キャンペーンの告知をしようと思っていたんですが書店でのメモ書き及びデジ万の件が気になって気になって……、

2004-9-29 水曜日

語研 高島利行 :http://www.goken-net.co.jp/

私は出版社の営業になる前は都内某書店でアルバイトをしていました。その頃、店内にコピー機が置いてあったんですが、売り物の本をコピーしようとしているお客様を見かけることがたまにありました。アルバイトなのであまり強くも言えませんが、いちおう「売り物なので」とお断りすると大抵のお客様がすんなり引き下がってくださいました。多分、お客様にも「ちょっとまずいかなー」という気持があったんだと思います。が、中には「なぜ?」と不思議な表情をされる方もいらっしゃいました。私が直接ではありませんが「コピーを取らせたくないなら店内にコピー機など置いておくな」というお客様もいらしたそうです。
コピーほど極端ではないにしても、店内の雑誌や書籍などをメモされるお客様もいらっしゃいました。これも「売り物なので」と声をおかけするのですが、こちらは「どうしてメモしちゃいけないの」というお客様が意外と多かったのを覚えています。
書店員ではなくなってから随分経ちますが、最近はメモの代わりにケータイのデジカメで撮影してしまうお客様も多いと聞いています。いわゆる「デジタル万引き」という行為ですが、メモ書きよりもさらにお手軽なようで最近は「店内での携帯電話の使用禁止」という書店もよく見かけます。それだけ皆さん辟易しているということなんでしょう。

別に偉そうにどうこう言うつもりは全くありませんが、書店に並んでいる本や雑誌は売り物です。必要な情報がごく一部だけだからといってメモ書きで済まされては「商売あがったり」なんじゃないでしょうか。出版社も全く一緒です。売れないことには何も始まりません。自費出版で本を出す方を除けば、ほとんどの著者も「売れて欲しい」と心の底から思っている、はずだと思いますがどうなんでしょうか。

つい最近、ベストセラーになっている本の中で「雑誌や書籍は買わずにメモ書きで済まそう」といった趣旨の記述があり、ネット上で話題になっているようです。著者は無駄遣いを戒めるぐらいの軽い気持で書いたのかもしれません。そういう本のようですから。でも、編集者は何とも思わなかったんでしょうか。いや、もしかしたら「そうそう、雑誌って読み終わった後捨てるの大変だし」とか思ったのかもしれません。

それだけ取り上げるとどうにでも解釈できますし、理があるように思う方がいてもおかしくないかもしれません。ですが、出版社、特に広告収入のある雑誌ではなく販売収入がメインの書籍に頼っている出版社にとって「本屋で売る」というのはまさに「稼業」です。その出版社が「買わずにメモ書きで」という記述を見逃してしまうのはどんなもんなんでしょうか。

私にはこれは単なるモラルの問題ではなく商業出版という仕組みの根幹に関わる問題のような気がし
てなりません。

この問題はネット上のあちこちの掲示板で取り上げられているだけでなく、新聞の投稿欄などにも掲載されたようです。当該の著者のWebサイトにあった掲示板は賛否入り混じった書き込みとともに閉鎖されてしまいました。

この問題はポイントカードや割引販売の問題とは根本的に質が違います。ポイントカードや割引販売は少なくとも「もっと売りたい」という気持につながっています。が、今回のこの問題の先にあるのは「商売としての出版」に対する絶望(とか言うと大げさですが)のみです。

自分の出版社でもしこういうことが起こったら、どういった対応を取れるのかどういった対応を取るべきなのか、自分には答はわかりません。だから偉そうなことは言えません。もう少しこの事態を見守っていきたいと思っていますが、とても歯痒く思っています。

追記■今回のこの枠では弊社がWebサイトで開催中の『iPod miniが10名様に当たるプレゼントキャンペーン』をお知らせするつもりでした。音声教材をMP3ファイルにしてダウンロード販売しているんですが、それの告知を兼ねてのキャンペーンです。是非、ご応募下さい。なお、書店様には別途キャンペーンのポスター掲示をお願いしております。ポスター、貼っていただけませんか? こちらの趣旨についてもWebサイトで告知を行なっています。是非、ご協力ください。よろしくお願いいたします。

語研のWebサイト http://www.goken-net.co.jp/
書店さん向けのポスター掲示趣旨説明 http://www.goken-net.co.jp/sp/poster.htm


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外商と書店営業の両立は可能か?

