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900年以上前に描かれた絵を前に

 羽鳥書店は2009年4月に創業し、今年で10周年を迎えました。その記念の年に、超大判の画集を刊行しました。板倉聖哲編『李公麟「五馬図」』、A3判上製84頁、スリーブケース入りの本体価格28,000円。そもそも李公麟という名からして説明が必要ですが、日本語では「りこうりん」と呼び、北宋時代を代表する画家です(生没年1049?~1106)。残された作品が数えるほどしかないこともあり日本では馴染みが薄いのですが、中国では歴史的に名高い画家です。

 
 『李公麟「五馬図」』について詳しくは、特設サイトをぜひご覧ください。

 この「五馬図」は、いまから900年以上前の北宋時代に描かれました。素材は澄心堂紙(ちょうしんどうし)という当時最高級の紙です。公的な絵はすべて絹に描かれていた時代、紙に描かれるということはかなり私的なあり方でした。描かれた当時から「神品」として君臨し歴代王朝に愛蔵されてきましたが、清王朝終焉後の混乱期に日本に渡り売買され、重要美術品に指定されて以降ほどなくして行方知れずになっていたもの。今年1月に開催された東京国立博物館の「顔真卿展」で約80年ぶりに公開され、中国をはじめ海外から多数の人が駆けつけ話題となりました。

 画集の製作過程の折々に思いを馳せたことは、900年以上の時を経てなお美しさを保つ絵が、いままさに存在することでした。日本でいうと平安時代末期のころ。絵巻など、現存する絵画はもちろんそれなりにありますが、激動の中国大陸で、ここまで良い状態で清滅亡後まで残されていたこと、そして日本に渡ってからも姿形を変えずに保存されていたことにまず驚きます。それと同時に、紙ってすごい、と素朴な感嘆も。
 今回の画集製作は、なかば複製品の製作に近いものでした。「五馬図」の高精細なカラー図版はまだ世になかったこともあり原寸大にこだわった結果、A3判でしかも横本という超がつく難易度に。作品がもつ風合いも含めた再現性を追求し、カバーなどの装幀にしか使ったことのなかったヴァンヌーボという紙を図版ページ本文に使用するなど、一つひとつの決断がかつてない規模のものになっていきました。そのため、検証や試作やたびたび生じる問題や具体的な製作時間が、その都度、二倍三倍と手間暇かかってゆく。製作費用も嵩んでゆく。こんなにいろんなものを賭けてしまって、果たしてよいのだろうかと不安も募る。
 実際、目標にしていた東博の「顔真卿展」会期中にはとうてい間に合いませんでした。しかし、できあがった画集は、文字通り、唯一無二の画集になりました。豪華本にしようとしたわけではなく、必然にたどり着いた造本は、本の作り手として経験しうる極地のものではないかと率直に思います。編者の板倉聖哲先生、撮影の城野誠治さん、デザインの原研哉さんらのすごい力を集結した稀有な製作でもありました(みなさん入れ違うように海外へ出かけてゆくなかを縫っての作業も、いまや感慨深いものに)。

 羽鳥書店は、法律・人文・美術を柱とした出版社です。会社組織も数人の小さな版元です。内容はもちろんこれはというものを企画し、造本の面では、コストを追求しすぎず、その本の魅力をできるだけ伝えられるように力を注いできました。目先の製作作業や営業、コスト・売上などに毎回切羽詰まりながら、なんとか1点1点を世に出しつづけ、これまでに78点を刊行することができました。
 「五馬図」画集も輪をかけて切羽詰まった製作でした。ですが、その折々で響いてくるのが、900年以上も経てきた絵なのだから、ここで1日を争ってどうするのか、という声でした。慰めと言ってしまえばそれまでかもしれません。ですが、さまざまな要因のため過剰・過密になりがちな製作・刊行スケジュールを前に、いま作っているこの画集が何世紀も後に残っているかもしれないと考えると、果たして自分たちがやっていることは何なのか、と我に返るのです。大げさかもしれませんが、大切な何かがきっとそこにあるのだろうと、本の作り手として気を持ち直すことができました。

 羽鳥書店の10周年は、周囲のさまざまな協力をいただきながらたどり着いたひとつの節目ですが、今後もささやかながら1点ずつ積み重ねていきたいと思います。

*最後に宣伝を
7月4日に『読売新聞』朝刊文化面で、編者の板倉先生の寄稿を中心に、大きく取り上げていただきました(「幻の五馬図「再発見」の奇跡」)。7月25日発売の『芸術新潮』8月号では8ページほどの特集記事が掲載されます。

羽鳥書店の本の一覧

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