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タコシェ・版元ドットコム支店●店主・中山亜弓 第一回平台 |
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《序》くる日もくる日も、本ばかり扱っていると、本をモノとしてしか見なくなることがあります。 そりゃあ、そうでしょう。考えてもみてください。いくら、欲しかった本でも、同じタイトルがハードカバーで目の前に30冊ドーンと積まれて、それを電車を使って運ばなくちゃいけないなんていう時は、“重いなぁ”しか思いつきませんよ。本屋とはそういうものです。 お店で本を積んだり、並べていても、ミニコミ類などでは、“もうちょっとマシな体裁にすれば結構売れそうな内容なのになぁ”と思うこともあれば、美しい白いカバーの単行本を見ても“手垢がつきやすそうだなぁ。せめて表面ツルツル加工にしてほしい”としか思えません。 その日もハードカバーの小説を平積みしていたら、重ねるにしたがって、山が少しずつかしいでゆくのがわかりました。どうも本が少し開き気味なために、重ねるにしたがってその狂いも大きくなり山が傾いてくるようなのです。表紙がちょっぴり浮き気味の本は、見ようによっては「はやく私を読んで!」と言っているようで、けなげでかわいくもありますが、積み重なってズリ落ちそうになっている姿は気の毒です。いったい、どうして、こうなってしまうのだろう? 製本の方法に問題があるのかな? そういえば、前に倉庫に置いておいておいた本が、梅雨どきになって、クルクルに反り返って売れなくなってしまったことがあったけど。あれは多分、表紙と見返しの紙質の相性が悪いうえに、紙目も違っていたのだろう。そんなことがいくつか頭の中を巡るうち、本のつくりそのものに興味がわいてきた私は、手製本のハウトゥ本を探したり、装丁家の内澤旬子さんのお宅にお邪魔してごくごく簡単な本作りの手ほどきも受けました。 それで何か答えが見つかったというわけではないけれど──昔の人は大切なことを記録して伝えるために、わざわざ紙を漉いて文をしたため、その紙が腐食しないように防虫成分を含む植物のウコンなどで染めた布に包んで保存したりしたことがわかって、今では贅沢でしかないような革や布の装丁もそれぞれ意味があることを知りました──たぶん、ある情報や物語には、それぞれその内容を包んだり伝えるのにふさわしい形があるはずで、それが今の時代、必ずしも本という形ではないのかもしれません。 しかし本という形を必要とする物語や情報がある世界の方が、本が必要でない世界より、なんとなく居心地がいいのではないか、そんな気がします。 |
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| ▼上級編……わが製本の師・内澤旬子に訊いた製本の本 |
【上級編――わが製本の師・内澤旬子に訊いた製本の本】●ABC of Bookbinding 98 著●Jane
Greenfield 1998年発行/版元:Oak Knoll Press/USD 35/ISBN1-884718-41-8 ●製本之輯 版元:トランスアート 定価は未定。 |
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← 師の指導ではじめて作った本。表紙は千代紙の厚表紙、チリ(本の中身より一回り大きめになった余分な箇所)がちょっと不均衡で、束(本文の厚み)に対して背が大分厚みがある。こうした失敗作の場合、スクラップ帳などに利用すると、何かを貼るごとに束が出てくるのでちょうどよいことを発見する。 |
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いかがでしたか? 本に関する本。読んでみたい本をありましたか? かつて仏文科の学生であった私は、フランス書籍の専門店に足を運び、その愛想のない装丁に、ただでさえフランス語を読むのが苦痛なのに、輪をかけて読む気がなくなったのを覚えています。だいたい、フランスの文芸書や評論は、どの出版社も、白かクリーム色地にタイトルと著者名と版元名とロゴ程度が印刷されたのっぺらぼうの表紙で、「やる気があるの?」と言いたくなるような風情なのでした。 しかし、我が師に訊けばヨーロッパでは、その昔、花嫁修業のひとつに製本が入っているくらたこともあったそうで、しからば、かの国では無愛想な本を仕立て直すのも朝飯前、彼らにとって意にそまらないデザインや素材にお金を払わされるより、しっかりした中身だけ買って仕立て直した方がよっぽど理に適っているのでは、と思い直すようになりました。振り返って日本はどうか? 色とりどりの装丁はいいけれど、はたしてそれが本当に必要かどうか、肝心の耐久性や使い勝手は?と考えると心もとない気もします。 あるいはインターネットのよさは、気軽に情報を収集できるけど、その情報は不定形で、いつでも何でもあるようでいて、データが消されたり修正されてしまえばそれまで。消される前にコピーしちゃえばいいのかもしれないけれど、場合によってはネットから集めたデータを編集して私家版を作るのもいいのではないかと思いました。ちょっとフランス式発想じゃない? いずれにしても、私たちはまだ当分,本という形とつきあっていくんじゃないか? そんな気がします。 ※中山は製本初心者ですので、お読みくださった方の中で、もしよい製本関係の本や、タイトルに製本を掲げていないけど製本にたくさん触れた本をご存じの方がいらしたらお教えください。ご意見・ご感想も。 |
【2002-05-15追加――豆本の本と豆本】●自分で作る小さな本/田中淑恵
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