地方出版文化功労賞と地域出版
第25回地方出版文化功労賞の発表がこの夏行われ、文化功労賞は該当者なしだったが、奨励賞に『東北ダイコン風土記』(佐々木寿/東北出版企画)と『愛だ!上山棚田団-限界集落なんて言わせない!』(協創LLP出版プロジェクト・編著/吉備人出版)の2作品、特別賞に『奄美沖縄 環境資料集成』(安渓遊地、当山昌直/南方新社)の1作品が選ばれた。
この地方出版文化功労賞は、1987年鳥取県で読者の市民運動として行われた「本の国体」というブックイベントを契機にできた、地方の出版活動を支援する賞である。毎年秋に開かれる「ブックインとっとり」では「全国各地の本展示会」が開催され、そこで全国の優れた地方出版物を集め選考し、「ブックインとっとり地方出版文化功労賞」を制定するという。
今年が25回目だから、もう四半世紀続いている。賞は鳥取県民が選び、鳥取県民が贈るという点でもユニークだ。
地方の出版物に光を当てる数少ない出版に関する文化賞で、これまでの受賞作品をみると、『納棺夫日記』(青木新門/桂書房)、『逝きし世の面影』(渡辺京二/葦書房)など地方にあって全国的な話題になった本も選ばれている。また、秋田の無明舎出版や鹿児島の南方新社など、同じ地方出版社として目標としているところも受賞していたので、いつかは吉備人出版もこういった賞に選ばれる本をつくってみたいと思っていた。だから授賞の連絡をもらったときは、「やっと一人前の地方出版社として認めてもらえた」と感激した。
『愛だ!上山棚田団』は、吉備人出版が一昨年の創業15周年記念で公募した作品の中から選んだ最優秀作品で、昨年の6月に出版した作品だ。
第25回地方出版文化功労賞は、昨年、倉吉市立図書館で開かれた〈ブックインとっとり2011〉に出品展示された全国の地方出版物(対象約650点)の中から、各地区の推薦委員および一般の来場者による会場での投票により13点を最終候補として挙げ、11名の審査員が持ち回りで数ヵ月にわたって審査し、本年7月1日の最終審査会において決定したそうだ。
そして本書の選考理由として、次のように書かれている。
――岡山県北部、美作市(旧英田町~あいだちょう)上山(うえやま)の農耕放棄された棚田が、LLP(有限事業責任組合)創立メンバーの一人の父親が田舎暮らしを始めたことをきっかけにして、LLPのプロジェクトの一つとして生まれた英田上山棚田団によって再び元の姿を取り戻していく過程と、それによって新たに英田の住民となるメンバーが生まれたりする展開が軽妙でテンポの良い文章と写真でつづられている。
インターネットを通じて知り合ったメンバーの「やる前からあきらめるほどつまらんやつはおらん」「やらんと後悔するより、やってから後悔したほうがナンボかましや」というあまり肩に力を入れず、トラブルさえも楽しみながら乗り越えていく「おもしろがり」とノリの良さ、「上山の千枚田」を核として、楽しむだけでなく地域の資源を多角的にとらえビジネスモデルとして持続可能なプロジェクトとして展開させる企画、その有りようと展開で地元の住民とも信頼関係を築いていく過程など読みどころがたくさんある。
(中略)
全体が関西風の軽妙さでつづられていることに、「そんなに簡単なことではない」と思われる方もあるだろう。しかし、プロジェクト全体を貫くこのノリの良さがこの本の特徴であり、多くの人が楽しみながらはたから見ると大変そうな事を継続できる力の源でもある。
今後のこのプロジェクトのさらなる発展を願うとともに、この本に触発されて田舎を楽しみながら守り、発展させていく人たちが生まれることを期待する。それがなんだか出来そうに思われるところがこの本の魅力である。
また、この本は発行元の吉備人出版による創立15周年記念公募作品優秀賞に選ばれたことによって発行された。その顛末が巻末に記されている。これ自体もワイワイ騒ぎながら、新たな才能が登場して本が作られていく過程や、選考されるかどうかの不安、選考されてからのドタバタなど関西ノリで描かれていてクスッと笑わされる。楽しい本である。
――このように、著者である協創LLP出版プロジェクトチームとわれわれ編集した側の目指したところをしっかりとみてくれている。編集冥利につきる。この原稿を公募作品の最優秀に選んで本当によかった。
ブックインとっとりのように、「地方」の出版物が陽の目を見る機会はあまりない。毎年5月に出版ニュースで日本の出版統計に関する記事が掲載されるが、それによると、出版社の実に78%は首都圏に集中しているという。したがって出版物の流通・機能は、取次店など首都圏を中心に考えられている。この点をみるだけでも、これまで出版業は「地方」には不利、といわれてきた。
しかし、Amazonをはじめとしたネット書店の広がりや宅配便の充実で、さほど「地方」のハンディキャップを感じることは少なくなった。
ドーンとつくって、取次店からバーンと流して、数多くの書店を売る……ようなことを望まなければ、「地方」でもいいんじゃないかと。むしろ、「編集・出版」という分野の仕事で起業し、息長く仕事をしていこうとするなら、東京より「地方」の方がやりやすいのではないかと、最近思うようになってきた。
本を作り、作った本をちゃんと書店に並べてもらえる……東京では当たり前のようなことでも、そういう機能を持ち、そこで生活する市民を相手に本づくりをする出版社など、ほとんどといってないからだ。
書店で販売しない本、例えば社史や記念誌などでも、今までは東京や大阪など都会の会社が「地方」まで出てきてやっていたことを、地元でもできるということを知ってもらえれば、「じゃあ地元で……」というケースもだんだん増えてくる。なぜなら、地域の歴史や地理に詳しく、編集・制作にかかる費用が2分の1とか3分の2で済むからだ。担当者の肩にかかる負担も軽くなるだろう。
吉備人出版のある岡山のような地方都市では、本を作ったり販売したりするマーケットも小さく、「出版」そのものを成り立たせるのは困難だと思い込んでいたのだが、それはあくまで既存の出版の枠のなかで考えるからであって、地域出版社の仕事、やれることをもっと幅広く考えれば、この地域のマーケットは決して小さいとはいえない。
それに「編集」という作業は、人と人が顔を突き合わせて進めていく仕事なので、空間的にも人口的(岡山県の人口は190万人)にも「地域」という単位が適正なのかもしれない。
「一緒にできる仕事をつくり出すこと」「読者を創造すること」「著者を生み出すこと」――岡山のなかでやれることはまだまだあるように思う。
仕事を創造するフィールドがある「ここ」でなら、編集・出版をビジネスとして成功させることが可能だ。
ブックインとっとりの地方出版文化功労賞の表彰式(10月20日)を前に、「地域出版の未来は捨てたものではないぞ」と、思う今日この頃だ。