アメリカを拒否する
昨年、韓国で20何人かの女性が殺害された事件があった。
そのあと、朝日新聞夕刊の4こま漫画「地球防衛家のヒトビト」(しりあがり寿)でさっそくこの事件のことを取り上げた。
地球防衛家の亭主「いやー 韓国の殺人事件スゴイなー」
「なんかハッキリしない動機で20人以上の人を殺して…」
「やっぱり死刑になるのかなー…」
地球防衛家のかみさん「それをいったらさ…」
「証拠もないのにヒトの国に攻めこんで何千人も殺したどっかの国は何の刑になるんだろーね」
かみさんはぼやいているのではない。怒り心頭に発しているのである。そして、アメリカが証拠はなかったということを正式に認めたのはご存知のとおり。でも、その記事はあまりに小さかった。もう、みんな、忘れたのだろうか。「サッダーム・フセインは核兵器や化学兵器を隠している。だからイラクを攻撃するのだ」とブッシュが言明したことを。忘れたとしたら、イラクで殺害された1万人以上の人はあまりにかわいそうだ。
でも、結局、アメリカは何の刑にもならない。あやまりもしない。しかも、そのことに対してわが小泉ポチ宰相は知らんふり。
こんなことでいいのだろうか。私は絶対にアメリカを許さない。といっても、テロに走るという気はありません。アメリカを「拒否しよう」と思います。
具体的には(急にみみっちくなるんだけど)、まずアメリカに行かない。アメリカの映画を見ない。アメリカの音楽を聴かない。アメリカからの輸入品を買わない。マクドナルドにも行かない。松井は好きだけど、メジャーリーグの試合なんか見ない。
馬鹿みたい? かもしれない。ま、カエルのつらにションベンてなところだろうな。でも、言わなきゃわからないし、言い続けなければ意味がない。アメリカ人の大多数はアメリカが世界中から好かれている、そしてうらやましがられていると思っており、それがアメリカの愚かな行動の最大の要因なのだから。カエルだって、次から次へと小便をかけられば、そのうち自分がいやがられていることがわかるだろうさ。
第2に、実際には、残念ながら、地球上のほとんどの人はアメリカが好きだ。枯葉剤をばらまかれ、クラスター爆弾を雨あられと落とされて、国土をめちゃくちゃに蹂躙され、何百万もの同胞が殺されたベトナム人だってそうなんだから(原爆を落とされた日本人もだ!)。ただ、そのアメリカは、実物のアメリカではなく、「ランボー」や「ロッキー」、馬鹿でかい冷蔵庫やプールとグラマーな美女という「想像の」アメリカだ。つまり、無限の富と自由という人間の夢とイコールのアメリカ。
確かに、アメリカには、メジャーリーガーの何百万ドルというギャラに象徴される、目もくらむような富を得るチャンスはある。でも、その裏になにがある? 毎日何人が銃で殺されている? アメリカ人以外は人とは思わない恐るべき偏狭さと傲慢、無知、無神経、差別、格差、荒廃。しかし、みんな、そっちは見ようとしない。「夢」とアメリカを同一視してしまう。
そりゃ、富と自由をキライな人間なんていないさ。だから、みんな自分の中に「アメリカ」を抱えている。だから実物のアメリカがむちゃくちゃやっても、本当には非難できない。
アメリカを拒否するというのは、自分のうちなるアメリカを否定するということ。まあ、完全に否定するのはなかなか難しいから、見直すと言っておこう。私は別にイスラーム教徒ではないけど、無限の富や無限の自由なんて、神の領域を侵していると言えないだろうか。ほんと、まじめに考えているとイスラームに肩入れしたくなるよ。