多様化する出版流通、だからこそ……
トランスビューは、版元ドットコムへ四年前の創業当時から参加している。
なぜか。トランスビューが小売店との直接取引をはじめるに当たっては、課題があった。
その解決の糸口を版元ドットコムの活動に求めたのである。
私はかって、稼動点数が1,000タイトル以上ある老舗版元に勤めていた。そこでは、明治・大正期に刊行した書籍の重版は日常茶飯事。初版から、数十年経てもなお需要があったのだ。
ではその需要はどこから来るのか。書店経由での客注品が圧倒的に多かった。読者は、どこからか本の情報を入手する。書店は、どの出版社から刊行されているかを調べて注文を出す。この「調べ」「注文を出す」ための唯一のツールが、書誌情報なのである。
ところで現在、国内で使用されている書誌情報データベースは、大きく分けて2種類。社団法人日本書籍出版協会が収集管理するものと、取次会社のそれだ。前者を公的、後者は私的なデータベースと言っても良いだろう。このうち、販売現場で主に利用されるのが後者の取次系データベースである。この構築は販売行為に直結し、極力ムダを省いている。はじめから販売することが出来ない書籍の情報は、このデータベースには登録されていない。つまり、その書誌情報を登録している取次会社が、取り次ぐルートを持たない書籍については、データが存在しないのだ。
販売現場で検索したときに、該当の書誌情報があれば取次会社や出版社へ発注し、なければ多くの小売店では入手を諦めてしまう。購読者も然りだ。取次ルートを全く使用しない出版物の場合、取次系データの検索で書籍を見つけ出すことが出来ない。ここで探すことを諦めてしまう書店では、その書籍は、「調べのつかない書籍」=「世の中に存在しない書籍」にされてしまうのだ。
トランスビューの直接取引方式の課題は、まさにここにあった。
いかに、小売店や読者の使う書誌データベースに、自社の本を登録するか。それがその本が「在る」ことの証明だからだ。いわば、版元にとってデータベースに書誌情報を登録することは、子供が生まれた時に、出生届を出すのと同じなのだ。
現在トランスビューの書籍は、国内の主要な書誌情報データベースで出生証明を得ている。やがて、死亡届を出さねばならない時もやって来るだろう。だが、かってその本が公にされ、そして役割を終えた事実は、時を越えてデータベースに刻まれるのだ。出生届を出して、死亡届を出す。それを生み出した者(出版社)の当然の務めである。
さらに、その本と、どうすれば出会うことが出来るのか。本と読者の仲をとりもつ書店へ、その方法を開示すべきだろう。その本は出版されているのか。入手が可能なのか。どうすれば入手できるのか。小売店が、この情報を速やかに確実に得ることは、間違いなく顧客サービスに繋がるはずだ。
これが、トランスビューが版元ドットコムへ参加し、後に幹事社を引き受けた最大の理由である。
今のところ、版元ドットコム経由で提供する書誌の基本情報は、私企業が管理するデータベースにとっての第一次情報とは、なり得ていない。
しかし近い将来、公的なデータベースと私的なものとの境界を無くすことで、本を生み出した者が、責任を持って、手間なく、出生届を出すことが出来そうだ。出版業界全体が参加し、日本出版インフラセンター(JPO)がリードするこうした取り組みでは、版元ドットコムの幹事社であるポット出版・沢辺均氏、会員社の語研・高島利行氏が、出版在庫情報整備研究委員会の専門委員を務めている。そしてより早く正確な情報を提供しうる出版社の立場からの、活発な活動により少なからぬ影響を与えているのだ。
出版社の役目は、印刷された紙の束を綴じて終わりではない。
それをパブリックなものとし、読者と巡りあう最大限のチャンスをつくり、場合によっては最後を看取る。
そのための最低限の責任が、版元自身が労を厭わず、書籍についての正確な情報整備を積極的に進めてゆく事だ。そして版元ドットコムの活動は、その労力を劇的に軽減し、より付加価値をつけて行くことなのである。