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起業することになるとは思いませんでした

 2019年12月から自社での出版事業を開始した弊社・アルタープレスは、実質ひとりで運営している“ひとり出版社”で、現在(2020年6月)、以下の3冊を刊行しています。

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戦史・紛争史叢書 1 東西冷戦史(一)

活動弁士の映画史

ブッダに学ぶ ほんとうの禅語

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 このラインナップを見た方の半数ぐらいは、「どれも傾向がバラバラじゃないですか」「それで、内田さんはどんな本が作りたいんですか?」といった感想や疑問を持たれるようです。
 こういった反応はおそらく、わざわざ会社員をやめて、いまどきロクに儲かるとも思えない書籍出版をやるというのは、それなりの志や“想い”があるからではないか、という当然の想像からくるものだと思います。ところが弊社の場合、なんとなく言いづらいことではありますが、そうした情熱のようなものに突き動かされて、ということではなく、自然の成り行きで“ひとり出版社”に至った、というのが実際のところです。

■私事で恐縮ですが

 わたくしの出版業界(編集者)歴は、美術系小版元→(音楽を志してドロップアウト数年)→風俗系新聞社→趣味系編集プロダクション→某“大手”版元……と、われながら華々しい、というかデタラメなものでした。最後の某“大手”(実はそのあとにも1社ありますが……)での在籍がいちばん長く、2005年にここにもぐり込んだ際は、これでやっと安泰だ、よかったよかったと安心したことを思い出します。要するにわたくしは、各局面で“食うため”に出版業に携わってきたということかと思います。これは上記ドロップアウト期において貧乏に懲りた、ということが影響しているかもしれません。
 その某社で、2011年の震災の1年後ぐらいから妙な空気が流れ始めます。企画が通らなくなる、実績数字の管理がとても厳しくなる、勤怠管理も厳しくなる(これはつらい)、等々。どれも出版市場の急速な縮小がもたらしたものといえます。同時に、人事異動、組織再編が毎年繰り返されるようになりました。安泰などという話ではなくなったわけです。計数管理が厳しくなったおかげで認識できたことですが、すでに出版事業は、もうそれだけではある程度規模の大きい会社を維持するのは難しい状況になっていました。もし従来通りの企画で従来の売上を保とうとすれば、それぞれの社員が年間あたり膨大な冊数を作らなければならない――。これらは、版元にいたことがある方ならみんな実感した/していることかと思います。これは仕事歴が紙の出版しかない人間にとっては困った事態です。
 やがて、事業を維持するため、一発必中の大ベストセラーを出さなければ、という焦りが会社に充満します。つまり、既存の売れ線をとにかく狙えということです。もともと自分が食うために仕事していたノンポリ編集のわたくしではありますが、他社のヒットの何十番目かのパクリ企画、目の覚めるほど怪しいカルトセミナー業者や“保守系”の変な人を担いだ企画、戦争ポルノマンガの便乗企画等々……が推奨・要求される傾向は、事業存続のための必然的なものであったとしても、ちょっと勘弁してもらいたい。ノンポリとはいえものを作っている誇り、というのもありますが、そういう状況にうまく乗れる、あるいは“仕方ない”と受け流せるような会社員的な適性・耐性・図太さが、自分にはもともとなかったのです。こうした多様性のない息苦しい状況は、現政権の所業に端を発するイヤな気配が漂う会社外の世間の様子と完全にシンクロしているようにも思え、不満と不安は増大する一方でした。
 そういうようなことで、耐え切れず会社をやめたものの、これからどうするか。紙の本を作る能力だけで“食っていく”ためにまず考えられるのはフリー編集になることですが、友人知人のベテランのフリー編集者たちがいまどんな苦労をしているか、ということを考えるとそれだけでやっていく自信はない。ウェブ記事のライター・編集は食っていくのが難しそうだし紙媒体以上に苛酷な気がする。また、再就職は試みたものの年齢がネックとなり、それに別のところに行っても業界が同じならさらに悪い状況に苦しむことはわかっています。そうなるともう選択肢はひとつ、“この際だから自分でやる”ことだけです。
 
■トランスビューに行きました

 個人で編集業務受託をやっていた2018年の8月に『まっ直ぐに本を売る ラディカルな出版「直取引」の方法』(石橋毅史著/苦楽堂)を読みました。以前からなんとなく知っていた、既存取次を介さない配本システム「トランスビュー方式」の詳細をこの本で知り、それまで「本自体を作ることができても、大手取次との取引がないとやはりダメなんじゃないか?」と思っていたところに、“この際だから自分でやる”ことが具体性を帯びてきました。
 翌月、トランスビュー方式で商業出版が成り立つ(食っていける)のか、さらなる確信を得るため、トランスビューの工藤さんを訪ねました。その際、冷やかしでないことを示した方がいいかと思い、その時点で実現できそうな企画を並べた「刊行予定リスト」を持っていきましたが、こういった相談には慣れている風の工藤さんには特に怪しまれる様子はなかった(ように見えた)ので、そこまでやらなくてもよかったかもしれません。
 掛け率などの数字的なことは、前述の本に書いてあることを確認する感じでしたが、このときもっとも知りたかったのは、「自動配本ではない、それぞれの書店から注文をもらう直販方式で、実際どの程度の実売部数が見込めるのか」ということです。それまで、企画を考える際も原価設計をする際も、各取次による自動配本を前提にしていましたが、その前提がまったく違うものになるわけで、この点は重要だと考えました。刷部数や消化速度が読めないと企画も立てられないし、数字的な計画が立たなければ“食っていける”かどうかもわかりません。
 それで、工藤さんの話を聞いて得た結論は、

