戦争の記憶が消えない

2004-1-28 水曜日

日本経済評論社 木野村照美 :http://www.nikkeihyo.co.jp/

 もう一昨年になるが84歳になる父が、交通事故で頭を打ち一ヶ月間意識不明だった。
その後意識を回復しリハビリの甲斐あってどうにか日常生活を送れるようになった。しかしこれまで80代とは思えないほど元気だった父が、一気に年をとり84歳の老人になってしまった。
 年末年始に久しぶりに父の顔をみると、浮かない顔だ。夏に会ったときには、もっと明るく元気だったがどうしたことだろう。
 食事時や、じっと椅子に座っているときも拝むように手を合わせている。「どうしたの」と聞くと「みんな死んでしまった。」と訳の分からないことを言う。母は、「ニュースでイラクの戦争の事ばっかり言うからこのところ毎日こんな風よ。」
 そういえば、半年かかってやっと退院して家に帰った後も「オレは、地獄に行く」と言い続け家族をこまらせた。「どうして地獄なの」と聞くと「人を殺したから」と言う。戦争で人を殺したことを言っているようだ。正常な脳の働きを失ってから若いときの戦争の記憶ばかりが鮮明に思い出されるようだ。
 農家の5男だった父は、小学校を出てすぐに炭坑で働き、徴兵検査のあとすぐに海軍に徴兵された。そして戦場で何度となく死にかけ、やっとの思いで帰国した。家族には、すでに戦死の知らせが来ていたようで葬儀もされていたとのこと。
 戦後も炭坑で働き、石炭需要が減るなかで炭坑は閉山になり、新たな仕事を求めて鉄工所に勤務した。定年まで勤勉に働き、やっとのんびりと老後をおくれるようになった。年令よりも健康で、趣味もゲートボールや写真、日曜大工と多彩だった。
 戦争の話はほとんどしなかった父が、ここにきて戦時中のことをいろいろ話す。記憶の中で消すに消せない生々しいもののようだ。
 イラク戦争の開始と自衛隊の派遣。戦争をくぐってきた世代が、まだ痛みも消えないうちにまた同じ道を繰り返そうとしている。父にとって戦争は、過去ではなく現在と繋がることのようだ。加害者である父が、未だ忘れることの出来ない戦争。であれば被害を受けた人たちは、より一層忘れることの出来ない歴史であろう。自衛隊の「出兵」を アジアの人たちは、どれほどの不安を抱えながら注目しているのだろう。
 正月そうそう小泉首相の靖国参拝が報じられ、10日には自衛隊のイラク派遣が決定した。いつかきた道をみるようで父でなくても空恐ろしくなってくる。

新刊案内
もうひとつの世界は可能だ
世界社会フォーラムとグローバル化への民衆のオルタナティブ
ウィリアム・F.フィッシャー/トーマス・ポニア編著
監修 加藤哲郎
監訳 大屋定晴/山口響/白井聡/木下ちがや
もはや世界はひとつではない
《多様な運動体によるひとつの運動》
《多様なネットワークによるひとつのネットワーク》
国際投機、福祉・環境、反戦、差別、暴力などさまざまな問題に世界の民衆が立ち上がった。
序文●ネグリ=ハート


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スパムメールと戦う

2004-1-21 水曜日

ポット出版 日高崇 :http://www.pot.co.jp/

ご他聞にもれず、仕事のメールアドレスに着信する大量のスパムに悩む日々であります。だいたい10分に一回くらいの頻度でメールチェックしているんですが、仕事のメールはなくとも、ほぼかならずスパムを一通以上受信します。メールがくれば着信通知音を出したり、該当メールボックスを開いたりと、見落としのないように多少騒々しく動作するように設定してあるので、当然そちらに意識が行きます。つまり10分に一度は仕事への集中を中断されるわけで、ポットでは半年くらい前からかなり深刻な問題になっていました。

「スパムメールを防ぐ」ということは、私の中では次の4つに階層化されています。

  1. ●メールの発信源を突き止め、送信をやめさせる
  2. ●メールサーバにスパム対策ツールをしかけ、個々のアカウントにスパムメールが配信されないようにする
  3. ●メールサーバとメーラーの間にプロキシの形でスパム対策ツールを置く
  4. ●メーラーのスパム対策機能を利用する

