クラウドと一人版元
こんにちは。一人版元をやっているテッキーメディアと申します。おもにITに関する書籍に特化して、コンピュータのユーザーに役立つ実用的な本を出すように心がけています。なかなかラインナップが増えませんが、鋭意拡充中です。
出版業界のなかでも、コンピュータ技術に関するものは、2000年前後のインターネットのブームとITバブルの時代に急成長したのち、分野としては縮小したと思います。その後、コンピュータやスマホが一般的になるにつれ、ブームとしてのIT情報の需要は減りました。元々は雑誌の多い分野でもあったのですが、雑誌不況をもろに食らったりして、かなりの変化を体験しました(そういえば私もスタートは雑誌編集者でした)。
書籍の傾向も、初期のOSやWord・Excelなどの入門書が売れた時代から、フリーOSのLinux、クラウドの登場や人工知能のブームなど、より尖った方向へ話題が進んでいます。ただ、コンピュータの利用の流れはビジネスの変化とだいたい一致していますので、敷居の高さを感じるよりどんどん情報を拾って雑に理解した方がいいと思います。私もエンジニアではないので、技術的に完全に理解しているわけではないのですが、大づかみにコンセプトを理解しておくだけでも十分楽しめる分野です。
クラウドはスタートアップには便利
コンピュータの技術といえば、今回、小版元を作るにあたってはクラウドが役に立ちました。クラウドコンピューティングはネットワークを利用してコンピュータ資源をサービスとして利用できるようにするものです。
従来自社で所有していたコンピュータ関連の資産を、なんでもサービスに変えてしまおうというコンセプトですので、スタートアップにとっては便利なものです。クラウドを本気で使うとかなりお金が必要で、それによってAmazonなどはたいへんな利益を出していますが、小さく使うぶんにはむしろ安く済ませることもできます。
例えば、メールやデータの共有などは、Google WrokspaceやDropBoxが便利です。昔はコンピュータを購入してきて回線を引き、ファイル共有のソフトを用意して自分で管理する必要がありました。これではそれなりに設備に資金がかかりますが、サービス化されたおかげで設備についてはあまり考える必要はなくなりました(無料枠もあるし)。また、うちでは編集の実務にもLinuxサーバーを使いますが、サーバーはクラウドのAWS(Amazon Web Service)を使っています。自宅でも仕事場のコワーキングスペースでも同一のコンピューターを利用して作業ができます。ハードウェアを持っているのは端末のノートPCくらいのもので、ずいぶんコンピュータの使い方が変わったなと思いました。
制作に役立つサービス
また、弊社のスタイルとしては複数の筆者の共著が多いですが、コミュニケーションサービスとしてはSlackがいい感じでした。
Slack.comの「Slack チャンネルを整理する方法」より
Slackは複数のメンバーが関わるプロジェクトのためのサービスで、LINEのようなタイムラインで会話ができます。Slackはメンバーやグループ単位、話題単位でタイムラインを分けられますので、いろいろな話題が混在してしまうことがありません。形式ばらないでいいので「ねぇねぇ、これなんだけど…」という感じで相手に話しかけられます。最近ではメールよりもSlackで会話したほうが楽だなと思うことが増えました。
執筆している原稿はGitHubというサービスで管理するパターンがけっこうあります。
GitHubのOSSソフトRubyのページ
GitHubも元々はソフトウェア開発のためのもので、プログラムのソースコードの変更履歴を管理するための仕組みです。原稿=コンテンツも広義のソフトウェアなので、テキストファイルで書けるという性質があります。しかも、最近はMarkDownという文章を記述するためのシンプルな仕様もあります。MarkDownで原稿を書き(このコラムもMarkDownで書いています)、GitHubで管理すると、執筆の履歴がわかるし特定の時点に戻ることも可能です。そこから履歴も分岐させることもできますし、複数の人の書いたものを自動的に統合してくれる(できなければ知らせてくれる)など、編集実務に役立つ機能がたくさんあります。運用の仕方にもよりますが、うちの本の書き手はエンジニアさんが多いので、先方にとって普段から使いやすいツールということで採用されることが多いです。
こうなってくると、PC用のアプリケーションもサービス化できるのかという気になりますが、WordやExcelなどのOffice系ツール、IllustratorやInDesignなどのAdobe系ツール、モリサワのフォントなどは端末のノートPCに入れています。ただ、これらも最近はサブスクリプション化されているので、Adobe Creative Coludやモリサワパスポートに入っている方も多いかと思います。私は、年額まとめ払いにしているので、システム関係ではこのあたりがもっとも纏まった支出です。
小さい企業にとっては得だ
このように、クラウドサービスは費用面でスタートアップにやさしいと感じています。SlackやDropBoxは無料の範囲でもできることが多くありますし、AWSやGoogle Workspaceも使いだしは良心価格です。AWSの料金表によると、小さなサーバーの利用料は1時間あたりの費用が現在0.015ドルだそうですから、一見負担は軽く見えます。ただ、これを24時間365日動かし、もっと性能の良いものを求めるとどんどん経費は上がっていくでしょう。Google Workspaceも現在のところ1人あたり月680円からで一人版元にとってはありがたいですが、関係者が増えていくと経費はリニアに伸びていきます。使いやすいサービスを提供して、始めは安くしても量を使ってもらうことでお金を儲けたいというのがクラウドベンダーの狙いでしょう。コンピュータ業界には、クラウドのサービスと業務が密に結びつきすぎ、もはや他へ移行できなくなるというベンダーロックインという用語もあります。
GoogleにしてもAmazonにしても巨大なシステム基盤を持っていたので、膨大な資源の一部を有料化して貸し出すというところから始まっているのでしょう。コンピュータは、コンピュータのシステムのオーナーシップをどんどんサービスに変えていこうという動きの中でできたものと言えそうです。
会社を作るのにPCなどを買わないといけないと見積もっていたのですが、自分でほとんど機材を買わなくて済んだのは時代も変わったなぁと感じています。最近は、単純なOSやアプリケーションだけでなく、データベースやAIなどの高度なシステムもサービス化される傾向にあり、これらの傾向はまだしばらく続くことになりそうです。ちなみに、一般向けのクラウドの入門本は需要も高く人気もありますが、そのぶん規模も大きく競合も多いので、弊社で手掛けるものとしてはあまり向いておりません。これからコンピュータの世界もまたちょっとずつ姿が変わっていくんだろうなぁと思いつつ、日々のお仕事に勤しんでおります。