2004-9-22 水曜日

皓星社 佐藤健太 :http://www.libro-koseisha.co.jp/

小社では、大学図書館や公共図書館を販売対象とする復刻のセット商品と、一般読者を対象とした単行本をつくっている。営業は私一人なので、大学営業(外商)と書店営業の双方を行わなければならない。どう両立させればいいのか、ここのところ悩んでいる。

大学営業は季節労働のような面があり、夏期休暇・冬期休暇をのぞいた5月から6月下旬まで、10月から12月下旬までが、営業するのに最適だ。1セット売れれば10万円以上の売上が上がる商品なので、この時期はひたすら大学行脚をすることになる。

当然、出張も多くなる。現実問題として全国を歩くのは無理なので、首都圏、関西、九州などを回るのだが、この間に新刊の単行本が出たりすると営業が難しい。いつも歩いている首都圏の書店にも行くことができない。FAXという手段もあるが、行けば多くのご注文をいただけることは分かっているのに、歩けない。電話すればいいじゃないかとも思うのだが、大学の研究室をひたすら歩きながら、その間に書店の担当者にご連絡をするというのは、時間をとるのが難しく効率が悪い。

一度関西出張の折に、大学営業を終了してから書店を回ったことがある。地方に行く場合、書店の外商部の方と一緒に回るのだが、だいたい夕方5時頃に営業を終えて(営業先によっては7時頃になることも)、翌日の打ち合わせを行うと最低6時半は過ぎてしまう。それから訪ねるとなると7時過ぎ。ずいぶん迷惑なことをしているなと思いながら、手短に営業をするのだが、こんな時間帯では担当者が帰っていることも多く、会えずに終わることも多い。

私はなんとも恥ずかしいことだが、車の免許を持っていない。いつか取らなければと思うのだが、なかなか時間を作ることができないでいる。単独で車を使えば、合間に書店を回ることも可能かと思うが、実際のところどうなのだろうか?

いろいろと経験豊富な営業の方に聞いても、外商と書店営業の両立は無茶だよと言われる。とはいえ片方を捨てることもできず、しかし二兎追うものは一兎も得ずになっても困るし、いったいどういう方法を取ればいいのか?悩みは深まる一方だ。


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「韓流」ブームと文化交流のすすめ

2004-9-14 火曜日

現代人文社 保月ゆかり :http://www.genjin.jp/

《冬のソナタ》から始まった「韓流ブーム」。ブーム到来の数年も前から秘密結社か何かのように友人の家に集まっては、韓国や香港、台湾などのドラマを鑑賞していた私には、韓国スターの写真集が書店売り上げベスト10に入り、コンビ二で「ハングル」の歌が流れる、そんな時代がこんなにも早く訪れるとは想像もできませんでした。一説によるとこの韓流ブームの仕掛け人は某広告会社だとかネット上では噂されていますが、韓国スターを通じて韓国という国に興味を持ったファンの中には、ハングルを学ぼうという熱心な人が少なくないと聞き、この勢いは単にブームでは終わらないのではないかと予感しています。

私自身もご多分に漏れず、アジアンスター、特に香港スターのファンになってから7年ほどたちます。何かにハマってもひととおり体験してしまうとあっという間に飽きていた私ですが、アジアンスターだけは長続きしているのです。その理由のひとつに言語への興味があると思います。憧れの香港スターが話している言語を学ぶうちにその国の生活や習慣を理解するようになり、更にもっと違った次元の興味が湧き、芸能だけでなく香港そのものが好きになりました。私と同じようなきっかけで日本に興味を持っている人達が香港にも大勢います。言葉、身振り手振り、筆談と、あらゆる手段を使い互いに自国の生活を紹介しあったりする時間はとても楽しいものです。音楽や映画は文化交流への入り口です。なにも海外に出向かなくとも、たとえば池袋の中華料理屋でもインド料理屋でも充分です、隣の外国人に話しかけて会話を楽しんでみるのはいかがでしょうか。

