駅前書店さんからの恩恵
長谷川健郎写真集『奇妙な凪の日』文・斎藤環、アートディレクション・戸田ツトム。写真を見て、「なんですか、これは!」という人が多い。
ひと言でいうなら、「まだ見たことのない」風景がつづく写真集だ。
プラスチック製の墓地群とか、緑色ワイン空き瓶の巨大な山とか、回収されたピンク看板の山とか、使われなくなった緑色公衆電話のブロックとか、並べられた薬殺されたカラスとか、北朝鮮に輸出される放置自転車とか、とにかく、山、山、山となった、この数年の日本の風景が写されている。
「まだ見たことのない」と感じる風景だが、写真なので、実際にある風景である。本当はこういう風景がどこかにあるはずと、知っているはずの風景といってもいいかもしれない。
この写真集のおもしろさは、そうした捨てられた用済みのモノたちがある種のオーラを発していることだ。斎藤環さんは、「生成する廃墟」と解説している。写真集の記録としての価値はもちろんだけど、それ以上にこの写真集は「表現」になっていると指摘されている。いままでのところ、朝日新聞書評欄で立松和平さんに紹介いただき、週刊現代では巻頭8ページでグラビア特集された。
ところで、私は、いつも書店向けの注文書をもって歩いている。もちろん、書店が目に入れば、とりあえず様子を伺って営業するため。ある日、目についた小さな駅前書店。端的にいって、漫画と雑誌しか置いていないような……。「ここはいくらなんでも写真集は無理だよなあ」と思いつつ、せっかくなので覗いてみた。おやじさんがいる。一癖ありそうなご主人。長谷川写真集のことをひと通り説明すると、
「むかしは写真ジャーナリズムというのがあって、こういうのはきちんと評価されていたんだけどねえ」
と、妙に写真に詳しいではないか。15分ほど、あれこれ写真のお話をお伺いし、「お話を聞いていただけただけでもありがたいです」と、店を出ようとしたところ、
「三冊ぐらいなら、置いてあげるよ。その代わり、三ヵ月経ったら売れなかった分、取りにきて」
狭いスペースで、『奇妙な凪の日』が三冊。しかも平積みにするかもしれないとのこと! 感動と感謝の気持ちを胸に、数日後、平積み用のポップを書いて持っていったところ、「これは入口に貼ろう」と、店のいちばん目立つところに!
置いてもらったはいいけど、目下の最大の関心は、三ヵ月後の駅前書店である。全部、売れていたら、おやじさんに顔向けができる。そうなったら自分は天にも登る気分となるだろう。でも、もし一冊も売れていなかったら、その場合は、どうしたらいいか……、三冊をめぐって、ときどきあれこれと空想し天国と地獄を行き来するのである……。
さて、左右社は、「graphic/design[グラフィックデザイン]」という季刊誌を出している。アートディレクションは戸田ツトム。10月19日発売の創刊2号は、池澤夏樹、石川九楊、寺門孝之、祖父江慎、ミルキィ・イソベ、鈴木一誌、加島卓、栄元正博、前田年昭、府川充男、斎藤環といった方々が登場。70年代よりアール・ヴィヴァンやナディッフといったアート系書店から洋書を通して現代美術を発信しつづけた芦野公昭氏が、デザインやアートについて縦横無尽に語られている。謎解き「風神雷神図屏風」論を展開、また必読必携のデザイン書、アート書もあげられている。
いいデザイン特有の「ゾクゾク感」あふれる仕上がり……である。
10月13日より、表参道の青山ブックセンター本店入口横に、長谷川写真集の大きなポスター(戸田ツトム制作)が貼られる。どんな景色になるのだろうか、これもときどき空想する……。
最後に書店さんへ。現在、左右社は、取次・JRCを通して、配本しています。日販、トーハンも、経由して配本可能。返品も長期にわたって可です。