版元ドットコム

探せる、使える、本の情報

文芸 新書 社会一般 資格・試験 ビジネス スポーツ・健康 趣味・実用 ゲーム 芸能・タレント テレビ・映画化 芸術 哲学・宗教 歴史・地理 社会科学 教育 自然科学 医学 工業・工学 コンピュータ 語学・辞事典 学参 児童図書 ヤングアダルト 全集 文庫 コミック文庫 コミックス(欠番扱) コミックス(雑誌扱) コミックス(書籍) コミックス(廉価版) ムック 雑誌 増刊 別冊 ラノベ

つかだま書房と後藤明生と農業と

「なんで『つかだま書房』は後藤明生の本ばかり出してるの?」
 少し前のことである。版元ドットコムの会員でもあるK社のKさんから、そう尋ねられた。
「その経緯を『版元日誌』に書いてみたら?」
 ということで、そのことについて書こうと思う――。

 がしかし、先に断っておく。私の話はいつも長い。しかも、さほど面白くないしクドい。だいたい、自分にとって誰かに伝えたいと思う話は、他人にとってはどうでもいい話ばかりだ。その上、自分は飽きっぽい性格なので、この原稿を書いているうちに「そんな話はどうでもいい」と思い出し「尻切れトンボ」で終わるかもしれない。要点をかいつまんで書こうとは思うが、説明過多や説明不足になるだろう。その点はご容赦いただきたい。
 
 2017年1月23日に「つかだま書房」を法務局に登記し、これまでに以下の5点の書籍を刊行した。

 2017年5月刊:後藤明生『アミダクジ式ゴトウメイセイ【対談篇】
 2017年5月刊:後藤明生『アミダクジ式ゴトウメイセイ【座談篇】
 2017年12月刊:後藤明生『壁の中【新装普及版】
 2017年12月刊:後藤明生『壁の中【新装愛蔵版】
 2018年4月刊:後藤明生『引揚小説三部作――「夢かたり」「行き帰り」「噓のような日常」

 ご覧いただければわかるように、著者は全て後藤明生である。最初に刊行した『アミダクジ式ゴトウメイセイ』の【対談篇】と【座談篇】は単行本未収録の「語り」を集めて編んだものだが、それ以外は復刊と再編集版である。

 なぜ後藤明生の本ばかり出版するのか? それを説明する前に、「後藤明生って誰?」という方も多いと思うので、彼の経歴を簡単に記すと――。

 後藤明生(ごとう・めいせい)は、いわゆる「内向の世代」に属する小説家だ。1932年、朝鮮咸鏡南道永興郡(現在の北朝鮮)に生まれ、中学1年の13歳で敗戦を迎える。その後、38度線を超えて福岡に引揚げるが、その間に父と祖母を失う。67年、「人間の病気」が芥川賞候補となり、その後も「S温泉からの報告」「私的生活」「笑い地獄」が同賞の候補作となるものの、いずれも落選。73年に上梓した長編小説『挾み撃ち』が高く評価され、以後、数々の小説やエッセイを発表。77年に『夢かたり』で平林たい子文学賞、81年に『吉野大夫』で谷崎潤一郎賞、90年に『首塚の上のアドバルーン』で芸術選奨文部大臣賞を受賞している。また、小説の実作者でありながら理論家としても知られ、「なぜ小説を書くのか? それは小説を読んだからだ」という考えに基づいた、「〈読むこと〉と〈書くこと〉は千円札の裏表のように表裏一体でないと偽物である」という「千円札文学論」などを提唱。99年8月2日、逝去。享年67。

 まあ、「本が売れない。なかでも小説が売れない」と言われているにもかかわらず、よりによって「純文学」の小説家だ。ベストセラーが狙えるような小説家ではない。完全にマニア好み。でもしょうがない、惚れてしまったのだから――。