言語を学び、理解が深まり、交流が広がれば、相手の国(人)の良い面だけでなく悪い面も見てしまうことがあります。個人的に厭な思いをしがためにその国を嫌いになる人もいますが、個人と国家への評価は理性的に分けるべきですし、政治的な批判を個人や民族への攻撃に転換してしまうのは悲劇しか生みません。更に言えば、相手の文化を理解せず単に言語だけを習得するのは、免許ももたずに銃を持つのと同じぐらいに危険なことかもしれません。安田純平氏(著書:「囚われのイラク」現代人文社刊)がイラクで拘束された際に自身を助けたのは、拘束中にも言語を学ぼうとした姿勢と食への興味、生活習慣や文化への敬意だったのではないかと思います。

私には香港へ行くと必ず訪れる場所があります。BEYONDというバンドのボーカルだった《黄家駒》のお墓です。十一年前、アジアでカリスマ的存在であった彼は、日本での活躍の夢半ば、日本のバラエティ番組の収録中に不慮の事故で亡くなりました。そのお墓からは彼が愛した香港の港の風景が一望できます。香港でしか生まれ得なかった彼の声を聴きながら、彼の愛した香港を眺めそして、彼が音楽に託した「和平」について考える。それは私の心をリセットしてくれる大切な時間です。


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チェ・ゲバラ関連本の周辺

2004-9-8 水曜日

現代企画室 太田昌国 :http://www.shohyo.co.jp/gendai/index.html

7年前の1997年に『チェ・ゲバラ モーターサイクル南米旅行日記』を発行した。
その年はゲバラ死後30年目に当たった。当時の世界の政治・社会状況は、誰の目にもくっきりとした印象を残して彼が生き抜いた1960年代とは、ずいぶんと変わっていた。状況の激変を理由に、過去の意味深い「遺産」をすべて投げ捨てるのはよくない、と日頃から考えている私は、この年にゲバラの本を何か出版したかった。

古い本だが、青木書店の『ゲバラ選集』(全4巻)で著作が集大成されている人だから、既訳のもので済ませるのは安易だ。未発表論文もかなりあるはずだが、キューバ政府はまだ全面公開に踏み切ってはいないようだ。そんな思いをめぐらせていた時、冒頭に挙げた本の原書に出会った。ゲバラがアルゼンチンはブエノス・アイレスの大学の医学生だったころ、親友と語らって、モーターサイクルでの放浪の旅に出た。その旅の過程で書かれていた日記に、後年ある程度の手を入れて、成ったものだ。

論文や演説を読めばわかるが、ゲバラはなかなかの文章家だ。その才能は、23歳当時のこの日記にも表われていて、いわば十分に「読ませる」、青春の紀行文学になっていると思えた。それは、当然にも、かつて私たちが読みふけった「革命家ゲバラ」の著作ではなく、それ以前の文章だ。差し当たっては、後に彼がたどることになる人生とも無関係に、単独で読むに堪える本でもあるが、なかに関心をもつ人が生まれて、彼の全体像を知るきっかけにもなりえよう。そこで、特に若い人に読んでもらえればと思って、死後30年の年に合わせて出版したのだった。

基本的に超小部数出版の仕事をしている私たちにしてみれば、この本はそこそこ売れた。東京で言えば、原宿・六本木・渋谷の書店で売れ始めたから、思ったとおりに、若者が求めてくれたようだった。反応は多様だった。とにかく、ある時代を象徴する具体的な人物への関心が生まれることが大事だと思った。

この反応に力を得て、この間にゲバラ関連の本をさらに4冊出版した。青春の無鉄砲さを若々しく、ユーモラスに描いた『モーターサイクル南米旅行日記』と違って、革命家になった後のゲバラの(についての)著作には、苦悩と絶望がある。とりわけ『コンゴ戦記1965』では、彼自身が自ら立てた作戦の失敗にうちのめされた記述にあふれている。さすがに、この種の本は、異様に明るいこの時代の様相の中では、ガタンと読者数は減る。本来の私たちの仕事の水準に戻るだけだから、それほどのショックではない、と負け惜しみ的に付け加えておきたい。

