期待とプレッシャー

2003-5-21 水曜日

トランスビュー 工藤秀之 :http://www.transview.co.jp/

鈴木さんから電話を戴いた。「トランスビューへは初めて電話するねぇ」。
別所書店修成店、近鉄名古屋駅から急行で約一時間、三重県修成町の書店の方だ。
2002年6月16日、取引のお願いに伺ったときのことを思い出した。通常、地方への書店営業の場合は、事前に連絡をして先方の都合を確認する。目的地に訪問先が一軒だけの場合ならなおさらだ。でもこの日はアポなしで、突然お邪魔した。

なぜなら創業以来、何度かご案内をさし上げて取引開始(注:1)をお願いしたけれど、なかなか良い返事を戴けないでいたからだ。事前に連絡をして都合が悪いと断られたら、二度とお伺いする機会がないような気がしたし、首尾よく約束が出来ても、「これはOKのサインかな」なんて思ってしまいそうで嫌だった。という訳で、もし担当の方に面会できなかったらすぐに次の目的地に向かえるよう早めに名古屋をたった。

開店直後の店内をグルッと一周してから、声を掛けようと思っていたが、それが出来たのは一時間ほど後だった。「時間をつぶせる」というのは良い書店の条件のひとつだと思うが、まさにそういう店だった。当時の出張日誌にはこんなメモを残している。——ここはかなりハイレベル。棚から平台まで全て意図をもって置いているのが一見してわかる。だから隅々まで見たくなる。「部数は多くはないが確実に売る」というタイプの店で、客の限られた郊外店でここまでやるのは大変だろう——。

ともあれこの日は、ムリを言って取引開始の内諾を戴き店をあとにした。帰りはバスの時間が合わず、タクシーもつかまらず、駅までかなりの距離を歩いたが足取りは軽かった。トランスビュー創立以前に勤めていた出版社で、鈴木さんの反応と別所書店修成店での売行きを、勝手に定時観測ポイントにしていた私は、本当に嬉しかったのだ。

冒頭の電話は、今とても反響を呼んでいる(注:2)新刊『14歳からの哲学‐考えるための教科書‐』の注文だ。これまでもFAXなどで補充を戴いてはいたが、今回の電話は、「おめでとう、よかったね」といわれたような気がした。ご本人にそんなつもりは無いかもしれないけれど・・・。

あの日、店内の感想を言った私に対して、鈴木さんは「地域読者の期待とプレッシャーを感じる」と仰った。我々も、同種のプレッシャーを受けとめたいものだと思う。

(注:1)トランスビューの書籍は、全国どの書店でも取次経由で入手可能。ただし買切返品不可。委託での販売は個々の書店との直接取引としている。
(注:2)発売3ヶ月目の今も、多くの書店で人文書の上位にランクインしている。


▲ページの上端へ

出庫係がほかの仕事に手を出した。

2003-5-14 水曜日

太郎次郎エディタス 八木直治 :http://www.tarojiro.co.jp/

 もうバイトでもないのだし今後は営業部員らしいことをなにかするようにとの意向が社内で強くなるので、それらしいことをはじめることにする。とりあえず、手許にある物からそれらしいことをはじめた。

 べつにここまでいい加減な動機だったわけではないが、今年の常備出荷後の余裕を利用して、短冊を使って個々の書店ごとの具体的な売り上げデータを収集することを始めた。
 じつを言うと、普段個々の書店ごとの売り上げ状況が私にはまったくわからない。短冊はきちんと見ているし、電話注文の傾向も見てはいるのだが、売れている時には、ああ売れているな、とか、最近○○書店の常備回ってこないな、そのあたりまでの感覚しか持てない。直接の出庫担当がこの有り様でいいのだろうかとも思うが、閉ざされた出庫作業のなかには、そういった個々のケースに目を向けさせるような要素が存在しないのだ。
 だから、もう少しそれではすまないような業務があったほうが、私としては仕事への取っ掛かりが得られ、売り上げ傾向に対する認識も変わってくるのではないだろうかと期待する。
 もちろん、取次倉庫からの出荷状況なんかはわからないので収集するといっても一部だが、それでも、書店ごと、書籍ごと、時期ごと、ケースごと(常備、必備、客注、FAXによる販促)の動き方を具体的な数値や書店名のレベルで見ることができれば、きっと視界は広がるだろう。

