市町村合併がやってくる

2004-2-25 水曜日

浅野太鼓文化研究所 小野美枝子 :http://www.asano.jp/top.html

 このところ、全国で市町村合併が進行しています。私たちの編集室がある石川県松任市も近隣2町5村を巻き込み、2005年から「白山市」として新市政がスタートします。石川、福井、岐阜の3県にまたがり、富士山、立山とともに日本三霊山の一つに数えられる「白山」の名を市名にいただくことはなんとなく面映ゆく、また一方で永年慣れ親しんだ「松任」という市名が消えてしまうことに一抹の寂しさも感じています。
 さて、そうした感傷はともかく、市町村合併によって編集室には膨大な仕事が発生します。まずは住所録の訂正です。1988年に創刊した『たいころじい』は最新刊で24巻となりましたが、その間に蓄積した定期購読者名簿の何割かは訂正しなければならなくなるでしょう。それにともない、販売台帳、宛名シール、納品書、請求書などの住所ももう一度見直すことになります。同時に、書籍に挟み込むスリップや読者カード、編集室で使用する封筒、名刺、書籍チラシなどの印刷物も更新しなければなりません。その他、今は予想もしない事態が発生するかもしれません。住所表示をすべてを新表示に改めるについては数年間の猶予期間をおくということですが、かつて郵便番号が5桁から7桁に変わった時に、いつまでも5桁マスの封筒で書類を送ってくる企業がどこか侘びしく見えたことを思い出すと、あまりのんびり構えてはいられないという気持ちになります。
 かくして、ただでさえ人手の少ない編集室は、まもなく市町村合併狂想曲にてんてこ舞いすることになりそうです。読者の皆さま、取次の皆さまにはできるだけご迷惑をおかけしないよう頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします。


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誰のためのICタグか?

2004-2-18 水曜日

青弓社 岡部友春 :http://www.seikyusha.co.jp/

 最近、新聞などで、ICタグについて「次世代の……」「情報革命」といった記事が躍っていますが、出版業界で本当にうまく活用できるのか、小零細の版元や書店では使えないのではないか、万引き防止対策ばかりいわれているけど本当に防止できるのか、などなどの意見を耳にします。「そもそもICタグってなに?」という意見もありますが、もう少し関心をもってほしいなと思います。

 先日、『ICタグの仕組みとそのインパクト』(ソフト・リサーチ・センター) を読んだ。そのなかで、出版業界での利用用途として「在庫管理」「返品管理」「盗難防止」が挙げられていました。これでは版元、取次、書店のことしか考えられていません。いちばん大切な読者のことが考えられていません。読者にはどういったメリットがあるのか、また、デメリットは?と思わざるをえません。

 昭和図書越谷物流センター(埼玉県越谷市)でおこなわれた模擬実験では検品がうまくできなかったりもしていましたし、『インターネットの不思議、探検隊!』(太郎次郎社エディタス)にはじめてICタグを装備して、ICタグの耐久度を調査していますが、結果、4カ月ほどの期間で生じた返品のうち、約1割の書籍のICタグが壊れていたそうです。店頭在庫のことも考えると、2、3割のICタグが壊れているかもしれません。これらのことをふまえても、実験段階とはいえ、信頼性や耐久性に関してはまだまだ先は長いです。

 ほかにも、今後も問題として残るのは、プライバシー問題でしょう。上記書籍の発売元である太郎次郎社のサイトにもあるように、アルミホイルをかければ読みとれなくなりますが、逆にいえば、アルミホイルや鉛を本のまわりにつけておけば(たとえば、バッグのなかをアルミホイルで覆ってしまえば)、万引きできてしまいます。とはいえ、双方の問題をいっしょに解決することは無理かもしれません。最重要課題でしょう。

 ほかにも「タグの価格」「システム導入費用」の問題もあります。タグの価格が4円以下にならないとコミックには装着できないという意見もありますし、小規模の版元や書店ではシステムに何百万円もかけられないでしょう。それだったら万引きされたほうがいいやと思う書店さんもあるかもしれません。まだバーコード対応のレジを導入していない書店さんはなおさらでしょう。版元でも既刊本でタグが装着されていないものには個々のデータを入力したうえで装着して出荷しなければいけません。消費税が導入されたときのように断裁、絶版というわけにもいかないでしょう。すべての書籍にICタグが装着されるのには、常備などの社外在庫のことも含めて、何年もかかるかもしれません。まだまだ問題は山積みです。

 否定的な言葉ばかりを述べましたが、うまく進んでいる面もありますし、メリットもかなりあります。これらのことは別の機会に書こうと思ってます。また、わたしは日本出版インフラセンターの ICタグ研究委員会に参加していますので、本当にICタグを導入する必要があるのか、誰の、なんのためのICタグ導入なのか、誰もがメリットを多く感じるためにはどうしたらいいのか、どうやったら小規模の版元や書店でも参加できるかなどを提言していくためにも、多くの人たちから意見を聞いて、よい方向に進めるように委員会で発言していきます。