ところで、『モーターサイクル旅行日記』は映画化された。以前からその噂は聞いていたが、製作総指揮はロバート・レッドフォード、監督はブラジル人で『セントラル・ステーション』のウォルター・サレス、ゲバラ役はメキシコ人の俳優で、すでに世界的に人気も出ているガエル・ガルシア・ベルナル。試写会で観たが、ロードムービーとしてなかなかの作品に仕上がっている。東京・恵比寿ガーデンシネマ10月9日(ゲバラがボリビアで殺された命日)封切りを筆頭に、順次全国公開される。

原著の著作権者に変更があったために、私たちは新しい権利者と新契約を結ばなければならなくなった。その経緯には、いささか面倒なこともあったが、新契約に基づく「増補新版」も間もなく出来上がる。映画も機縁になって、新しい読者との出会いを大いに期待している。ゲバラについては、赤字覚悟でも出したいものがまだ数冊あるので、読者の裾野が広がっていくことは、大歓迎なのだ。


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出張、旅、そして遅読のすすめ

2004-9-1 水曜日

雲母書房 松村康貴 :http://www.kirara-s.co.jp/

『出張、旅、そして遅読のすすめ』

 鳥取砂丘が見たい!随分と前から思っていた
 砂漠 砂丘 砂 砂の隠喩
 その願望は安部公房の『砂の女』に始まる
 砂は風に舞い 手からさらとこぼれ

 けれどその 軽やかさ という性質は 砂のポーカフェイスな戦略であり より決定的な性質は水気を含んだ時に露出する
 凝固し締めつけ対象を引きずり込み 蝕む 気づいたときには既に遅く 肉体も精神もそこから脱出できない しない
 軽やかさと粘着 移り気と性的粘着

 などと格好つけた事を書いていますが じっさい僕の砂丘願望は 独身男の恋愛および結婚願望なのではないかと それでもって山之口貘さんのように つかんだあ (『もしも女を掴んだら』より) というような勇ましい歓喜願望というよりは 昨今の軟弱で浪漫チックと勘違いしている乙女チックなソフトマゾ的 裏を返せば攻撃的サディな男たちの あなたの男にしてください という情けなくかつご迷惑な願望なのであります はい

 さて 性格的に出不精で運命的に金欠なる僕の 砂丘を見たいという願望はようやく今の勤め先での出張にてかなうのです 業務命令は鳥取ゴー
 はて 車を走らせるのですがどこまで行っても緑の山
 僕の 心 の鳥取は県全体が砂漠 数時間も歩きつづけること みずー みずー とつぶやけば だめ押しぶでぇーんと 関取(鳥取取)砂丘 が立ちふさがり 絶失望とともにその場で気を失い倒れ砂に埋もれてゆく    そんな甘美な自滅願望を満たしてくれる場所と思いきや 緑に囲まれた【鳥取砂丘はこちら】という標識に従い【鳥取砂丘駐車場】に車を停め 緑の木々をくぐり抜け目の前に百八十度の眺望とともに現れたのは!    海    ちょこんと砂丘
 とりあえず砂場に降りつらつら歩きつら登り右向いて左向いて前向いて海の喫水線を眺めながら煙草に火を付け一服 おもむろ後ろ向いてとぼとぼ黙々時化木もと来た道を引き返す さてホテルに戻って明日の仕事の用意をしよう あぁ 長年ため込んでいたおいらの文学的妄想がひとつ消えたなぁなんだか寂しいなぁこれって出会い系サイトに似ているなぁ だまされたー

 出張は旅
 もちろん仕事をしっかりとこなすことが前提ではありますが 旅心のない出張はつまらない
 一期の出会い つめたいあたたかいさびしい一会
 旅は人が稀人になれる時
 近頃 飛行機や新幹線のチケットが驚くほど安い 車で行くより安くて時間も取れる
 出張も泊まりから日帰り曲線から直線へ そして旅がぬけてゆく
 小説の速読 あるいは手短に読める あらすじだけの小説のような味気なさ
 寂しいものです それが現代
 夕陽
 地平線の直線と太陽のゆったりとした曲線との間のまばゆい空間 それが旅 読むこと

 強引な結論ですがこの秋 遅読をおすすめします
 
 主人公のせつなさに引きずり込まれ一気に読み気づいたら朝でした
 というより 気づいたら年開けていましたぐらいな


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