 データベースシステム事体は昨年頂いたものがあり、書店のデータだけはその中に放り込んであった。書誌データを加え、あとあと検索しやすいように決めごとをいくつか作る。

 さて、短冊片手に入力をしてみる。
 始めてみてまず、今までに蓄積していた書店マスターのメンテナンスの不備でダブりデータが随分多く、それを消したり、間違った部分を修正したりすることに費やされる時間が多い。予期はしていたが、こんなに面倒臭いことになるとは。似たような店名で同定できない書店がかなり多い。今までデータを継ぎ足していったあとのチェックがいい加減だったからだろう。
 こんなことは社内になんらかのデーターベースを持っているところなら当然のことなのだろうが、今後メンテナンスをもっと真面目に日常業務に組み入れないといけない。万年雪のように降り積もった無駄データを溶かすのがとりあえずの課題である。

 とりあえず毎日、早め早めに短冊の入力。出荷後の余裕を見つけては分厚い書店リストを開いて必要なデータ(所在地、坪数、電話番号、等々)をマスターに追加していく。単純作業だが、それだけに思考がさまよいだす。将来的には業務全体でのデータ入力を一元化して、作業事体にかかる時間を減らしていきたいものだ、ピッキングリストも自動生成されるようにできないだろうか、在庫データも組み合わせたい、何はともあれスキルを磨かないと、などなど。妄想は広がる。もちろんまだなんにも出来ていないのだが。
 私はパソコンという道具に疎く、たいがいの仕事に必要な情報は身体に覚えさせている(頭の方は頑として受け入れを拒んでいる)。そんなわけなので机に向かっている業務には不安も多いが、それでも今後が楽しみではある。
 とりあえず見事に作られたシステムを快くわけてくれた語研の高島さんに感謝を(いただいてから運用にいたるまで結局半年以上かかってしまった。怠惰を御容赦)。


▲ページの上端へ

飯田橋ランチ弁当騒動記

2003-5-7 水曜日

千秋社 出口順枝 :http://

先月出勤の折り、JR飯田橋東口を出た所で「手作り弁当直営店 OPEN」開店大サービスのチラシを配っていた。 オープン記念で2日間に限り、各種ランチが¥300、それにカン入りのお茶、味噌汁、サラダのおまけ付きでの大サービス売り出しとか。 こういう宣伝文句に、私はメチャ弱い!
毎日 家からの弁当持参の私ですが、あまりの値段の安さとおまけのサービス品に目がくらみ、興味もそそられて、昼休みにそのお店まで出かけた。

場所は、目白通りに面した建物の角のコーナー。 現在、空家になっている建物の角を立地的にうまく利用した、まさに軒先商売。 大きなノボリの看板が立って、そのあたりはランチを買い求める客で大混雑。 販売人も4〜5人いてその一角だけは、まさにデパートの特売場を思わせるような熱気で大フィーバーしていた。野次馬根性で偵察に出かけた私だったが、熱気につられて(用意した本日分の弁当があるにもかかわらず)買ってしまった。 ”この値段でこの品物は絶対にお得で安い。 よし! 明日も買いに来よう”と心に決めた。

翌日、昨日の大混雑を避けるべく、時間をずらして早めに出掛けた。 ところが、例の場所には販売人もテーブルも何もなく、実に閑散としていて思わず目を疑ってしまった。 信じられない気分であたりをキョロキョロすると、空家の窓がラスに麹町警察署の警告文のはり紙がしっかりと貼られていた。 察するに無認可、無許可での道端商売だったらしい。