1から始まって、徐々に「対症療法的」なアプローチになっているのですが、1とそれ以外はそのアプローチのラディカルさにおいて明確な違いがあります。
スパムメールが来る、ということは発信している人間がいるわけで、「ヤツらに天誅を!」を思うのは自然の理、すなわち1の方法がもっとも「望ましい」対処のように思えます。
しかし、ヤツらは発信源をうやむやにするためにあの手この手を使ってきており、かなりしつこく調べたのですが、「確実に発信源をつきとめ、発信をやめさせる方法」を見つけることはできませんでした。
スパム業界ではメールアドレスの名簿を転売すること自体がビジネスになっている、という説もあり、ひとつの発信源をつきとめても結局他の業者からすぐメールが来る、といういたちごっこ状態なのでひとつ潰しても殲滅にはほど遠く、また、つきとめた後のオーソドックスな対処は「発信しているサーバなり回線なりをサービスしている ISPに連絡してやめさせる」なのですが、そもそもISP自体がスパム業者とつるんでいるケースもあるらしい、さらに、最近はワームのバラマキでオープンリレー作っているらしい……。と、とにかく敵が巨大かつ複雑すぎて1の方法は労力に見合わない、という結論に達しました。

となると、次はツールによる防衛です。私は会社のメールサーバを管理しているので、「全員に対して有効」というモデルを必要としていました。当然、2の「サーバで防御」パターンが望ましいわけです。SpamAssassinというツールの存在を知り、また、ほぼ同時期に「ベイズ理論」にもとづいた「ベイジアンフィルタ」というツールが主流となっていることを知りました。従来のスパム対策ツールが、たとえば「表題に『未承諾』と入っていればスパム」といったルールをひたすら追加して対策するのに対し、ベイジアンフィルタはメールに含まれている単語の統計をとり、「このパターンでこの単語を含むものは(多分)スパム」といった判断をしていきます。SpamAssassinはどちらかというと旧世代のツールなのですが、途中からこのベイジアンフィルタを実装しており、またVine Linuxでパッケージされていることもあり、迷わず導入しました。
サーバ全体に対してフィルタするように設定したので、全員のメールがうまくフィルタリングされるようになりました。しかし、どういうわけか肝心の振り分け率がふるわず、評価はいまひとつでした。

さらに、SpamAssassinには致命的な問題がありました。それは「ベイジアンフィルタの管理インターフェースがないに等しい」という点です。ベイジアンフィルタは、その性質上振り分けを間違える可能性が常にあるので、どんなに振り分け精度が上がっても、なんらかの形で人間が目でチェックできる必要があります。また、振り分け間違いに対しては即座にその修正を人間が指示してフィルタを「成長」させることも必要です。

この問題点を解消するため、メールサーバを置いてあるマシン上でスパム教育用のアカウントをつくり、さらにサーバ上でGUIメーラー(Sylpheed)を動かしてそこにVNCでアクセスしてスパムの振り分けをし、スパム確定したものを定期的に学習ツールで学習させる……といった地味な努力をしてみたりもしたのですが、肝心のスパム検挙率がまったく上がらず(最終的に、スパム捕捉率は3割程度でした)、「やはりメーラーごとに防衛するしかないのか……」という結論にたどり着こうとしていました。

そんな折、ふと最近あちこちで話題になっているPOPFileをメールサーバ上で使う、というアイディアが閃きました。このアプリは主にWindows上でカンタンに使える(POPFile自体はPerlスクリプトなんで、Perlとその周辺ライブラリが動けば、どんな環境でも動きます。念のため)、という点が喧伝されており、個人個人が自分のマシンにインストールして使うことを想定しているものなのですが、結局メーラーとサーバの間にあればいいわけだから、サーバに置い「ても」いいのでは、と思ったのです。ポート番号の競合やPerlのバージョンなど、いくつかの問題点はありましたが、Web上の先人たちの知恵に助けられ、うまく動作させることができました。最初に出した階層化で言うと、「かなり2に寄った3」といったところです。

このアプリが優れている点は、「呼ばれるまで何もしない」という設計思想と、必要にして十分なWeb経由による「教育」ができるところです。POPFile自体にはメールのアカウント情報などを入れる必要すらなく、ひとたび動作する状態にしてしまえば、あとはメーラーから呼び出すだけで「どこのメーラーからも、どのメールアカウントに対しても」使えます。このシンプルさは、サーバとぎちぎちに連動するタイプのスパム対策ツールにはない利点です。そして、振り分けミスについては「コントロールセンター」と呼ばれるWebインターフェースにアクセスすれば、すぐに間違いを「指摘」して「再教育」することができます。フィルタが賢くなってくると、そうそうコントロールセンターに行く必要もなくなるのですが、そんな時でもメールのヘッダに書いてあるURLをクリックすれば即座にコントロールセンターに飛ぶことができます。メールを受信した後、思考を「サーバ管理者モード」に切り替えることなくメールの再教育ができるわけです。