 私が後藤作品に出会ったのは、90年代の初頭、大学生の時だった。最初に読んだのは彼の代表作とされる『挾み撃ち』。それまで「小説らしい小説」しか読んでこなかった私は、完全に打ちのめされた。というのも、後藤の小説は、「小説らしさ」を装いながらも、まったく「小説らしくない小説」だったからだ。

 一応、「あらすじ」らしきものはある。たとえば『挾み撃ち』は「ある中年男性が、大学浪人時代に着ていた旧陸軍払い下げの外套を探し求め、当時、住んでいた下宿などを訪ね歩く」という物語だ。しかし、劇的な物語が展開されるわけではない。感動的なエピソードもない。そして、物語の語り手である〈私〉の話は、脱線を繰り返す。生まれ故郷の北朝鮮での出来事や中学・高校を過ごした筑前の記憶などに始り、永井荷風やカフカの小説、そしてゴーゴリの小説『外套』などなど。まさに「アミダクジ」のように脱線に脱線を繰り返す――。しかも、主人公の〈私〉が探していたはずの外套は、結局、見つからないままで小説は終わる。「え、これで終わるの?」という唐突なエンディングだ。もはや読者はキョトンとするしかない。

 そのような小説に「面白い!」と魅惑される人もいれば、「なんだこれは?」と困惑し呆れる人もいるだろう。幸か不幸か、私は前者だった。

 後藤は89年より、新設された近畿大学文芸学部の教授(のちに学部長)を務めていた。私はいつしか「近畿大学の大学院に進学しよう」と思うようになり、大学4年の春、近畿大学を訪ねた。しかし、文芸学部の学部長として多忙を極めていた後藤は、ゼミしか授業を担当していなかったため、ある文芸評論家の授業を聴講することにした。

 授業が終わり、その文芸評論家の研究室を訪ねた私は、「後藤明生の作品が好きで近畿大学の大学院に進学しようと思っている」と打ち明けた。すると彼は「絶対にやめたほうがいい。わざわざ大阪まで来て、しかも、文学部系の大学院なんて出たら、就職できなくなる」と言うのである。時代はまさに、バブル景気が終わり就職氷河期が始まった時期だった。たしかに、その通りだと思った。「まあ、わざわざ東京から来たんだし、そんなに好きなら、後藤さんに会ってから考えれば?」と促され、私は学部長室に向かった。

 そこで私は、後藤明生に会った。しかし会えたのは、たったの10分、いや5分程度だったかもしれない。何を話したのか、なんとなくは覚えているが、もう四半世紀も前のことなので、今となっては記憶は曖昧だ。

 ちなみに、近畿大学文芸学部の大学院からは、文芸評論家の市川真人さんや書評家の江南亜美子さんなどを輩出している。もしあのまま近畿大学大学院に進学していたら、今頃、私は何をしていたのだろう?

 結局、私は大学卒業後、とある雑誌社に就職した。職種は「編集記者」。自分で企画したネタをカメラマンとともに取材し、自分で原稿も書く。当時、ライター志望だった私には、うってつけの職場だった。しかし、5年も勤めると、弊害も生じてくる。「このまま同じ雑誌に原稿を書き続けていたら、自分の文章に、ある種の型ができてしまい、そこから抜け出せなくなってしまう……」。とは言うものの、フリーのライターで食えていける自信もなかった。そのため30歳を目前に転職し、書籍編集者になった。そして、40歳までにいくつかの書籍版元を渡り歩き、フリーランスになった。

 書籍編集者になった時、「この本が出せたら書籍編集者を辞めてもいい」と思える企画が3本あった。そのどれもが、企画会議を通すのが難しいものばかりだった(つまり、儲からない上に手間が掛かったり人間関係が難しかったり、という企画だ)。そのうちの2本は、なんとか刊行することができたが、3つ目の企画は、どの出版社でも企画が通らなかった。他社である老舗文芸版元に企画を売り込んだこともあったが、それでもダメだった。