そして、数日後,叉もや同じ名前のお弁当屋の宣伝チラシを受け取った。
今回の場所は、目白通りより一つ裏通りのビルの2階の焼肉屋、おまけサービス付きは前回と同じだが、何と値段が¥250で ¥50も安くなっている。 今回は道端商売ではなくて、れっきとした焼肉屋の玄関先、テーブルも多く、前よりも弁当の種類も豊富、安物大好きの私は当然のごとく、買い求めました。

しかし2日目、叉もや信じられない状況が起きていた。
くだんの店には、テーブルも弁当もあり、販売人もいるのだが、何となく様子がおかしい。
皆、浮かぬ顔つきで全く活気がない。  どうした事かと尋ねると、
”品物を売ってお金をとる事はまかりならん!”
とたった今、オカミより注意を受けた様子。 
”どうせ処分しなくてはいけないし、何個でもいるだけ、タダで持って行って下さい”とヤケクソ発言。
”ウソッ!! 信じられない! 本当にタダでいいんですか??”と内心
ウハウハで声がうわずって、間抜けに尋ねる私。 半分申し訳ない気持ちでそのくせ、しっかりと事務所の人数分の3個をゲットしてしまいました。

焼肉屋とは話をつけて、道端商売ではなくなったけれども、今回も又、無許可でやっちゃったという事なのでしょうか?
このあたりは、お昼どきはあちこちからランチ弁当の出店が出て、しのぎをけずる激戦地区である。 多分近所の店よりクレームが出て当局に通告となったのだろうと我々は勝手に想像した。 しかし、2度までもこんなオソマツな同じようなミスを犯すなんて・・・・・・
それとも、これと同じような商売をやって、他の地域では結構うまく成功したが、たまたま、この飯田橋という地域がこのお弁当屋さんにとって鬼門だったのでしょうか?

皆様は一体 どう思われますか?


▲ページの上端へ

ごく私的な最近の出来事

2003-4-30 水曜日

同時代社 高井隆 :http://www.doujidaisya.co.jp/

 米軍がイラクに侵攻しバグダッドが混乱のさなか、私の子どもが生まれた。体重2860グラムの元気な男の子であった。03年4月5日の朝。私の誕生日が12月3日。私はイチ、ニ、サンッで生まれ、息子はサン、シ、ゴッと生まれたわけだ。
 もちろん、いつ果てるか分からぬ零細出版社に勤めている身を思えば、将来にはかなり不安があり、あまりにも小さい手を見て感動しつつ、ようし何が何でもがんばるぞっとか、生来があまりがんばることをしなかったナマケモノの私も決意をしたり。風呂で私の背中を流す時「父ちゃんの背中はでかいな」なんて言ったりするのかな、とかキャッチボールはいつになったらできるだろうかとか、そんなことばかり夢想してしまう。
 しかし、イラクを見てみる。アメリカの精密爆弾によって大勢の市民が犠牲になった。たぶん、かの地でも私の子どもと同じ時に産声を上げた命はいるはずである。そして私と同じように子どもに希望を見いだし、決意を胸にした親もいるのだろう。そんな願いのうえにミサイルは落ちてきたのだろうか。
 私は「どんな戦争も悪である」と信じてきた。だが今、国益のためならば戦争も支持する。やられる前に相手をやっつける、という風潮が公然と語られ、世を覆っている。劣化ウラン弾によって死を待つしかない子どもたち、腕や光を失った子どもたち。これが許されるのか?
 世界中の何千何万という反戦の声があったって、戦争はおこる。改めて自分自身の精神を鍛えて臭い風潮に対抗できる、いやせめて我が子に伝える言葉をもたなくては。