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小泉首相はまちがっている

2004-2-10 火曜日

めこん 桑原晨 :http://www.mekong-publishing.com/

宮崎県の高校生が「平和的な手段によるイラクの復興支援、自衛隊や各国軍隊の撤退を呼びかける5358人の署名付き嘆願書を内閣府に提出した。小泉首相はそれに対して「この世の中、善意の人間だけで成り立っているわけじゃない。なぜ警察官が必要か、なぜ軍隊が必要か。イラクの事情を説明して、国際政治、複雑だなぁという点を、先生がもっと生徒に教えるべきですね」と述べたという。これがわれわれの国の首相だ。がっかりしてしまう。勇気と信頼を旗印にしているのじゃないのか、君は。もう少し心のこもったことを言ってくれよ。善意の人間というのはブッシュか? おまえか? 善意じゃない人間というのは誰だよ? こういう(苦しい言い訳でアメリカのイラク攻撃と自衛隊派遣を正当化しなければならない)状況をつくったのは誰だ。
小泉首相の自衛隊派遣の理由は次の3点だ。
1アメリカのイラク侵攻は正しい。そのアメリカから頼まれたのだから断れない。
2汗を流す(つまり殺されるということ)国際貢献が求められている。
3自衛隊は戦争に行くのではなく復興支援に行くのだから、日本の軍国主義復活の懸念はない。
全部まちがっている。
アメリカのイラク攻撃の「大義」=「大量破壊兵器の隠匿」が根も葉もないでっちあげだったことが明らかになり、ブッシュやパウエルがあせっているのは周知のとおり。要するに、自分の言うことを聞かない国はやっつけるんだ、理由はあとで考えればいい、ということだ。めちゃくちゃだ。そのためにイラク人が1万人近く殺され、アメリカ兵が「戦争勝利宣言のあとだけで」500人以上も殺されている。かわいそうに、彼らは何のために死なねばならなかったのだろうか? 日本の首相は言った。「まだないとわかったのではないでしょう」。悲しくなるよ。
汗を流す国際貢献なんて誰が求めているのだろう。湾岸戦争のとき日本はいっぱいお金を出したが、どこも評価してくれず肩身が狭い思いをしたという。いったいどこの国が日本の「お金だけの」支援は意味がないと言ったのか? いったいどこの国があの時日本は自衛隊を出すべきだったと言ったというのか。どこもそんなこと言っていないのだよ。勝手に日本の誇大妄想狂の連中がそう思い込んで(あるいは意図的に)吹いているだけなのだ。「お金だけで」なぜいけないのだろう? 日本は戦後そうしたから、今この繁栄と平和を享受しているんだ。勇気を持って「お金しか出さない」と言うべきだろう。それが本当の勇気だと思う。弱いやつの頭をはたくのが勇気じゃないよ。
そして、いつか日本の歴史を振り返ったとき、あれが暗い時代に逆戻りした第一歩だったと言われる、だろうな。むなしい。


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Where is the beef?

2004-2-4 水曜日

ネクサスインターコム 村松健吉 :http://www.nexus-i.com/

Where is the beef? 直訳すれば「牛肉はどこ?」という意味であるが、これは1980年代、私が学生だった頃、ギャリー・ハート上院議員がアメリカ合衆国大統領選のキャンペーンで使って話題となったキャッチフレーズである。支持者達は、ハンバーガーを片手に「Where is the beef?」を連呼していた。彼が意味するところは、「肝心の中身は何か」を市民に問いかけたのである。皮肉にも、2004年、日本中で問題の核心が問われている。

まず、困っているのが吉野家(注:吉野家の吉はパソコンでは正しく表示されません)をはじめとする外食産業。正に、Where is the beef! である。吉野家が新メニューを発表した矢先に鶏卵、鶏肉へと問題が広がっている。まったく、お気の毒で慰めの言葉もない。一体、人間の「食」はどうして、このような事態に陥ってしまったのであろうか。牛に肉骨粉を食べさせたり、遺伝子を組み替えたり、自然生態系を壊したり。やはり我々は誤った道に進んでいるのではないだろうか?とても不安になる。私が学生だった頃は、農薬の問題や公害など、ある程度の努力と時間をかければ解決できるような次元の問題だったが、今、我々が直面している問題は、どうも抜本的な取り組みを行わないと解決できないように思う。

政治の世界では、また学歴詐称疑惑で連日のように報道されている哀れな新人政治家がいる。自分の取得した単位の計算もできないとは、滑稽以外なにものでもない。通常、アメリカの学生は単位数とGPA(成績の平均グレード)を常に非常に気にして大学に通う。GPAが悪いと大学院に入れないし、場合によっては奨学金がキャンセルされたり授業料が上がるからである。卒業するためには、事前に「この学期で卒業します!」と学部長に申請して、卒業のための費用を支払わなければないのである。お役所は何でも書類が不備だとか前例がないと受理しないが(高田・向井夫妻の子供のように)、立候補する時は、卒業証明書のコピーとかを提出させたらどうだろう。

東京にも異変が起きている。平成15年は六本木ヒルズや汐留など巨大ビル建設ラッシュの年であった。神保町も再開発で様子が大きく変わった。IT拠点を目指す秋葉原の再開発もすすんでいる。対照的に都心では続々と老人ホームの建設がすすめられている。それも結構な大きさのビルである。文京区では土地の値段が下落したせいで土地の取得が容易になり、老人を目当てにした商売が成り立つとの計算らしい。熱海・箱根・修善寺の老人ホームの老人達が都心に戻ってくると、老人の割合が増えて介護保険などの保険料が激増するのでは・・・。不要な高速道路も建築するそうだし、ああ〜不安。もう海外に移住しようかな。


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