〇企画内容にもよるが、初回(発売時)配本は自動配本と比べれば相当に少ないし、近年さらに減っている(ただしシステムの性質上返品は比較的少ない)。
〇しかし、うまくやれば結果的な実売部数は、自動配本で同じ本を販売した場合と変わらないかもしれない(長い目で見れば)。
〇いずれにせよやってみないとわからない。

といったところでした。
 本の売上をどの時点でどう見るかは難しいですが、とりあえず、以前版元にいたときに設定していた消化予定速度のだいたい半分で推移する、そして初刷は30~40%減ぐらい、と適当に想定して、わずかな手持ち資金をもとに計画を立ててみたところ、

〇初年度から出版事業だけでやっていくのは絶対無理。
〇編集業務受託(編プロ業務)もある程度はこなし続ける必要がある。
〇小ヒットぐらいが出れば、いずれ出版事業だけでやっていける可能性もなくはないのでは。

ということに。ちょっと微妙な感じです。
 ここでやるかやらないかを決断することになりました。仕事が突然切れるリスクはあるものの、編プロ業務だけでやるなら、身を切る出資をしなくていいので気は楽だろう。さてどうするかと考えているとき、何の因果か、前段で触れた、前の会社で最も毛嫌いしていた類の書籍をフリー編集として受託する羽目になりました。このアホらしさと苦痛と罪悪感は相当なものでした。ほんとうは固辞すればよかったのですが、当時の立場ではそういうわけにはいきませんでした。既存出版社はどこも似たり寄ったりな苦しい状況で、そこから仕事をいただく以上、会社組織から離れていても、いまの出版業界特有の“汚れ仕事”はつきまとう(しかも安い)、ということをここで思い知ったわけです。
 そういうわけで、うまくいく確信はまだいまひとつなかったものの、“この際だから自分でやる”ことを決め、トランスビュー訪問の翌月の2018年10月、会社設立に至ったのでした。

■2020年6月現在

 去る2020年5月に、冒頭に挙げた3冊の、3月までの実績が出ました。それによると、

〇初年度(現在、実際は2年目ですが)から出版事業だけでやっていくのはやっぱり無理。
〇編集業務受託(編プロ業務)もある程度はこなし続けているので、どうにか回っている。

という予想範囲内の結果となりました。予想が大外れしなくてよかったですが、いまのところ儲かっているわけではありません。今後の推移も予断を許しません。しかし単品で見ると予想外に良好だったり評判がよかったりと、やはりやってみないとわからない、ということも改めてわかりました。謎の零細版元を信用してくたそれぞれの著者・関係者のみなさんにはひたすら感謝しています。
 いま現在、社外から受注した出版物2点とその他、そして原稿待ちの自社企画数点が進行しています。“汚れ仕事”を引き受けなくても現状回っているのはじつに幸いなことです。ともあれ、始めたからにはこれからどうにか継続していかなければなりません。
 そこで冒頭の弊社への疑問「それで、内田さんはどんな本が作りたいんですか?」に戻ってみます。継続するには、これをさまざまな点で明確にしておく必要があるでしょう。これについては現在、ざっと以下のように考えています。

〇当たり前だが、最低限、会社を維持するのに貢献してくれそうな企画をやる。
〇現状の配本方式だと、タイミングよく広く大量にばらまいて初速勝負、のような種類の企画はあまり適さない。初速も大事だが、できるだけ長く販売できるような企画を優先して考える(タイミング合わせの企画はやってもいいが、刊行時期はいまのところ資金繰りに左右されるので実際は難しい)。
〇前段で言及したような、いまの時代特有の“汚れ仕事”は絶対やらない。それをやったら独立した意味がない。
〇趣味に走らない。ひとりでやっていると、つい自分の限られた知識の範囲で本を出したくなってしまうが、それはできるだけやらない。可能な範囲で多様性があったほうが色々な点でよいと考える。
〇企画決定などの際には第三者の意見をなるべく聞く。ひとりで全部オーケーを出していると、気付かないうちに手抜きの流れができてしまう恐れもあるので。外部からの企画も歓迎。

 ……全然明確じゃないですね。長いし。結局なにをしたいのか端的には説明できないことになっていますが、要するに企画内容としては、上に挙げた「“汚れ仕事”NG」の掟さえ守ることができればよい、これだけは守りたい、ということなので、著者の皆さん、編集者の皆さん、知り合いの方もそうでない方も、そういうことでよろしくお願いします。世の中が少しでもよくなることを念じつつ、できるだけ長く続けていきたいものです(文章が長くなりすぎました。すいません)。

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