▲ページの上端へ

台湾原住民の文学

2003-4-23 水曜日

草風館 内川千裕 :http://www.sofukan.co.jp/

 台湾島に生きる原住民族の詩と真実! 日本植民地時代には高砂族として一括され、多くの若者が義勇軍として南方戦線に送られ、多数の生命が失われた。原住民のひとり元日本軍兵士中村輝夫ことスニヨンがモロタイ島で発見されたのは1974年のことだ。いまは彼らは、「原住民族」を自称して、公認されている。
 台湾原住民族11族の世界には、未知の「山と海」が広がっている。パイワン族のモーナノン、ブヌン族のトパス、タイヤル族のワリス、タオ族のシャマンラポガン、パイワン族の女性作家アウー……このたび草風館で企画した「台湾原住民文学選」(全5巻)に収録したのはすべて、漢族以外の原住民作家たちである。この十数人の作家たちは人口40万に満たない11族のなかからあらわれた新たな表現者たちである。さらに伝統ある口承文芸の世界が拡がる。この無謀な企画は早すぎたかもしれないが、いずれマイノリティの世界がやってくるだろう。
 宣伝めくが、野田正彰さんが適切な文章を書いてくださったので紹介する。
◎「台湾原住民文学選」の第1巻、『名前を返せ』を標題とした詩人モーナノンと作家トパス・タナピマ集が草風館より出版された。現代台湾の、しかも人口2%の原住民から出た詩人や作家の作品集を日本語で読むことができる。これは奇跡である。
 編訳者の下村作次郎教授(天理大学)と出版社・草風館の熱い想いなしには、私たちはこの本を開くことはできなかつた。日本植民地時代から現代に至る台湾文学への研究者群が形成されていなけれぱ、作家のほぼ全作品を集めた選集は出版されていなかったであろう。また、1980年代からの台湾民主化がなければ、これらの作家は育っておらず、作品の出版は難しく、出版されても読まれることはほとんどなかったでろう。
 50年にわたる日本の支配、次に大陸からやってきた国民党系の中国人。台湾山地は勝手に変わる支配民族の政策によって、虫食まれてきた。戦争時、日本政府によって男は高砂義勇隊として熱帯の戦場に送られ、女性は従軍慰安婦─原住民女性が多い─として連れ去られた。同じように戦後も、貧しい山地の女性は娼婦として都市へ流れていった。
 パイワン族のモーナノンは、中国軍人に除隊の退職金で買われていった少女をうたう。「帰っておいでよ、サウミ」と、山の兄は呼びかげる。
 「帰っておいでよ、サウミ/僕ら一緒に豊作の喜びの歌をうたおう/帰っておいでよ、サウミ/僕が緑に輝く芋の葉を摘んであげる/キラキラ光る露が贈り物/僕が甘い粟洒を作ってあげる/伝統の兄弟杯でお前と飲み明かそう/サウミよ、サウミ/兄は弓と火種を持って/不滅の愛と希望を胸に/山また山と/一度また一度とお前の名前を口ずさむ/帰っておいでよ、帰っておいで/粟と芋がいっぱいある僕らの家に帰っておいで」
 峻険な山々、焼畑の紫煙、蛮刀をさす山男、ビンロウ、月などが次々と浮かんでくる。ここにも近代の衝撃、日本や大陸からの侵略に耐えて生きるアジアの少数民族の文化がある。◎信濃毎日新聞夕刊コラム「今日の視覚」2003年2月7日付


▲ページの上端へ

最近の仕事で思ったことなど

2003-4-16 水曜日

彩流社 玉崎英一 :http://www.sairyuusha.co.jp/

 出版業界に入って2年半、彩流社に入って1年弱となっても未だ出版業務としてはガキの使い程度ぐらいで、特に前職の営業経験も役に立たず(というか「その役立った結果」なのか)これといった仕事も出来ていないという感じなのだが、最近この仕事で思ったことなどから・・・・・。

