差別表現がまたぞろ……
2005-9-21 水曜日
最近また差別表現問題が再燃しているようです。そのせいもあってか(宣伝めきますが)、小社刊「実例・差別表現」(宣伝そのものですが増刷しました)の著者の講演依頼が相次いでいます。これまでに何度も問題になっており、高い代償を支払わされているにもかかわらず、なかなか事件がなくならないのは、やはり人権意識が希薄で小手先やその場かぎりの対応になっていたからなのでしょう。これでは大事にならないとも限らない。ご用心めされ。
目先といえばその最たるものは政治。相変わらずごまかし、サギまがい(急に増税など)の小泉劇場(といっても臭い田舎芝居風)は続き、これまた郵政など小手先ごまかし対応をした民主などもどこか高校文化祭の劇みたいな感じ。時代劇の水戸黄門みたいなわかりやすさ、おもしろさを否定はしませんし、またメディア戦略から短い言葉でインパクトをという必然性があるにせよ、簡略すぎて何がなんだか分からないということになってしまっている。こんなことでいいものかどうか……。
政治というか社会全体に今もっとも必要なのは、人口や産業、文化、国際化、つまり地域やわたしたちの社会構造そのものが大きく変わろうとしているわけですから(業界も週刊誌の凋落を筆頭にそうですが)、リーダーとして示すべきはその青写真。郵貯や年金、少子高齢化、興産……、外交や防衛にしたって国会できちんと論議されているとはとても思えない(外交防衛については弊社刊「これでいいのか日本の外交・防衛」をご覧いただければよく分かります。また宣伝してしまいましたが)……。
その場限りものでしかなく、改革の名の下に本質的なもの、大事なものがどんどん失われてしまっている。よく考えれば子どもでも分かることだし、これでは有権者もすぐ離れると思うのですが。
直近の報道どおりなら、粉飾決算を主導した監査法人、ネットを利用して殺人依頼をしたもののだまされたと警察へ駆け込んだ女消防士……。とんでもなくバカなことだとは誰でも判断できるはず。そんな当たり前のことがどこかへいって、なんか世の中マンガチックになりすぎていますよね。
業界にしても、本を売るの大変ですし、当たり前の視点から編んだものを買っていただくのはなお厳しいですが、基本的なことをおろそかにすると、やがて読者から見放されてしまう……そう思いながら本づくりを模索している(当たり前の結びになってしまいましたが)昨今です。

