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こう言ってしまえば元も子もないが、自分の編集者としての実務能力にはかなり疑問を感じている。

「ぶなのもり」の看板を掲げて、すでに4半世紀が経とうとしているが、第1冊めの北村祐子『FLYERS-California1994

以来、数えても両手で足りるくらいしか本を出版できていない。出してもいつもおっかなびっくりで、その本を上手にアピールできず、どうにも不遇な目に合わせてしまったなあと在庫を眺める始末である。

そんなわが社の最新刊は昨年末に発行した金村詩恩著『私のエッジから観ている風景―日本籍で、在日コリアンで―

である。ブログでの連載を読んでいて、社会のできごとを観るときのその視線の角度が興味深く、かつ誠実でていねいな文章に心惹かれ、ツイッターで声をかけたことから、その縁が始まった。まさにいまどきの書籍の作りかた、である。

その頃、私は共同運営をしていたAntenna Books & Cafe しばしば舎で連日店番をしていた。ふだんはとくに客が殺到することもなく、店の奥で生活費稼ぎの記事書きやちょっとした印刷物の製作などをしながら、ときにコーヒーやカレーを出し、合い間に店のイベントやワークショップを仕込む毎日。

詩恩さんは連日片道20キロの道のりをママチャリを漕いでやってきた。客席に陣取り、ピックアップしたブログの文章を1本1本、より伝わりやすいよう一緒に手を入れていった。飽きっぽな私を追いかけ回す詩恩さんの熱意と、いつでも来られるしばしば舎という場所がなければ、この本はできあがらなかったかもしれない。

本と違ってイベントはいい。思い立ったらすぐ形にできる。関心のおもむくままにさまざまな分野の専門家やアーティストに声をかけ、SNSで告知し、対談や展示、ワークショップ等を展開していった。なかでもいちばんおもしろがってやっていたのが「クルドスイーツ☆パラダイス!」である。

地元、埼玉県川口市はクルド人の集住地区で、日本国内に2500人ほどいると言われるクルド人のうち、約2000人が川口市と隣りの蕨市に住んでいるらしい。ところが地元でもこの事実はあまり知られていない。自分たちと比べてかなり濃い顔立ちの彼らがどこから来た人たちなのか、どうしてここに住んでいるのか、どういう暮らしをしているのか。

同じ街に住んでいる者同士、それぞれの状況を少しは知っていたいと思うものだし、何か一緒にやることがあればいいとも思う。クルド住民のサポートをしている人たちの力を借りて、6種類のクルドのお菓子を準備し、食べ放題のイベントを開いた。予想通り大盛況だった。その後、クルド人虐殺の歴史を扱った短編集『あるデルスィムの物語』(さわらび舎刊)

の読書会、短編映画『東京クルド』の上映会も開催した。

街のブックカフェを1年間営業してみて驚いたのは、本とコーヒーを媒介にしたときの人がつながるスピードの異常な速さである。それはちょっと怖くなるほどだ。中の人とお客さんだけではなく、お客さん同士が次々とつながっていく。

しばしば舎最初のイベント「小出版社が世界を変える」のさいに、共和国の下平尾直さんが語った言葉はいまも私の心を離れない。「1冊1冊の本がそれぞれ世界への扉だ」。文字という文字はいまやネットで読める、表現方法も多様で、伝える力も本などとうてい及ばないと弱気になることもある。ただ1冊の本を挟んで手渡しあった複数の手は、その世界の扉を開けるのを容易にするし、ついでに違う扉まで開けてしまったりする。その様子を見ているのはとても小気味よく、本をつくる立場からしても感慨深いものがある。

すっかり味をしめた私は現在、旧しばしば舎から遠くない場所に、新しいブックカフェ「ココシバ」をつくるべく走り回っている。店舗用に借りた場所は壁すらないスケルトン状態で、お金も什器もほとんどないが、本とコーヒーと、それからこの1年間で生まれたたくさんの縁がある。7月中旬にオープンを目指し、できることはなんでもしようとクラウドファンディングも始めた(https://camp-fire.jp/projects/status/81525 掲載されるころにはもう終わっているかもしれない。~2018/7/13)。これまでのイベントなどもたくさん紹介しているので、ぜひクリックして見ていただければと思う。

さて、出版業はどうした?と思われるむきもあるかと思う。実は今年5月に詩恩さんが「『阿賀に生きる』26周年・2018年追悼集会」に参加するべく阿賀野に出かけ、そこで偶然、うちの最初の本の著者、北村さんと遭遇したのがきっかけとなって、ふたたび彼女の本を出させてもらうことになった。他にも数冊準備中である。事務所に閉じこもって働いていたときより、このスタイルのほうが私にはよっぽど効率がいいようだ。

ぶなのもりの本の一覧

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