 このあいだ某神奈川近辺の書店にお伺いしたら、人文担当がレジ内でなかなか忙しそうで話が出来ないでいて長く待ったあげく、人文の新刊全て却下となってしまい返ってきたセリフが「バカな本しか売れないんで」だったのでつい「じゃ「オバカなポルトガル史」って・・・こうマジックで「オバカな」ってぼく書くから!!(・・・これで20冊平積みでしょう・・・)」と叫んだら、飽きれて本当に疲れたという感じで「疲れている人が多いんで」・・・・と来たのですかさず「じゃ「癒しのポルトガル史」!!」と切り替えしたら「それ、いいねぇー」といって頂き、「注文くれるね、これは」と期待したのだが結局「全敗」で、疲れて帰途についたのだった。

 「実質(実売)」がないと「配本であったらで、いいです」と言われてしまうため、人文書を売る(あるいは置くだけ?)ためにはと考えると、自社の本をほとんど読んでない私に、「考えるも何もないだろう!読め!」と叱られそうだが、ついつい「過程」をすっとばして「結果」(判断⇒実践)ばかり追ってしまうという品のない本の読み方ばかりしてきたので、あっちかじり、こっちかじりでどっちつかずという「判断不能」という「結果」になってしまい、「その本の内部」に入り込んで「その本そのもの」となって「その本の可能性」をさらに拡張する(そんなことできたらライターにもなれるだろうが)ということができないと、「その本」についてのいい提案も出来ないなぁと反省することしきりではあったが。

 しかし、これだけ「本(人文書)」が売れないのも、「本では世界(自身の生活?)は変わらない」というのが常態化しているから?でもあるが、「世界(自身)が揺るがされる」のは一見、危険だが、うまくサバイバルすれば「自-身」の「自」は残滅しても「身」の方は残って、さらに別の「自(世界)」の可能性が在り得るので、なんとか「本(人文書)爆弾」で「世界を揺るがせる」ような「実売(倫理)」があげれれば・・・・・と妄想するものの(テロ万歳・ブッシュ万歳の原理主義者そのものかもしれないが)、「実売」があがるのは「世界が揺るがないもの(それも別に悪くないが)」が多数なので、提案も難しい。

 また、そもそも、吹けば飛ぶような「営業」などに「提案」されて「フェア」やら、「口コミ」あるいは、「他業界」まで巻き込むブームなどと話題が拡がっていくということも有り得なく、もっと覚悟を決めて基礎力をつけることが重要課題とダメ営業マンは思うのだった。


▲ページの上端へ

バルバロイ

2003-4-9 水曜日

語研 高島利行 :http://www.goken-net.co.jp/

フランス人の33パーセントが「米英の敗戦を期待」しているという調査があるそうだ。連日放送されている戦争の映像はイラクの一方的な負け戦でしかない。まさに連戦連敗。ある種の「判官びいき」的な気持ちが芽生えてきてもおかしくない。

その負け戦の映像はCNNやアルジャジーラが「LIVE」で放映している。世界貿易センターの崩壊が生放送されたように、自爆テロが生放送される日もそう遠くは無い気さえする。

米英もイラクも世界中を巻き込むために映像を流し続ける。一方の当事者の言葉である英語で、そしてアラビア語で。

語学専門の版元で働いていてこんな事を言うのは非常に恥ずかしいが、はっきり言って英語は苦手だ。それでも、ブッシュがプロパガンダとして発言しているこんなセリフは(ゆっくり喋っているせいで)、はっきりと聴き取れた。

Day by day, we are moving closer to Bagdad. Day by day, we are moving closer to victory.