「ベイズ」の挙動を見ていると、人間の「判断」を数量化するとこうなるのか、と気づかされることも多く、なにやら機械同士(スパム送信ツール対フィルタ)が代理戦争をしているようでもあり、なかなか興味深いものがあります。

こういったツールに対して、「トラフィックは変わらないのだから根本的な対策ではない」等の批判もありますが、メール総通数の半分以上がスパム、という現状では、まず第一に「必要なメールを埋もれさせない」ことが求められるのであって、トラフィック云々への対策については残念ながら優先順位を下げざるを得ません。それに、こういったツールの利用が常道になれば、あるいはスパム業界自体が弱体化するのではないか、という期待もあります。

POPFile は「手元」で動くことを想定して作られているので、サーバでの利用(共有)ができません。(まあ、もう十分にフィルタは鍛えることができたし、所詮会社のアカウントですから、メールが覗かれることもアリ、を前提に全員で共有してもいいんですが。)サイトのロードマップによると、2004年の1月頃には「とりあえず」、5月には「ちゃんと」複数ユーザーで使用できる(たぶん、コントロールセンターに個別にログインできるとかそんな感じなのではないかと)ようになるそうです。

こういった優秀な設計とインターフェースを持ったアプリケーションを使うと、「世の中にはエラい人はいるもんだなあ」と謙虚な気持ちになります。今の私にできることといったらその優秀さを喧伝するくらいのもの、というわけで、メーラーと動作環境を選ばない POPFile、しつこいスパムにPOPFile、今一番のおすすめです。


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J−FIC WEB NEWS

2004-1-14 水曜日

日本林業調査会 辻 潔 :http://www.j-fic.com/

「J−FIC WEB NEWS」というメールマガジンを始めて、この1月で丸2年が過ぎた。現在の購読者(無料なんだけど)は、約1,000人。増え続けているのは嬉しいが、やめるにやめられない。1日2本、林業に関係する短報を流すのが定型パターン。この配信クリックをする瞬間、妙にキンチョーしてしまう。

自分で書いた文章を自分でチェックしても、なかなか間違いに気づかないんですね。そんな短報を、一気に見知らぬ他人にばらまくというのは、考えてみると乱暴な話。それもクリック一発で流れてしまうのだから恐ろしい。基本的に朝イチで、顔を洗ってから流すようにしているが、些細なミスで未だにご迷惑をかけ続けてます。

ところで、このメールマガジン。最初はCGIを使ってやっていたが、「sendmail」というコマンドが800件を越えたくらいでうまく動かなくなった。そこで、「qmail」というコマンドのサービスしているベンチャー会社に全面移行。これでスムーズになったのだが、「qmail」は2,000件くらいまでしか対応できないとのこと。送信先がこのまま増え続けると、いずれ何らかの対応が必要になる。ウーム、なかなか楽にならないなと…。

さて、林業に関係するNEWSネタってそんなにあるの?と思われる方もいるかもしれません。これが、広げたり掘り下げたりすると、実にいろいろあるんですね。ご興味のある方は下記をご覧下さい。タダですから。
http://www.j-fic.com/webnews/magbbs.cgi


