というメディアに対する抜きがたい固定観念というか読書文化への“信仰心”のようなもの。これにいろんなところで出くわして、驚かされる。
一番強いのが、著者の自著への思い入れ。それがなければ誰も膨大な時間を費やして本を書いたりしないわけだが、どんな出版不況のなかでも自分の本だけは別だと思い込み過ぎられるきらいが強い。
「この本は全国の図書館に一冊づつは是非必要だから図書館用に3000部余計に作って欲しい」なんて言う著者がまだ結構いる。ほんとにそうなら、嬉しいんだけど・・・。
ある警察官の自伝入りエッセーを出版した。大新聞の一面三八ツにも、地元の地方紙にも数回広告を出したが、6ヶ月たって3000部中2000部近くが返本で残った。その事実を伝えると、著者は怒った。
「地元の県警だけで4800人いるから、1000人は買って読んでいるはずだ.。全国で1,000部のはずがない。」あとはご想像の通りの応酬である。データを示しても信仰は揺るがない。
話をしていて感じたのは、世の中の人びとは本が出たら読むに違いないという抜きがたい思いこみ。いくらこちらが「TVなら視聴率1%でも1000000 人、本の1000000部とは次元が違う」と説明しても納得していただけない。広告代も入れたら大きな赤字だという現実が信じてもらえない。そういうご本人も聞いてみれば他人の書いた本をとりわけ読んでいらっしゃる風でもない。
この方のように「誰かがまだ本を読んでるに違いない」という信仰があまりにひろく浸透していること驚くばかりだが、一方でそれが本というメディアの威信をかろうじて維持しているのではあるまいか。ほんとうに「本なんて視聴率にしたら0.005%もあれば御の字の世界だ」ということがバレてしまい常識化した日こそが恐ろしい。
次回は版元ドットコム事務局の森田さんです。