しかし、アルジャジーラが生放送しているイラクの街中の人々の怒りや嘆きの言葉、アラビア語は、まったく一言も分からない。

グローバリズム、という言葉と重なる部分もあると思うが、国境を越えた言葉のやり取りは確実に増えている。望むと望まないとに関わらず、私達は英語で情報が受信・発信される世界に暮らしている。大国のやり方に異議を唱えるにも英語が前提となる世界。

「バルバロイ」という言葉がある。古代ギリシャで異民族に対する蔑称として用いられた言葉だ。語源は「わけの分からない言葉を喋る人々」という意味らしい。

嫌な言葉だ。


▲ページの上端へ

アメリカという国

2003-4-2 水曜日

現代企画室 太田昌国 :http://www.shohyo.co.jp/gendai/index.html

 私は、戦後史の年月がほぼ自分の年齢に重なる世代だが、北海道の片田舎に生まれ育ったし、あまりに幼かったから、占領軍の米兵たちに出会ったり、チョコレートやチューイングガムをもらった記憶は残っていない。小学校に入ったころから、ターザン映画や西部劇の洗礼をたっぷりと受けて、面白がって、観た。アメリカという国と出会ったというより、面白い映画を観ていた、というだけのことだったろう。

 やがて、各地の米軍基地反対闘争を遠くから眺めていたが、高校時代に第一次安保闘争に出会い、「反米」感情をもった。大学に入って、「反米」意識の民族主義的偏向に気づき、帝国主義批判として、この問題を考えるようになった。ちょうど、黒人の公民権運動や先住インディアンの権利回復闘争が、暴動・占拠という極限的な形態でも展開されていた1960年代で、それまで知らず知らずのうちにも身につけていた白人中心史観を抜け出すに当たっては、この客観情勢の援助があった。

 黒人やインディアンや少数者の歴史・文学・音楽・映画などを通して、この超大国の欺瞞的な歩みを見つめておこうーーかなり長いこと、そう思い定めてきた。
でも、いつの頃からか、アメリカに住み、この国の大勢とは違う考えをもって生きている白人少数派のことが気になり始めた。アジア太平洋戦争への反省から、(憲法の定めとは裏腹に、自衛隊が強力な軍隊となって以降も)海外派兵だけはしないとしてきた社会的な世論が決壊し、国連の平和維持活動への参加が具体化したカンボジア派兵の時点であった。ここまできたら、戦争への加担は際限がなくなるだろうーー私はそう考え、20世紀は言うにおよばず、19世紀半ばから戦争に次ぐ戦争を重ねて富を蓄積してきたアメリカで、そういう国のあり方とは違う方向を求めている人びとの考えと生き方が、にわかに切実に迫ってきたのだ。

 その頃ちょうど、ベトナム反戦運動の時期に日本でも政治・社会評論が紹介された言語学者、ノーム・チョムスキーの、最近の政治評論を翻訳したいという人が現われた。ソ連の崩壊を見届けた戦後史の大転換期に、第二次世界大戦後のアメリカの対第三世界政策に厳しい批判的検討を加えた本である。喜んで出版した。
アメリカが本当に望んでいること』。1994年のことである。初版3000部だった。

 定価は1300円と安い本だが、売れなかった。2001年9月までの7年間に1700部くらいしか売れなかった。一年に一度原著出版社に行なう売上げ報告に対して、先方は「残念ですね(What a pity!)」と書いてよこしていた。

 「9・11」の直後から急に売れ始めた。一年半のうちに4刷りまできた。以前から計画していて、2002年春に出版したチョムスキー本『アメリカの「人道的」軍事主義』もすぐ2刷りになった。「テロ」に見舞われたからといって、世界の最貧地域に報復戦争と称して爆弾の雨を降らせる「論理」がどこから生まれるものか、人びとは知りたかったのだろう。内部からの強烈な「大国主義」批判者、チョムスキーの言論は、いろいろな示唆を与えてくれる、ひとは、そう感じたのだ。他の出版社も大急ぎでチョムスキーの本を出版するようになった。いまや書店店頭には、何冊ものチョムスキー本が並んでいる。