 それが後藤明生の未完の長編小説『この人を見よ』だった。そして「この本を出すためには、自分で出版社を興すしかないか」と思うようになった。

 そんな矢先、幻戯書房からとつぜん『この人を見よ』が刊行されたのだった。2012年7月のことだ。正直、驚いた。その後、『この人を見よ』の担当編集者と知己を得たのだが、さらに驚いたのは彼がまだ20代だったことだ。後藤明生が没してから10年以上が経っていた。彼が後藤作品に出会ったのは後藤の没後で、オンタイムでは読んでいないという。

 時代が一回りして後藤作品の面白さを若い世代が再評価している――。そのことに喜びを感じた一方で、「俺、もう書籍編集者を辞めてもいいかもしれない」という脱力感が襲ってきた。なにせ「この本を出せたら書籍編集者を辞めてもいい」と思っていた3つの企画が、全て世に出たのだから。完全に腑抜け状態。でも、サラリーマンとして食っていくためには、書籍編集者を続けなくてはいけない……。

 完全に精神的に病んでしまった私は、会社を辞めてフリーランスの編集者になった。ただし、会社を辞めたのは、単なる「逃避」ではない。ある目論見があったからだ。目論見の1つに「出版社の立ち上げ」もあったが、やりたいことはそれではなかった。

 2012年10月、Amazonが日本語版Kindleのサービスを開始した。しかもKindleでは、いわゆる「セルフパブリッシング」で、誰もが電子書籍の版元になることができる――。私は黎明期の電子書籍に賭けてみようと思った。

 そこで始めたのが、後藤作品の電子書籍による復刊だ。後藤明生の単行本は、そのほとんどが絶版で、古書価格も高騰しており、入手困難な状態にあった。私は著作権継承者である後藤の長女を訪ね、電子書籍による「後藤明生選集」のプランを提案した。

 著作権継承者の松崎元子さんによると、これまで幾つかの版元から「後藤明生全集(あるいは選集)」の提案があったという。しかし、出版不況の影響か、それとも、個人全集が時勢に合わなくなってきたためか、結局それらの企画は、全て立ち消えになってしまったという。

 そんなこともあって、私の企画に賛同してくれた松崎さんとともに、「アーリーバード・ブックス」という電子書籍レーベルを立ち上げた。ただし、主宰者は私ではなく松崎さんに就いてもらった。電子書籍の著作権印税は、半永久的に発生する。それを自分が管理して著作権継承者に支払い続けるのは、筋違いだと思ったからだ。だから、毎月の売上の中から「編集費」をもらうという契約で、後藤作品の電子書籍による復刊事業を始めた。

 アーリーバード・ブックスでは、2013年11月から現在までに、30作品を超える後藤明生の長編小説・短編小説・評論集を電子書籍で復刊している。コストとして発生するのは、私と松崎さんの人件費くらいだ。しかし、最初は順調に売上を伸ばしていたものの、作業量に見合うだけの編集費を得られるほどのセールスには至らない。どうしたものか……。

 そんな最中、国書刊行会から「後藤明生の選集を出したい」という企画が舞い込んだ。これまでの経緯を聞いていてので、半信半疑ではあったものの、今回は途中で企画が頓挫することはなさそうだということがわかり、「だったら便乗してやれ!」ということで、私は「つかだま書房」を立ち上げ、国書刊行会の選集には収録されない、後藤明生の「対談集」「座談集」から出版事業を開始することにしたのでした――。

 以上が、つかだま書房の設立秘話(?)なのだが、自分としては「出版社を興した」という意識は希薄だ。出版社でのサラリーマンを辞め、つかだま書房を立ち上げるまでの間、フリー編集者として、電子書籍の制作だけでなく、WEBマガジンの校正や編集を請け負ったり、トークイベントを定期的に行ったり、書店でアルバイトをしたりと、さまざまなことをやってきた(し、今も幾つかの事業は続けている)。さらに、つかだま書房を登記した際の「定款」には、前記の事業加え「農業」なんて項目も記されている(そのため、銀行に口座を開く際に、「定款にある農業って何ですか?」と問い合わせの電話が来た)。

