花の季節に。いつか米・豪・日共通教科書を——
『アメリカの教科書に書かれた日本の戦争』、編著者の提案

2006-4-12 水曜日

梨の木舎 羽田ゆみ子 :http://www.jca.apc.org/nashinoki-sha/

 花の季節は心が騒ぎます。すべてのものが雑多に積み上げられている仕事場にいると、頭の中は目の前の仕事より咲き誇る花でいっぱいになります。
 西荻窪にこの10年住んでいます。駅まで7本ある桜の木を訪いながら道筋をたどります。善福寺川のほとりにたつ我が古アパートからでて、川にかかる宿り橋をわたり50メートルほど右手に歩くと傾斜地を利用した公園があります。ざわざわとクヌギの林があり、どんぐり公園とよばれていますが、ここに桜の木が3本。うすもも色のはなびらは、えもいわれぬやさしさをたたえています。
 公園をぬけたさきのお屋敷の裏手に古木が1本、たたずまいが風雅で人を引きつけます。
 その向かい新しい家の前にある桜は、陽当たりが良くこのあたりではいちばん早くさきます。桜の季節は心が忙しいのです。                       

 桜とともに、企画から4年たって、『アメリカの教科書に書かれた日本の戦争』(越田稜編著 396頁 定価3500円+税)がようやく花さきました。
 『アジアの教科書に書かれた日本の戦争』東アジア編,続いて東南アジア編をだしたのは1990年でした。これらの本は、韓国の大統領盧泰愚(ノテウ)の来日と重なったことこともあり、わずか数ヶ月で初版を売り、増刷を重ねてきました。
 刊行翌年、 韓国の元従軍慰安婦金学順さんが自分の過去を持って日本政府を告発しました。それから20いくつかの戦後補償要求がアジアの戦争被害者から提訴されましたが、日本人の心のなかに、日本のかつての戦争がアジアの人たちにどう受けとめられているのかという関心が生まれていたのだと思います。日本の過去をアジアのひとびとがどうみているか、学校でどんなふうに学んでいるか。知りたいという好奇心が本の売り上げを後押ししました。                   
 教科書の現物をみることによって、その国の経済力をおしはかることもできました。シンガポールや香港は別として、アジアの国々の教科書をとおして、その国の「貧しさ」がみえました。戦後賠償を橋頭堡とし、朝鮮戦争やベトナム戦争という「福音」によって日本の経済成長があったことを、編者の越田先生も指摘していたと思います。

 この5年後には『ヨーロッパの教科書に書かれた日本の戦争』を刊行しました。教科書の入手をかねて1990年、イギリス、フランス、ドイツへ初めての旅をしました。
 ロンドンは斜陽の帝国の陰鬱さがありました。
 前年89年に壁が開いたベルリンは森の中にあるような美しい街でした。ベルリンから電車にのりザクセンハウゼンを訪ね、ワンゼー湖畔から船で川をくだり、ポツダム宣言の町ポツダムを訪ね、フリードリヒ2世の愛した華麗な サンスーシ宮殿をみました。両方とも旧東ドイツの町で対応する人に官僚制の残滓を感じました。 
 最後のパリでは地下鉄ストに遭遇しました。市民革命の国はほしいものは自分たちの手で勝ち取るという伝統をひきついでいると、身をもって知ることになりました。今も労組がゼネストをうっていますね。
 ヨーロッパの教科書をみてアジア・太平洋戦争がヨーロッパの目を通してもみえてきました。総じて、かつて植民地支配をした地域でたたかわれた戦争に対する扱いは遠い、自国の植民地支配についての認識についても、共通教科書『ヨーロッパの歴史』(1992年刊行)の中でははっきりとはわかりません。——しかしドイツの教科書の中で、ユダヤ人絶滅を話し合った1942年1月20日のワンゼー会議の記録は長文で載せてあることは事実です。従軍慰安婦問題をすべて消し去った日本とはちがいます。
 先日『ホテル・ルワンダ』という映画を新宿武蔵野館で観ました。アフリカのルワンダで1994年におきたツチ族とフツ族の虐殺を背景にした実話です。100万ともいわれる虐殺の原因を作ったのはかつての宗主国ベルギーの民族差別による統治政策にあったといわれています。

 4年をかけてうまれでた『アメリカの教科書に書かれた日本の戦争』に、越田さんはアメリカの市民社会の健全さをみています。
 たとえば広島・長崎への原爆投下については、ほとんどの教科書がその直後の破壊された広島あるいは長崎の写真を載せていて、ビジュアルに生徒に見せる工夫をしています。原爆投下が正しかったのかどうかを考えさせる設問があります。
 ブッシュのアメリカにわたしたちはあまりにもとらわれすぎていて、そのむこうの市民を忘れているのではないでしょうか。韓国の市民運動とのつながりはできました。支える人たちの顔をおもいうかべることはできますが、アメリカの市民運動を支える人たちの顔はよくわかりません。
 小学校で英語が必修になるわけですし、アメリカの市民との関係をつくることがこれからの課題のひとつかもしれません。——そうそうあさってから、我がウサギ小屋にワシントン大学で歴史を学ぶ韓国人女性が居候さんにきます。「国際親善」のチャンスですね。

 越田さんは、本書で「日本、合衆国、オーストラリアの共通教科書の提案」をしています。書店さんからのFAXによる注文はこの10年で最多でした。読者の目にとまることをと願っています。
 朝は電車を市ヶ谷で降ります。そして靖国通りを神保町方向にたどります。一昨日の靖国通りは花吹雪の狂乱でした。前夜の雨で散りかけていた桜並木に強風が吹き付け、真冬の吹雪のように花びらがまいあがり真っ青な空に吸い込まれてそれがおりてきて、ふたたび車の往来でまきあげられます。千鳥ヶ淵をすこしだけ眺め、九段の坂を下りて神保町にむかう。これがお花見フルコース、花の季節のぜいたくです。


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