 イラクに対する攻撃を米英軍が中心になって始めた。アメリカの政権中枢には、1960年代とちがって、大統領補佐官ライスや、国務長官パウエルなどのように、黒人やジャマイカ移民出身の人間も入っている。黒人やインディアンや民族的少数者への、ヘンな「思い入れ」が可能な時代ではない。日本の首相も、真っ先に攻撃を支持すると言明した。はるかに小型だが、この国はますますアメリカに似てきた。

 自分の社会が、戦争や大国主義的ふるまいで世界中を掻き乱すことに堪えられない人間は、マイケル・ムーア言うところの「アホで、マヌケな、アメリカ白人」ではないアメリカ人と出会うことががますます重要な時代になった。チョムスキーは、まだしばらくのあいだ、読まれるだろう。

 それにしても、戦争や他人の不幸があってはじめて売れ始める本というのは、つくり手にとって、居心地のよいものではない。


▲ページの上端へ

単純な残酷さであること

2003-3-26 水曜日

雲母書房 松村康貴 :http://www.kirara-s.co.jp/

「これははたして戦争なのか。」
 3月20日、米英(日本)側とイラクとの戦争が始まる。連日、テレビや新聞にて、戦地の状況、デモ、討論、記者会見が報道される。そのことに対し、知人は『最高の戦争映画』と皮肉った。なぜ、戦争映画においてデモが起きないのか。世論が動かないのだろうか。分かり切って忘れがちな事を、彼の言葉は立ち止まらせてくれる。また、私たちにおけるこうした情報は、発信者でない限り消極的であれ積極的であれ、受動的であるしかない。そして受動的である限り私たちはリアルであることができない。そこに情報操作の危険が孕まれている。そのことを避けるためには、私たちは常に情報の発信者となること、つまり戦争に対する明確な意思表示をすることが大切なのだ。リアルとバーチャルの境界が不透明な今日において、そのことは益々大事なことになってきている。けれど私たちも、ブッシュ大統領や小泉首相と同じく、情報の上にいることを忘れないようにしたい。そして、彼らとの違いは、彼らは外交(権力関係)という形態をとって戦争をする。というよりも外交(権力関係)のための戦争をしているようにしか思えないことだ。そして私たちは(権力関係)ではない、人と人の繋がりとして反戦を訴える。権力関係の本質はフェティッシュなものであり、それゆえ暴力に対して不感症である。それに対する私たちの人と人との繋がりは生や生活を基盤にしている。それは暴力を根本的に否定する。

「戦争状態とは」
 どこからどこまでが戦争なのか。多分、戦争は戦争をするものだけでなく反戦をするものも含まれている。私たちは直接的ではないにしても情報として戦争に否応なく参加させられる。そして戦争の内側に取り込まれてるからこそ、私たちはそれに「否」をつきつけるのだ。戦争のない状態、それは反戦のない状態でもあるのだ。

「一つの観察(戦争言語群の分布について)」
 先ほど述べた戦争状態についてを、少し違う角度からみてみます。私たちの見たり聞いたりする情報の中にどれほどの割合で戦争言語群が分布しているのか(正確にはこれらの言語群が受信体としての私たちに突き刺さってくるかどうか)によって戦争状態を把握することができる。イラク、バクダッド、フセイン、ブッシュ、ミサイル、地上戦、空爆、ニューヨーク、デモ、同盟、小泉首相・・・・・・。これらの言葉が日常性のなかに(飲みに行くとき、遊びに行くとき)、無差別に侵入してくる頻度と強度が戦争状態をつくりだしていく。また、戦争と親和力のない言葉までもが戦争という言葉に冒される。国の名は昨年まではサッカーと強い親和力をもっていた(これはこれでどうかと思いますが・・・・・・)のではないだろうか。これら「戦争」という言葉に取り組まれてしまった言葉を解放していくこと、そのことを戦争に対して否をとなえる物を書く人々は意識していくことが大切なのでしょう。