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★拒否、それは人としての尊厳

2004-1-7 水曜日

梨の木舎 羽田ゆみ子 :http://www.jca.apc.org/nashinoki-sha/

★拒否、それは人としての尊厳
☆ 姉の死・母の骨折
 昨年(2003年)6月姉がなくなりました。睡眠薬を大量に服用しての自死でした。姉がいつも心をくだいていた82歳の母がメディトピア小諸という老健施設にのこされました。
このとき以来、胸により深く刻まれたことばがあります。死者たちを「いつまでも、彼らのいるべきままの姿で、類うべくもない傷として、苦痛として」記憶せよ(エリ・ヴィーゼル。彦坂諦から再引用)。2004年元日、小泉首相は靖国神社に参拝しました。イラクでの戦死者を想定して、国家戦略への死者の動員の予行演習を臆面もなくやってのけた首相に、このことばを献上します。
☆母の骨折
母は老人性アルツハイマーで要介護5でした。6月上旬と7月上旬、施設の中で手首、つづいて右足(大腿骨骨頭部)を骨折しました。転んだのかどうか、2度とも誰もみていないためはっきりしませんでした。広くて気持ちがいい場所は目が届かないという落とし穴がありました。痛いという訴えにレントゲン写真をとり、初めて骨折が判明したのです。
 手首は自然治癒にまかせて不都合はありませんでした。大腿骨骨頭部、つまり足の間接部分の骨折は人工骨頭をいれ、大腿骨にセメントで接着するという切ったはったの手術でした。手術を選ぶかどうか家族にゆだねられました。主治医の小諸厚生病院の医師は、母のからだの状況を「すでに病気の状態」であるということ、手術をしたとしてもその後のリハビリが難しいということをあげました。つまりリハビリの成果をあげる動機に乏しいと。そんなマイナス要因をあげられて手術に踏み切れるでしょうか。結論を誘導したうえで、家族に判断をゆだねたのです。
☆母の意思
結論が出ずに悩み、婦長にたずねました。
「もし婦長さんだったらどうしますか」
「わたしの母だったら、余分な負担をかけたくないので手術はしないでしょう」率直で、簡潔に仕事をこなし看護士たちの信頼のあつい婦長の返事でした。
最後は母に聞きました。
「お母さん、この間骨折したところね、手術するかしないか決めなきゃいけないんだけどどうする? 手術すれば歩けるようになるかもしれないけど、大変だって。手術しないと歩けないけれど、みんなで助けるよ」
こんな問いかけに母は「様子みるか」と答えました。母だって決心できる筈がありません。手術はしませんでした。でも最近は
80歳をすぎても手術を受ける方が多いとあとで聞きました。しなかった場合の痛みや負担を考えるとそれが適切かもしれません。
☆表面は萎縮しても
 約40日の入院ののち、車椅子生活になりました。入院中からカテーテルで導尿しており、尿のビニ—ル袋をつけ、おむつをしたままの退院でした。同じ施設に受入れられましたが、その後の1カ月は母とわたしにとっては格闘の日々でした。
 母が望んだのはトイレで用を足すことです。
アルツハイマーと診断されたのは5年ほど前、国立小諸療養所の医師からでした。メディトピア小諸に併設する柳橋脳外科病院の医院長からは「この病気は、はたらきかけは意味がありません」といわれました。脳の萎縮によるものだから。でも母が病院のベッドで言いつづけたことは「おしっこ、おしっこ」、トイレで自分で用を足したいという意思でした。
老健施設への再入所の際、施設の婦長と主任に、母のおむつをとって、トイレに行かせてあげたいと手紙をだしました。相談員のKさんとは、東京から電話で1時間話したすえに、「おむつのほうが介助者はらくです」がわたしがえたことばでした。当然きけると期待した「やってみましょう」はありませんでした。
 最後の手段は直接医院長と話すことでした。「おむつをとりたいのですが」というと、「できることと、できないことがある」というのが答えでした。「(やむをえない)わたしが1週間通います」。 1週間家から通って介助するという事で、受入れられました。結局5日間でしたが、母とわたしはトイレで用を足すという難事業にたちむかいました。気分はプロジェクトXでしたが、でもいまから振りかえるとそんなに大変な覚悟で臨むことでもなかったのです。その気になれば、時間をかければできることでした。母は長いこと椅子に座っていることが出来、なにかにつかまれば立っていることも出来ました。ちゃんと尿意もあり訴えることもできたのです。
☆ハンガーストライキ
 母の食事量は出されたものの10分の1ぐらいでした。歯がほとんど残っていないという理由で、普通食にしてほしいという要望は、受入れてもらえませんでした。出されたのは刻み食という物で、お豆腐もジャガイモもトマトもほうれんそうも全部刻まれて出てくるのです。食べてみましたが本当にまずいのです。母は諸々の拒否の意思を食べないということで表しているのだと、思い至りました。つまりハンガーストライキです。
☆拒否、それは人としての尊厳
 10月30日、母はアザレアン真田という特別養護老人ホームに3カ月のショートステイで受入れられました。「ユリ子さん、しばらくでした」(ここは2年ほど前お世話になったところでした)という職員の方のおむかえのことばに、浮かんだ母の笑顔は、いまでも目の前に浮かびます。ここ数カ月みたことがない心からのもので、笑窪がへこみました。食事も刻み食から普通食になりました。
前のところでは、夜のおむつは、最大限拒否しました。介護の職員はたいてい二人でみえるのですが、まず動く方の足で蹴る、両手でたたく、引っかく、つねる、両手を押さえられると最後の手段は噛みつく、でした。母の担当の介護の方はまだ若い方で大変だったと思います。でも、母の拒否のエネルギーに実はわたしは感動しました。いやなことはいやだという、自分の尊厳を守るための最大限の意思表示だったのです。成人してから60年間の忍耐の生活をきれいにふり捨て、素直な気持ちを表現したのでした。おむつの拒否は、骨折をしてから4ヵ月間続きました。
いやなことは拒否する、それが人間としての尊厳だと、母といっしょに格闘しながら、母に教えられたことでした。いま、いやなことはいやだと拒否する力をわたしたちはもっているでしょうか。


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