 弊社は、書店との取引を「トランスビュー」に委託しているが、同社の工藤秀之社長にも「何点か出版したものの、こりゃ儲からないわと思ったら、出版事業を止めるかもしれないですが、それでも取引してもらえますか?」などと、いま考えれば非常に失礼なことも言っている(それについては石橋毅史・著『まっ直ぐに本を売る――ラディカルな出版「直取引」の方法』にも記されている)。

 とどのつまり、私がやりたいのは「出版社」ではなく「情報産業」なのだ。「農業が情報産業?」と思われると思うが、農産物というコンテンツで伝えられるものもあると思っている(これについては、まだ事業が具体化していないのと、さらに話が長くなるので説明は割愛させていただく)。

 つかだま書房には2つの社是がある。

①みんなが喜んで、楽しんで、豊かになるパブリッシング
②メディアの「意義」と「意味」を探求するパブリッシング

 ①については「豊かになる」という部分が大事で、「精神的な豊かさ」だけでなく「金銭的な豊かさ」も貪欲に追求するつもりだ(ここ数年、「この定価で、この初版部数で、どうやって儲けが出ているんだ?」って本が多すぎません? 著者なのか、版元なのか、外部スタッフなのか、明らかに誰かが不当なギャラで働いているとしか思えない)。

 ②については、私自身「これって別に本(印刷物)じゃなくてもよくない?」と感じるものが増えていて、だったら、それぞれのメディアの特性を活かしたアウトプットの仕方があるのではないか、という意味だ。使い古された言葉だが「高度情報化社会」の中で、印刷物の書籍でも電子書籍でもイベントでも、それぞれのメディアの「特性」を活かしきれないと、そのメディアから発信されるコンテンツは淘汰されるし見向きもされない。じゃあ、印刷物である書籍の特性は何か? と考えたら……。それは弊社の出版物を実際に手に取ってご確認いただきたい。

 やはり話が取り止めのない方向まで進んでしまった。そして、話をどこで終わらせていいのかわからなくなってきた。しかも上記のことは、文章にはしていないだけで、さんざんいろいろな場所(主に酒場)で話してきたことなので、自分でも書くのが飽きてきた。ということで、唐突かもしれないが、ここで話は終わる。さてと、畑の草取りにでも行くか――。

追記
最後に告知を1つ。以下のようなイベントを開催します。お時間とご興味のある方は足をお運びいただけると幸いです。

ミルキィ・イソベのブックデザイン術――つかだま書房刊の「後藤明生シリーズ」の謎

オリジナリティあふれるブックデザインで、読者や編集者、さらには作家にも多くのファンを持つミルキィ・イソベさん。つかだま書房では、これまで刊行した全ての出版物のブックデザインをミルキィさんに手掛けていただきました。弊社に限らずミルキィさんが手掛けた本は、どれも独創的かつ魅力的であることは言うまでもありません。しかも、編集者さえ予想だにしなかったアイディアを次から次へと繰り出し、「本としての完成度」を高めてくれます。予算やスケジュールといった「縛り」がある中で、どのようにしたら、あのような素晴らしい本がデザインできるのか? 今回のトークショーでは、つかだま書房の「後藤明生シリーズ」を例に、そこに込められた造本の「謎」を開陳! さらには、これまでのミルキィさんのブックデザインを振り返りながら、「本という造形物」の可能性についてお話を伺います。

開催日:4月29日(日)
会場:Readin’Writin’
開場:18:30
開演:19:00
料金 :1500円
出演者:ミルキィ・イソベ(ブックデザイナー)、塚田眞周博(聞き手:つかだま書房)
お問い合わせ:ご予約・お問い合わせはReadin’Writin’まで
メール:info@readinwritin.net
電話:03-6321-7798
http://readinwritin.net/

ミルキィ・イソベのブックデザイン術――つかだま書房刊の「後藤明生シリーズ」の謎

つかだま書房の本の一覧

このエントリーをはてなブックマークに>追加