     誰にも渡れぬ川がある
     みなごろしにすればよい
     笑顔が消える

     誰も浸ることなき水がある
     みごろしにすればよい
     声が消える

     インドでは
     遠い地からカルカッタへと
     駱駝が人とともに歩いてゆく

     市場にはいつも女がいた
     市場にはいつも母がいた
               (「戦争」)

 私事ですが、詩を一編。
「9.11」以降、沖縄のひめゆりの塔を訪れ、戦争とは何なのかを考えてみました。けれど、言葉が売買されるこの国にいて書くだけの力量が私にはなく、戦争という言葉を外部からみつめられる場所を求め、今年の1月にインドへ行きました。戦争において「女」は母であること、姉であること、妻であること、働くこと、あらゆる立場を奪われて犯されてゆきます。この詩において不在である「男」は男であるという根元性を覆い隠して人(という欺瞞)の立場で破壊し「女」を犯していく。また、戦争において、決定権を持つ殺す者と殺される者(敵,味方)が奇妙な関係性の上、一緒の道を歩いていく。そして戦争という複雑に見えるものが、本当は単純な残酷さであることを訴ようと思って作った作品です。作品の稚拙なところはお許しください。


▲ページの上端へ

小さな出版社の経理の戸惑い、怒り

2003-3-19 水曜日

アールズ出版 善家美津子 :http://www.rs-shuppan.co.jp/

出版という一般企業の中では特殊な世界の中で“経理”というさらに特殊で光の当たりづらい仕事をしています。
 若い頃、建設会社、開発会社の経理を経ていた私は、出版社の経理を始めたのは今から7〜8年前のことです。
 取次という大きな組織、それに対し吹けば飛ぶような弱小出版社。
 仕事を覚え1年が過ぎた頃からジレンマ、やりきれなさを感じるようになりました。 私と取次とで関係のある仕事は『計算書』です。
 版元と小売である“書店”、ユーザーである“読者”とは基本的にはお金のやり取りがありません。つまり私たち経理は取次とだけ仕事をしているわけです。その中で様々な、矛盾を感じずにはいられません。

 新刊を委託して6ケ月後入金、注文においては納品の30%を保留され70%が入金、さらにビックリする歩戻し5%、ことばを変えればリベートとということではないか? そのほか返品運賃手数料、地方正味格差撤廃などの経費が毎月の入金の中から差し引かれます。
世間でよく耳にする大手出版社には保留、歩戻しなどはないと聞きます。弱小出版社から5%の歩戻しを取るなら、大手出版社より1%の歩戻しを取ったほうがより大きな金額になるのではないか。弱いものいじめの取次。

 設立して日の浅い会社は、経理といっても机に座ってばかりいられない。個人送りの宅急便の梱包をしたり、書店さまからの電話注文を受けたり、などなど日々の雑務に追われます。書店直納の伝票切り替えをしに取次に行くというのも仕事の一つです。 
ある取次ぎのことです。担当の女性に声をかける。「失礼します」伝票を渡し「よろしくお願いします」と・・・その女性は振り向きもせず、横目で伝票を見て自分の前引き寄せ、受領印を押し、ついに最後まで顔ひとつこちらに向けることなく伝票を戻されてしまいました。私は伝票を取り「ありがとうございました」と、頭を下げる。取次を出た私は、ため息をつき(上司、何を教育しているのだ!)心のなかで叫びました。「上司、何を教育しているのだ!」と文句のひとつも言いたい気持ちでした。
などなど、取次には不満が山積み…。

 でも、そんなことばかり云ってはいられません。生きてゆかねばならない。
今に見ていろ、ベストセラーを出して取次から何万部ほしい・・・と頭を下げさせてみせるなどと、夢をみている毎日です。

 他の部署では、飲み会や勉強会などと称して同じ仕事をしている人同士で愚痴など言い合える場所があります。私たち経理などは内のこもるばかりで情報交換の場がありません。一度、意見を(愚痴や文句を)ぶつけ合ってみませんか?


▲ページの上端へ